16:後日談3
本日3/4、2話目の投稿です。前話をお読みでない方はそちらからどうぞ。
ティベリウスさんの年齢は今、30代前半。ドルシスさんは20代半ば。
10年後はまだしも、20年後になるとそれなりの年になる。決行するだけならともかく、その後の国政も見据えると時間が足りない。何せこの国の平均寿命は、60歳程度なのだ。
「後継者ですか。それは、ゼピュロスくん……息子さんを?」
リウスさんの長男ゼピュロスは今年、三歳。利発な子だけど、まだ才能やら何やら言える年ではない。
「あの子が役目に相応しい力量の持ち主ならね。そうでなければ他の役割を振るさ。我が子は可愛いが、こればかりは親の欲目で判断を誤るわけにはいかない」
夫の言葉にリウィアさんもうなずいている。
そうなると、血縁に関係なく後継者探しをするんだ。血統主義の貴族なのに、すごい割り切ってるなぁ……。それだけ真剣だということなのだろう。
「後継者とユピテル国内の基盤作りは兄上に任せて、俺は新天地で自由にやって来るよ。
実のところ、腕一本でどこまで出来るか楽しみでな。腹の探り合いばかりの議員や制約の多いユピテル軍人より、よっぽどやりがいがある」
ドルシスさんがニヤリと笑った。その表情には本当に楽しみにしている様子が感じられた。
「で、話は戻るが、そんなわけだからゼニスは気に病む必要はない。その時が来たら、快く送り出してくれ。俺が望むのはそれだけだ」
「……はい!」
表面だけ見れば、ドルシスさんは不遇の末にユピテルから追い出されるようなもの。というか、そう見えるように調節するのだろう。
その裏で周到に準備をして、未来のために動いていく。
「この話は、もっと具体的に固まってからするつもりだったんだがなあ。我が家の女傑たちが恐ろしくて、つい秘密を吐いてしまった」
そんなことを言う。オクタヴィー師匠が鼻で笑った。
「格好つけようとするからよ。そんな柄じゃないんだから、せいぜい地道に頑張りなさい」
「ああ、そうするさ。神祇官を拝命して直後に辞職するのは、さすがに不自然だ。二年かそこらは大人しくして、水面下で準備を整えておくよ」
皆、未来を見据えている。思わず私も口に出して言った。
「私も何かできることがあれば、お手伝いさせて下さい」
「うん、これからは魔法が重要になる。ゼニスにも期待しているよ」
いつもの温和な表情に戻って、ティベリウスさんがそう言ってくれた。
魔法は使いようによっては、強力な兵器になってしまう。
でも出来れば、私は戦場以外の場所で魔法を役立てたい。
この古代文明では人の命は軽くて、戦争もあちこちで起こっている。お金で命を売買される奴隷もいる。
それらを根本的に変えるのは、私にはとても無理だけど。
せめてこれから魔法を学ぶ人には、命の大切さを教えていけるようにしたい。魔法の力を野放図に殺戮に使わないようにしたい。
子供じみた綺麗事かもしれないけど、手の届く範囲で頑張って行きたいと、切に思った。
+++
――竜退治の年から17年後。
ノルドではその一部族、ノクリム族が勢力を拡大し、北西山脈のユピテルとの国境線をたびたび侵すようになった。
これを重く見たユピテルはノルド平定を決定。総司令官として元老院の重鎮、ティベリウス・フェリクスを選出し、軍事指揮権を与えた。
ティベリウスは軍団を編成して、ただちに遠征に出発。その傍らには、若き嫡子ゼピュロスの姿もあったという。
ノルド平定は長い時間がかかるとの見方に反し、ユピテル軍は破竹の勢いで進軍した。
途中で合流したブリタニカ王ドルシスの助力も大きかったと言われている。ドルシスは多数の精鋭兵や物資の供出の他、ノルド各部族の内情や地理に精通しており進軍の要となった。
ユピテル軍はノクリム族を下した後、ノルド全土をも征服した。わずか五年に満たない短期間でのことだった。
しかしここで一つの悲劇が起こる。
ユピテルに引き上げる最中、ティベリウスが病にかかり帰らぬ人となったのだ。享年50代半ばの波乱に満ちた人生だった。
20代半ばになっていたゼピュロスは、父に代わって全軍を統括する。
亡き父の遺志を継いだ彼は、国法を破って首都を軍勢にて包囲。主だった元老院議員たちを拘束し、独裁官就任を宣言した。
反対勢力を問答無用で叩き潰して、独裁官の強権を以て各地の腐敗を一掃し、新しいユピテルへの道を拓いた。
ゼピュロスはそのまま終身独裁官になるかと思われたが、任期が切れると大人しく引き下がった。
旧来の元老院議員たちは胸を撫で下ろしたが、これは彼の予定の一つだった。
「私が独裁官になったのは、あくまで各地にはびこる不正を正すためである。今、ユピテルの混迷の霧は晴れた。であれば私は、一元老院議員としてユピテルのさらなる発展に尽くす所存である」
彼はこう言って、元老院議員たちの支持を集めた。
けれどその頃には、もうゼピュロスの敵になりえる勢力はほとんど全て潰されていた。
彼はこのまま王政なり皇帝政なりに移行するには、貴族も平民もショックが大きすぎると考えた。
元老院に敵はもはやいなかったが、平民たちが蜂起する事態は避けたい。征服したばかりのノルドもまだ不安定。これ以上の混乱を起こして、東のアルシャク朝につけ入れられるのも困る。潜在的に残った反ゼピュロス派が暗殺などのテロに走ってもやっかいだ。
そこで名目だけは従来の共和制を宣言し、実権はしっかりと握ったのである。一種の欺瞞だった。
けれどそのおかげで、ユピテルは安定して国力を蓄えた。
そしてゼピュロスは生涯、その欺瞞を貫いた。元老院から『元老院とユピテル市民の第一人者』の称号を贈られたくらいだから、彼の根気強さと演技力は相当なものであった。
ゼピュロスが71歳で没すると、彼の娘婿が後継者となった。義父ほど傑出していないものの有能な人物だった。
彼は義父の称号『元老院とユピテル市民の第一人者』を用いて、実質上の皇帝となった。初代皇帝を彼とするかゼピュロスとするかは、歴史家の間でも意見の分かれるところである。
こうしてユピテルは帝政に移行した。
ティベリウスから始まった改革で、ユピテルの国家としての寿命は500年伸びたと言われている。
――それは、まだ誰も知らない未来の話。
第八章の番外編はもう一話だけ続きます。





