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【書籍化】転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~  作者: 灰猫さんきち
第二部少女期 第八章 テュフォン島の災厄

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(閑話)ラスの帰郷



 その一報は、竜退治の翌年。早春の中でもたらされた。


 ――エルシャダイ王国の王妃、逝去。







 ラスことランティブロス第三王子は、久方ぶりに故国の地を踏んだ。

 五歳の時に故郷を離れてユピテルに行って以来、実に八年ぶりのことだった。


 実を言うと、彼はエルシャダイ国が故国であるとの意識が既に薄い。

 幼い日の記憶はもう遠くて、家族の顔もぼやけてしまった。

 ラスにとって家族とは、ずっと付き添ってくれた師であるヨハネ。それにゼニスとアレクの姉弟がそれに当たる。


 それでもエルシャダイの国は、ラスに不思議な感慨を抱かせた。

 ふとしたことで遠い思い出が蘇るのだ。

 砂漠から吹き付ける乾いた風に、ひび割れた地面。乏しい水源にしがみつくように茂る植物たち。

 ユピテルにはない、街を取り巻く堅固な城壁……。

 その一つ一つが、彼の心の奥に眠るシャダイの民の魂を刺激した。


 もう忘れてしまったと思っていた肉親たちも、身近に接すれば懐かしさがこみ上げた。

 父王と二人の兄、一人の姉。それがラスの家族だった。


 母の葬儀は既に済んでいた。シャダイ教では、死後できるだけ早く死者を埋葬するのが重要とされる。

 葬儀自体も簡素で、遺体に花を捧げる習慣もない。墓は遺体が埋められた場所に、白い小石が積み上がっているのみである。

 これはかつて、シャダイが流浪の民だった頃に由来する。定住する土地を持たないために、墓は簡素。捧げ物もしない。

 旅の途中で白い石積みを見つければ、黙祷をする。それが彼らの弔いだった。


 ラスは母の墓まで行って、白の小石を一つ積んだ。

 シャダイ教の教えどおり、神の元での安息と約束された復活の到来を祈ると、家族たちは喜んだ。


「ユピテルでシャダイの心を忘れてしまったかと思っていたが、ランティブロスの信仰はきちんと生きていたのだな。嬉しいよ」


 そんなことを口々に言った。


 その後は家族での晩餐となった。

 ユピテル建築に見られる列柱もあるものの、色彩が少なく堅牢な石壁は荘厳な印象を受ける。

 ラスは年の離れた末っ子で、兄姉たちはとっくに成人している。

 父は既に老境に差し掛かっていて、今は30歳手前の長兄が主に政務を取り仕切っていた。


「ランティブロスが帰国するのは、あと10年といったところか。それまで(わし)が生き延びるのは、難しそうだ」

「父上、そんなことをおっしゃらないで下さい」

「何、一足早く神の御許にゆくだけよ。死は別れではない。来るべき復活の暁には、神の楽園で永遠の命を分かち合おう」


 王はそう言って静かに笑った。


「家族の絆は我らシャダイの民にとって、かけがえのないもの。それを取り上げるユピテルには、憤りを感じます」


 次兄のシモンが言った。


「めったなことを言うものじゃない。ユピテルはなくてはならない隣人だ。アルシャク朝の武力に呑まれないためにも、彼らの力は必要だと、お前も分かっているだろう」


 長兄アルケラオスが弟をたしなめる。けれどシモンはますます語気を強めた。


「ユピテル人は邪悪だ! 享楽と肉欲に溺れ、神を信じず、シャダイの民を軽んじて侮辱する。あのような民が我が物顔でこの地を闊歩しているなど、心底おぞましい」


 シモンはユピテルに留学していた少年時代に、いわれない差別を受けてきた。孤立を深めて、信仰だけを心の支えにしていた。


「シモンよ――」


 父王が低く言う。


「お前の言いたいことは分かる。だが、祖先が長い流浪の末に得たこの地を、そうやすやすと失うわけにはいかぬ。ユピテルに楯突くということは、国を失うのと同義である。こらえてくれ」

「…………」


 シモンは不承不承、黙った。


 そんな兄の姿を見てラスは思う。自分は恵まれていたのだ、と。

 虚弱な子供だったラスを優しく受け入れてくれて、シャダイの慣習も理解を示してもらえた。

 ユピテルから学んだことは多い。差別がないわけでもなかったが、少なくともゼニスやアレクたちはそんなことをしなかった。


(あぁ、ゼニスに会いたいなあ)


 そんな思いが頭をよぎって、慌てて否定した。彼女に会いたくて寂しがるなんて、まるで子供ではないか。早く大人になると決めたのに。


 長兄と次兄はぎこちない空気のまま、食事は終わった。







 あくる日、朝の礼拝を終えたラスが王城の庭を散歩していると、長兄に声をかけられた。


「アル兄上、どうしましたか?」

「お前と少し話がしたくてな。歩きながら話そうか」


 ユピテルとはまた違う趣の庭園を歩いて行く。

 兄弟は幼い頃の思い出話に花を咲かせた。


「お前は小さい頃、甘えん坊で母上にべったりな子だった。覚えているか?」

「僕はそんなに甘えっ子でしたか?」

「ははは、すまん。大きくなったお前に言っても、困るよな。つい懐かしくて言ってしまった」


 長兄と末弟のラスは年齢がかなり離れている。ラスが小さかった頃、長兄は父親のように見えたなとぼんやりと思い出した。


「そうそう、あそこだ」


 ふと、兄が庭の一角を指で示した。腰丈ほどの岩が置かれている。


「覚えているか? あの岩の後ろに隠れて、かくれんぼをしただろう」

「あ……覚えています」


 岩に近づいてみたら、ラスも思い出した。


「確か岩の真後ろに穴があって、宝物を隠しましたね。僕が隠したのは何だったろう」


 品物までは思い出せなかったが、子供のやることだ。どうせガラクタの類だろう。


「あの岩の後ろの隙間は、私とお前の秘密基地だったね。……この先もし機会があったら、また岩の穴に宝物を隠しておくよ」

「……?」


 どういう意味だろうとラスは首をかしげたが、長兄はさっさと歩いて行ってしまった。


「さあラス、おいで。次の思い出話と行こうじゃないか」

「はい、兄上」


 この何気ない会話がある事件のヒントだったと気づくのは、まだ何年も先のことだった。







 片道ひと月の道のりを経て、ラスはユピテルに戻った。もちろんヨハネも一緒だ。

 かつて五歳で国を出た時は、不安と寂しさで一杯だった。でも今は、ゼニスやアレクといった親しい人々との再会が待ち遠しい。


「ラス、ヨハネさん、おかえり!」


 フェリクスの屋敷の入口で、ゼニスとアレクが出迎えてくれた。どうやら待っていてくれたらしい。


「ただいま。ゼニス、アレク。他のみんなも」

「お母さまのことは残念だったね。ふるさとはどうだった?」

「懐かしかったです。でも僕は、ユピテルの方が馴染んでしまって」


 ちらりとヨハネを見るが、師は僅かに苦笑しているだけだった。


「今度、ラスの国に連れて行ってくれよ。俺んとこの実家は何度も行ってるから、一度くらいラスの故郷を見てみたい」


 と、アレク。

 もちろんいいですよ、と言いかけて、次兄の頑なな態度を思い出した。


「遠いですから。なかなか行けませんね」

「そっかー」


 でも死ぬまでには一度くらい! とアレクは笑いながら言った。

 その言葉をさらっと流して、ラスはゼニスに問いかける。


「ゼニスは変わったことはありませんでしたか?」

「うーん、別に? ていうか立ち話も何だし、中に入ろう」


 廊下を歩きながらアレクが言い出した。


「姉さんのところに、お見合いの釣書がどっさり来てるんだ」

「お見合い!?」


 ラスは思わずゼニスを見た。彼女はばつが悪そうな顔をしている。


「でも、変な人ばっかりなんだよ。身分はだいたい下級貴族か騎士階級で、それはいいんだけど。やたら熱心な人か妙に上から目線の人かの二択なの」


「オクタヴィーさんが言うには、姉さんは女だてらに功績を立てすぎたんだってさ。んで、そんなスゴイ女の相手に名乗り出るのは、姉さんを踏み台にしてのし上がる気満々の野心家か、おこぼれにあずかってダラダラ暮らしたい怠惰な男か、ってとこなんだって」


「ゼニス、駄目ですよ! そんなろくでもない男と結婚なんて!!」


 ラスの声が思わず大きくなった。ゼニスが目を丸くしている。


「しないって! 私、まだ未成年だし。嫁いで嫁の務めとかやるくらいなら、魔法の研究していたいもの」


「そ、そうですよね」


 ラスは焦った己を恥じながら、内心でほっと胸をなでおろした。ふと横を見ると、ラスの恋心を知っているアレクがにやにやしている。肘鉄しておいた。


「結婚はゆっくりでいいと思います。少なくとも20歳までは独身がいいですよ」


「そうそう、姉さんが20なら俺らは17で成人だからなー。俺らも適齢期に突入だもんね」


「アーレークー」


 ラスの親友はちょっとだけ意地が悪い。ラスが低く名を呼ぶと、アレクはわざとらしく身を縮めた。

 そんな彼らのやり取りを、ゼニスは不思議そうに眺めている。


「なんかよく分かんないけど、ラス、ヨハネさんも、お風呂入ってきたら? 長旅で汚れちゃったでしょ」


「はい、そうします」


「それじゃ俺も一緒に入ろっかな」


 旅装を解いて、三人で浴室へ行く。

 ヨハネと少し離れた場所で、アレクとラスはぼそぼそと話した。


「姉さんは賢い人なのに、なんでこういうところは鈍いんだろうなぁ」


「もっと積極的にアタックするべきでしょうか?」


「どうだろ……。この前も何の考えもなく抱きついてきたじゃん? あれ完全に、俺らのこと子供扱いしてるよな」


「うん……。アレクはもちろん、僕も弟扱いですね……」


「だよなぁ。やっぱもうちょい大人になってから、ストレートに告白した方がいいんじゃないか。せめて背丈を抜いてから」


 彼らは今、13歳。ここ一年で背もぐっと伸びて、そろそろゼニスを追い抜きそうだ。

 けれど人としての力量は、まだまだ足りないとラスは思う。偉大な彼女に追いつくには、いったいどれだけの時間が必要なことやら。


「あぁ、こんなことなら『ゼニス姉さま』なんて呼ぶんじゃなかった。あれのおかげで弟扱いされた気がします。昔の自分を殴ってやりたい」


「あっははは、頑張れよ」


 能天気にけしかける親友にお湯をかけてやって、ラスは大きなため息をついたのだった。





ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

第八章はこれで終了です。しばらく間をあけた後、成人期の第九章を投稿予定です。再開はたぶん四月くらい?


成人期はムーンライト掲載作と大筋は同じですが、エピソードの追加とキャラクターの変更を考えています。舞台が国外になるので、新キャラが出る代わりに今までのキャラはあまり出番がない予定です。(主人公は変更ありません)


もしよければ、ブックマークや評価で応援してやって下さいね。既に下さっている方、ご感想や誤字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます。


それではまた後日、よろしくお願いします。


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転生大魔女の異世界暮らし1巻
TO Books.Illustrated by saraki
― 新着の感想 ―
[気になる点] 大変楽しく読ませて頂いてます! 最後まで徹夜で読んでしまいそう。 ゼニスの自立しつつもところどころでヲタクを発揮する思考が良いですね…主人公が好きになれる作品です。 ところでこのあと…
[一言] ゼニスの相手としてラスだけは勘弁かな。
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