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遍歴騎士アレス  作者: 矢田
第一章 『義の騎士』アレス
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04.交戦

 四人の兵達がアレスを取り囲んだ。アレスはライノから視線を外さず、気配で兵達の動きを掴む。


「お前ら、手ェ出すなよ」


 ライノは剣を構える兵を手で抑え、斧槍を油断なく構えた。


 アレスは剣を鞘から抜くことなく、ジリジリと間合いを調節する。斧槍の範囲の外側かつ、一息で詰められる微妙な間合いを保つように。


 現状、アレスが出来ることは少ない。馬上の利というものは大きく、此方からは脚を斬りつけるのが精々で、その脚も鎧で覆われている。その上、相手は防ぎ辛い角度から好き放題攻撃出来るのだ。


 馬に乗られていては、勝ち目がない。並の使い手であれば小細工でどうにかなるかもしれないが、ライノは己と伍するか、或いは上回ってすらいるかもしれない騎士。小細工では揺るがないだろう。


 せめて投げナイフを収めているベルトを着けてくれば楽だったのだが、とアレスは思う。騎士らしい騎士からすれば投げナイフも小細工の範疇なのかもしれないが、アレスにとっては剣と同様、練り上げた技術の一つ。


 馬は臆病で繊細であると同時に、頑強で痛みにも強い生き物だが、投げナイフとはいえ、刺されて平気ではいられない。痛みで乗り手を振り落としてくれれば儲け物。態勢を崩せば全身甲冑(フルプレート)相手でも打てる手はあるのだから。


 無い物ねだりはともあれ、アレスがやらなければならないことは同じだ。馬を斬り付け、ライノを地面に引き摺り下ろす必要がある。


 出来る限り、低く、低く。


 馬上からは正面下方向がやや攻撃し辛い。故に、腰を落として出来る限り低く踏み込もうとしたアレスは、突然振り回された斧槍に目を見張る。


 ――届かない、筈。


 そういう風に間合いを調節していた。ギリギリだが、ライノが振った斧槍はアレスに届かない。その筈だ。時が無限に切り刻まれたかのようにゆっくりと流れる世界の中、アレスの思考が高速で回転する。


 握りを緩めて間合いを伸ばすつもりだろうか。鎧を身につけていない、掠っただけでも傷を負うアレスに対して有効ではあるが、同時に酷くリスクが高い。


 握りが緩んだ所を剣で打ち払われれば、斧槍を弾き飛ばされる可能性もあるのだ。アレスの剣も無事ではすまない可能性は高いが、場は荒れる。斧槍を奪われればライノはみすみすアレスに勝ちの目を与えてしまうのだから。


 ――しかし、無意味だとも思えない。


 長物、それも穂先の重量が重い斧槍は切り返しが遅い。両手で振るったのならともあれ、片手では重さと勢いにかなり流される筈。その間に踏み込めば、剣を一振りするのに十分な時間を得ることが出来る。


 意味も無く不用心に武器を振り回すことなどあり得ない。何か意味がある。しかし、アレスにはその意味を汲み取ることが出来なかった。


 故に、軸足を入れ替えるような形で身を引いた。


 消極的な判断。この場合そう判断するように誘導されたというべきか。アレスの判断は間違ったものではなかったが、同時に正解でもなかった。


 アレスの頭一つほど前を斧槍が通り過ぎて行く。身体を引かなければその範囲にギリギリ巻き込まれていただろう。しかし、アレスの表情は厳しい。


「……何故――」


 唸るように言葉を捻り出したアレス。その声は、固い。


「――何故、馬を降りた」


 アレスが続けた通り、ライノは馬から飛び降りていた。先程斧槍を振ったのは馬を降りる隙を突かれないようにするためだったのだ。


 しかし、わざわざ隙を作ってまで馬を降りたところで、ライノに利するところは一つもない。馬上の利を捨てることは、アレスを利するばかりである。


「腑に落ちねぇって面してるなぁ『お人好し』の」


「…………」


 不愉快な呼び名にアレスは眉根を寄せつつライノを睨み続ける。


「何で馬を降りたんだって顔だ。そうだろ?」


「……馬上の利を捨てるとは舐められたものだな」


「舐める……違うなぁ。俺はアンタを評価してるぜ。あのまま斬り合や勝てただろうが、馬が殺られちまってただろうからな」


 そうなったら大損だ、と続けるライノ。成る程、とアレスは内心納得しつつ、険しい表情は崩さない。要は、馬を失うリスクと確実な勝利を天秤に掛けてリスクを回避することを選んだわけだ。馬上の利などなくとも鎧を身に付けていないアレスなど敵ではないと考えたのかもしれない。どちらにせよ――


 ――これは好機(チャンス)だ。


 馬から降りてくれたというのは言うまでもなく大きいが、それに加えて今アレスは舐められた、或いは同情されたという理由で激発してもおかしくない状況だ。


 確実に勝てる手段をとらず、それでも勝てると舐められているのだから、名誉や誇りに重きを置くような騎士であれば激憤してもおかしくない。


 都合のいいことにライノはアレスの噂、直接会った印象から『騎士道に傾倒する正義感の強い男』とでも思っているだろうとアレスは考える。


 侮辱されたことを理由に逆上して斬りかかっても不自然には感じない筈。故に、それを誘いの隙にする。


「貴様っ、私を侮辱するかっ!」


 言いながら剣を右手で抜き放ち、ライノに向かって踏み込むアレス。アレスの激憤は演技であったが、踏み込みは混じりっ気無しの本気。


 鎧がないことも手伝ってその速度はかなりのものだ。戦闘においてこれほどの速度を出すような相手は滅多に居ない筈で、ライノも目の焦点を合わせるのが間に合わない程の俊足である。


 並の戦士であれば動揺してアレスに接近を許したかもしれないが、ライノは一流の騎士。焦点をずらされたところで自身の武器が届くかどうかの見極めを誤ることはない。


 斧槍の範囲にアレスを捉えた瞬間、力強い薙ぎ払いを放った。


 足で地を掴んだ状態で放たれた薙ぎ払いは先程馬上から無造作に振るわれた一撃とはわけが違う。速さこそやや速く感じる程度だが、その重さは比べものにならないだろう。


 剣を立てて防ぐ程度では、その剣ごと両断されるであろうことをアレスに確信させた。


 正に、必殺。


 このままでは斧槍の錆になって命を落とすことは必定。とはいえ、アレスとて無為無策に突っかけたわけではない。むしろ、ここまでは望んだ通りの展開だ。


 ――ここだっ。


 アレスは剣を捨て、右手で左の腰に掛けていた剣の鞘を引き上げて斧槍の刃に対する盾とした。


 衝撃が両者の身体を貫く。


 剣の鞘は木や革、金属と様々な材質で作られる。木や革は剣の斬れ味を落とさないが痛みやすく、金属製は頑丈だが剣の斬れ味を鈍らせてしまうと一長一短だ。


 アレスのそれは総金属造りである上に、普通の鞘が持っていないある目的を持って作られた特別製だ。


 それは、打撃武器としての使用。


 鎧を身に纏った相手に対して剣による斬撃はあまり意味を成さない。関節部とて鎖帷子(チェインメイル)あたりを着込まれていては歯が立たない。


 剣の柄による打撃や、鎧の間隙を縫う、盾による組み打ち等、鎧を突破する技術は様々あるが、効率がいいのは打撃武器(メイス)などで叩き潰すことだ。


 アレスの剣の鞘は通常の数倍の金属を使って作られた重く頑強なもの。これに金が掛かったのと、役割が少し被ったせいで盾が解雇されることになったのだが、それはともあれ。


 ライノの強力な一撃をこの鞘が耐えてくれるかは賭けであったが――アレスはその賭けに勝利した。斧槍の刃は鞘を半ばまで食い破るも、断ち切ることは叶わなかったのだ。


 両者に走る衝撃は、等量。単純なダメージで言えば、アレスの方が大きい。衝撃を受け止めた右の手首、左の上腕、腰の左側に痛みがある。


 しかし、衝撃からの復帰が早いのもまたアレスだ。それはあらかじめ衝撃を覚悟していた者と、していなかった者との差。加えてライノは物理的のみならず精神的にも衝撃を受けているのだから。


 千載一遇。掴み取った隙を逃しはしない。


 アレスは斧槍の内側にするりと入り込むと、その柄を両手で掴み、ライノの手から捻るような形で奪い取る。そこから肩で押し出すようにライノを突き飛ばし、姿勢が崩れた所に足裏で蹴りを入れて完全に転ばせた。


「終わりだっ」


 アレスは奪った斧槍を振り上げ、ライノの首を狙う。剣を一番得意とするアレスだったが騎士として長物の心得も当然ある。確実に仕留められる。そう思った瞬間――


 ――ヒヒィィィン。


「ぐっ……」


 予想外の場所から、予想外の存在によってそれは阻まれた。


 アレスの一撃を阻んだのはライノの馬。尻餅を着いたライノの頭上を越える形で飛び込んで来た騎馬を、アレスは横に転がるような形で躱すしかなかった。


 大きく息を吐き出すアレス。緊張からその額にはおびただしい汗が浮かび、全身には言いようのない疲労感がある。


 よしよし、と馬を撫でながら立ち上がったライノもアレスと同じように息を大きく吐き出した。フルフェイスの兜でその表情は窺えないが、おそらく同じように酷く汗をかいていることだろう。


「やられたぜ、クソッタレ。何が『お人好し』だ」


「自分で名乗った覚えはないからな」


 言って、アレスはニヤリと口元を釣り上げる。


 油断無く身構えながら言葉を交わす両者。この状況でも、アレスは別段優位に立ってはいない。相手は武器を失ったが鎧を身に纏っている。組み打ちは十分警戒しなければならないし、そもそもアレスとライノの雰囲気に圧されて案山子になってはいるものの、四人の兵士もいるのだ。


 それでも先程までと比べれば遥かに状況はいい。斧槍よりも長い間合いの武器を持った兵士が居ない以上、間合いの取り合いでは圧倒的に優位に立てる。あの兵士達に間合いの差を覆せる技量の持ち主がいるとも思えないのだから。


「……引くぞ。一旦仕切り直しだ」


「し、しかしライノ様。シュヴァイン様からの命令は……」


「死にてぇなら勝手にするこった。俺は一旦引かせて貰うぜ」


 兵士の言葉を遮って、ライノは重い鎧を身に纏っているとは思えない軽やかな動作で馬に飛び乗った。


「よう、『お人好し』……もといアレス卿よお」


「何だ?」


 ライノの声は戯けたような調子はあるものの、同時に腹の底から響いてくるような、何処か暗さのある声で。


「この状況でも、五分五分。いや六:四で俺が有利だろう」


「……だろうな。それが分かっていながら、何故引く?」


 正確な見立てだとアレスは同意しつつ、問いを返す。ライノはそれに軽く肩を揺らすと、口を開いた。


「俺ぁ金が好きだが、同じくれぇ闘うのもすきなのよ。アンタぁ強い。今までやった中でも一、二を争う位ぇにな」


「そいつは光栄だね」


「だから、本気のアンタと殺りてぇのよ」


 全くもって酔狂なことだと思うと同時に、そういうのも嫌いじゃないなとアレスは笑う。アレスは戦いに関してはともあれ、失われた神秘の探求に熱を上げる酔狂者である。何処かライノと通じるものがあったのだろう。


「元より代官とは剣で語るつもりだったからな。貴公の望み通り決闘(フェーデ)といこうか」


「いいねえ。アンタ、中々はなせるじゃねぇの」


 両者が獰猛な気配をぶつけ合い、次の瞬間にはアレスは背を向け、ライノは騎馬の鼻先を返した。


 兵士達はどうしていいのか分からずに暫し迷うような仕草を見せ、剣に手を掛けたところで振り向いたアレスに殺気をぶつけられ、慌ててライノに従って走り去っていった。


 ――やれやれ、どうにかなったか。


 ぼやくように思い、流石に疲れたとアレスその場に身を投げ出した。荒事は避けられそうにないが、当座は乗り切ったのだ。熱された身体に冷たい地面は心地よく、アレスは暫しその場で空を見上げているのだった。



改編済みです。

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