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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第三部成人期 第十章 森の奥の遺跡

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03:お誕生日1


 今日は私の誕生日だ。ユピテルでは初夏の頃合いで、だんだん夏に向けて強くなっていく日差しが心地よい。

 この国ではあまり個人の誕生日を祝う習慣はないけれど、今までは内輪でお祝い会をやってもらっていた。


 ティトも無事に出産を終えて、また私のそばで働いてくれている。

 生まれたのは女の子。今年で三歳になるその子は、父親のマルクスをすっかり魅了してめろめろにさせている。







 お産の時は大変だった。

 ユピテルでは産褥熱がかなり多い。出産直後に熱が出る病気で、子宮に細菌が入り込んで感染することで発症する。悪化すると敗血症で死んでしまうくらい、危険な病だ。


 出産時に立ち会わせてもらったら、そりゃあ感染症になるわ! の、オンパレードだった。

 まず、誰も手洗いをしない。器具の消毒もしない。

 それでむんずと産道に手を入れて赤ちゃんを引っ張り出す。後産も素手で掻き出す。

 リウィアさんの時は立ち会わなかったから、目の当たりにしてめっちゃ怖かった。私はグロ耐性が低いのだ……。


 そこで私は、「氷雷の魔女様のありがたい魔法」と称して産婆さんらの手と器具を消毒した。生卵によく使っている、細菌滅殺魔法である。

 お産自体は初産の割に安産だったらしく(それでも長時間かかったが)、無事に赤ちゃんが生まれて、ティトと手を取り合って泣いたよ。


 さすがにユピテルでは男性の立会は許されていなくて、マルクスは部屋の外で待っていた。

 生まれたと報告しようと勢いよく産室のドアを開けたら、マルクスが待ちかねてドアの近くにくっついていたせいで、思いっきり顔に戸がぶち当たってしまった。すまんのう。


 出産を終えてボロボロのティトに治癒魔法をかけようか迷ったけど、やめておいた。

 あれは体の治癒能力をものすごく高めて怪我を治す魔法だ。結局のところ、対象の体力次第の面がある。

 だったらゆっくり休んで、自然に治るのを待つ方がいいだろう。


 ティトは放っておくと働こうとするので、安静にして栄養をしっかり摂るのを厳命した。

 赤ちゃんの授乳は彼女にしかできない大事な仕事だけど、それ以外の家事やらは全部他の人に任せた。

 初孫の誕生でマルクスのお母さんは張り切っていたよ。マルクスの家の家政婦奴隷も誠実な人で、主人といい関係が築けていたのでよく助けてくれた。


 最初期にしっかり休んだのが功を奏したようで、ティトの回復は順調だった。もともと栄養状態もよかったしね。


 でも他の女性たちは、出産で命を落とす人も少なくないんだよな……。

 せめて産褥熱対策の消毒が普及するといいのだけど、と考えて、一つ思いついた。







 消毒魔法は細菌という前世知識が入っているので、今のところ私にしか使えない。

 でも、消毒殺菌の方法は魔法以外にもある。

 例えばアルコール消毒だ。


 竜討伐の時に作った蒸留酒は、ユピテルでは人気が出なかった。

 もともとこの国では、深酒は好まれない。

 ワインだって水割りにして飲むのが普通なのだ。ストレートでワインを飲む文化のグリアを指して、「酔っぱらいどもの野蛮な国」などと言ったりするくらいである。


 温暖な気候で、お酒で体を温める必要がないせいもあるかもね。

 北のノルドあたりに持っていけば、よく売れる気がする。


 そんなわけで、度数70度超のワイン蒸留酒、人呼んで『竜殺し』は、余ったまま樽に入れられて放置されていた。

 ちょうどいいので、消毒用に流用しちゃおう。


 こういう時、謎の二つ名とか肩書があると便利である。

 氷雷の魔女様が女性と赤ん坊たちの健康を祈って魔法をかけたことにして、蒸留酒を産婆たちに配った。

 これで私が無名の魔法使いであれば門前払いを食らう所だが、皆ちゃんと受け取ってくれたよ。

 使い方はかんたん。お産の前に、手と器具にぱぱっとかけるだけ。


 ティトの赤ちゃんを取り上げた産婆さんが、産褥熱もなく順調に回復したと宣伝してくれたおかげもあり、蒸留酒は普及していった。

 竜の時の蒸留器具も残っているから、医療用として細々と作ることにしたよ。







 と、まあ、ティトと赤ちゃんの話はこんなところで。

 今年の私の誕生日は、マルクスが責任者をしている店の一つを貸し切りにしてお祝いしてもらうことになった。

 貸し切りじゃなくていいよと言ったら、「ゼニスお嬢様は有名人だから、騒がれるだろ」だって。

 うーむ、確かに私は微妙に有名でたまに騒ぎになることもある。ゆっくり出来た方が嬉しいので、厚意に甘えることにした。


 みんなが同じフェリクスのお屋敷に住んでいた頃と違って、お互いに顔を合わせる時間も減ってしまった。

 だから時々集まって飲み食いするのは、とても楽しい一時である。


 首都にいる面々、ティトとマルクス、ラス、シリウスとカペラが参加者だ。

 ティベリウスさん夫妻とオクタヴィー師匠は出席はしなかったけれど、差し入れをくれた。

 ラスの保護者役のヨハネさんは、「若い人だけで楽しんで下さい」と遠慮してしまった。

 ティトの娘ちゃんはマルクスのお母さんがお守りをしてくれている。


 アレクは実家の跡継ぎとして忙しくしてるから、さすがに首都までは出てこられない。でも手紙はくれたよ。

 ミリィも今は軍に入隊して、北の国境を守っている。もちろん旦那さんのガイウスと一緒の部隊だ。手紙を読む限りは楽しくやってるみたい。


「ゼニスお嬢様、20歳おめでとう!」


「おめでとうございます!」


「みんな、ありがとう。乾杯!」


 乾杯して、みんなでわいわい食事する。成人組が増えたから、ワインやエールの壺も開けた。

 私がお魚好きなのを知っているから、今日のメインディッシュは白身魚のマリネだった。魚は一度焼いてあって、皮がぱりぱりでおいしい。

 もう一つの好物、山羊チーズは卵と混ぜてオムレツ風にしてある。アツアツでおいしい。

 パンも何種類も並べてくれて、おなじみの堅パンの他にもフォッカチャみたいのとか、オリーブオイルを入れた蒸しパンっぽいのとかもある。プラムやクワの実のジャムが添えられていた。


 このお店は落ち着ける雰囲気で料理の質もいいのだけれど、肩肘張らないというか、基本的に平民向けのフランクさが下地にある。

 料理も貴族用の豪勢で凝ったものばかりじゃなく、もっと軽やかにおしゃれで美味しいものが多い。


 マルクスの人柄が出ていると思ったよ。



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TO Books.Illustrated by saraki
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