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遍歴騎士アレス  作者: 矢田
第一章 『義の騎士』アレス
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02.村にて

「ふぅ、生き返ったな」


 アレスは二十日ほど前に村を出てから溜まりに溜まっていた垢を、石鹸草という擦ると汚れを落とす泡が立つ草と荒布で余すところなく洗い流した。そして、髪も同じように石鹸草で何度も洗う。


 鋭く研がれた剃刀でぼうぼうと伸び放題になっていた髭を綺麗さっぱり剃り落とす。顔も剃り、眉も整えてもう一度全身を川に浸し、顔を上げると、そこには先程までとは別人が立っていた。


 黒ずんでいた肌は清潔感を取り戻し、暗く濁っていた金髪は明るい金の輝きを取り戻した。下手をすると二十代後半にすら見えていた顔は年相応の見た目に戻っている。


 全身の汚れを落とすと身体も軽くなったようで、アレスは満足気に息を吐き出した。身体を拭いてから、村で買った服を着る。古着なので微妙にサイズが合っていないが、血や汗が染み込んで固まった元の服に比べれば雲泥の差だ。


 探索の度に服を駄目にするため、アレスが着るのは使い古しの服を安く買い取ったものだ。その上から大部分を鎧で覆ってしまうため、見てくれを気にする必要がないのだからそれでも問題ない訳で。


「さて、早く戻らないとな」


 半日ほどで村に辿り着いたアレス達だったが、やはりと言うべきか野盗の類に間違えられたりと一悶着があったため、まずは格好を整えようということになった。アレス自身いつまでも野卑な格好でいるのは御免だったので好都合ではあったが。


 折角水場に居るのだから、出来ることなら剣や死体から回収した投げナイフ、鎧等の手入れもしてしまいたいのだが、あまり待たせるのも悪いだろうと一旦村に戻ることにするアレス。


 常に着けている鎧を身に付けていないとどうにも違和感があるな、とぼやきながらアレスは村への道を辿る。まあ鎧も酷く汚れているため、身に付けようものなら身体を洗ったのが無駄になるのだが。


 そんなことを考えながら歩いていると、アレスは気が付けば村に辿り着いている。


「……騎士様、ですかな?」


 腰の曲がった、枯れ木のような老人が声を掛けて来る。その声に疑問の色があるのは川へ行く前後で全くの別人のようになっているからだろうとアレスは思う。尤も、この老人には遺跡に向かう前にも会っている筈なのだが。


「ええ、お世話になりました。村長殿」


 アレスは苦笑いを浮かべて、軽く頭を下げた。探索から帰った後の反応は多かれ少なかれこんなもの。声に出して驚いていないだけこの村長は有能であるとも言える。


「いえいえ、何も出来ませんで。本当に世話の者は必要なかったのですかな? 言って下されば村の若い娘を向かわせましたが」


 この「世話」には夜の世話も含まれているのだろうとアレスは思う。これまでに無かったわけでもない、むしろ、よくあったのだから。


 村の若い娘に夜伽をさせて、此方は少しばかり金を村に落とす。貴族相手にはまず行われるし、アレスのような遍歴騎士という微妙な身分の者にも多くの場合行われる。


 剣にしろ、鎧にしろ安いものではなく、使用すれば損耗するそれらの維持は簡単なことではない。騎士を名乗る者の中にはその維持費を盗賊行為で賄う盗賊騎士などという者もいるのだから、その維持の難しさが分かるというものだ。


 アレスの鎧は手、足、胸といった局部を守るだけの鎧であり、アレスの立ち回りが上手い事もあって維持費は抑えられているが、それでも剣はかなりの回数買い替えているし、盾に至っては維持出来ずに使うのを止めた。


 盾は戦いを非常に有利にする強力な武具だ。盾を持った相手を倒すのは非常に難しい。ただ、相手の武器を防ぐという性格上どう足掻いても損耗が激しい上、木製のものは安定感に欠き、金属製は金属の塊であるため剣よりも値が張るのだ。


 ともあれ、維持費のかかる武具を有している騎士は十分な経済力を有していると考えられているため、「世話」の申し出も少なくないのだ。


 アレスの場合、若く美男子であることも手伝って、村娘達もその手の行為を行うことに抵抗がないのだろう。尤も、アレスはこの手の申し出を受けたことは無い。


 女好きと評されるアレスではあるが、女性と関係を持つことは色々と問題があって避けている。この件に関しては兄に文句を言いたくもあるのだが、ともあれ。


 今回もその例に漏れることはない。


「ええ。申し出は有難いのですが、私は遍歴の身。自分のことを人任せにするようではいけませんからね」


 いかにも申し訳ないという表情を作って、アレスは言う。断りの文句も慣れたものである。


「ははぁ、お若いのに御立派な考えをお持ちですな。おっと、そうだ。お連れの方がお待ちでしたの。年寄りになると頭の巡りが悪くていけませんな」


「…………」


 言葉通りの意味ではなく、「女連れなのにこんな申し出をして申し訳ない」ということなのだろう。この手の下世話なやり取りは慣れたものだが、いちいち誤解を正すのも面倒だ。そのため意味ありげに黙り込んでみせる。


「お、お連れ様が待っておられる家に案内致します。この村では一番良い家ですぞ」


 それを気分を害したことによる沈黙だと思ったのか、村長は慌てた様子でアレスに先んじて歩き始める。


「ああ、ありがとう。村長殿」


 ちょっと効きすぎたなと思いつつ、後に続くアレス。そして、脅かしてしまった侘び代わりにと口を開いた。


「ここから半日ほど東に行った辺りに野党の死体が五つあります。剣が四と、槍が一。革鎧が一着。お好きなように使って下さい。ただ、死体は地面に埋めるだけでもいいので供養してやってくれますか」


 野盗を殺したのがアレスである以上、野盗の持ち物はアレスの取り分であるが、持ち歩くのも邪魔なうえ、剣の質はどれも粗く、アレスは使う気になれなかった。


 そのため元々死体の処理の代金代わりにしてもらおうと考えていたアレスは、このタイミングで言えば怒っていないことが伝わって丁度いいと口にしたのだ。


「おお、それはありがたい。無法者を討って下すった上に武具を譲って頂けるとは」


「騎士として、当然のことをしたまでです」


 弱者の保護や気前のよさ、清貧である姿勢。騎士道において美徳とされる事柄であり、理由付けとしては十分なもの。正直、アレスは騎士道を実践出来ている気は全くないし、時には騎士道を無視した行いを取ることも辞さないが、こういう時には実に使い勝手がいい。


 村長が感服したような視線を向けてくるのがどうにも居心地が悪く、アレスは軽く身じろぎした。他の家よりも一回り程大きな家の前で村長は足を止め、アレスに向き直ると口を開く。


「此処です。手狭な場所ではありますが、我が家のようにお寛ぎ下さい。用があれば村の者に言い付けて下さいませ」


「ええ、そうさせてもらいます」


 それでは失礼します、と言って去る村長を見送ってからアレスは家の扉を軽くノックした。


 中からパタパタと小走りに近付いて来る気配を感じて、アレスは軽く身構える。ここ半日で多少なり慣れたのだが、気を抜けば不躾に見惚れてしまいかねない。


 かちゃ、と扉が細く開き、その隙間でアレスと少女の視線が交わり――


 ――ガチャリ。


 何故か扉が閉じられてしまう。少し強目に。そんな反応をされるとは思っておらず、一瞬アレスの思考が止まった。その間に再び扉が躊躇いがちに開かれ、少女の瞳が覗く。


「……ええと、何方でしょうか?」


 おずおずと口にされた言葉に、アレスは合点がいったと苦笑いした。自覚こそあったが、やはり殆ど別人のようになってしまうらしい。


「アレスだよ。お嬢さん(レディ)」


 どうだい、少しは様になるようになったろう、と軽く笑って言うアレス。半日の間に色々と言葉を交わし、一応警戒はある程度解けていた。


 目的の為に様々な場所に赴くアレスが話題に困ることはない。女性と話すのが好きで慣れていることもあって、少女の警戒心を解きほぐすことに成功していたのである。


「…………えっ?」


 驚いた様子で目を丸くする少女の様子が可愛らしく、アレスは笑みを深めた。


「ベ、別人じゃないですか!?」


 驚いた様子を笑われたことに気が付いたようで、少女の顔はやや赤い。そして、少女の驚き様が何故か笑いのツボに入ってしまったアレスは「クッ」と小さく抑えた笑い声を漏らした。


「な、何が可笑しいんですか!? もう!」


 半日の間にそうかもしれないと勘付いてはいたが、少女は大人しいタイプではないようだった。出会った時の印象よりは今の方が素に近いのだろう。


「すまない……ククッ、いけないな。君を驚かすのが趣味になりそうだ」


「そんなつまらない趣味は遠くに放り投げて下さい。騎士道はどうしたんですか、騎士道はっ」


「俺は不良騎士だからね。出来が悪いから遍歴してるのさ」


 言って、肩を竦めるアレス。実際は神秘の探求、リリィの発見を目標にした遍歴であるわけなので、嘘もいいところである。尤も、真っ当な騎士から外れているのも確かではあるのだが。


「……はぁ、もういいです」


 疲れた様子で扉を完全に開き、アレスを招き入れる少女。


 部屋に入るとアレスは木製の椅子に腰掛ける。


「さて、改めて。故あって遍歴している騎士、アレスと申します。お見知り置きを。お嬢さん(レディ)」


 アレスは気取った態度で少女に名乗る。ただ、声の調子はやや戯けた調子が抜けていない。実際、からかうと面白い少女を少しからかおうという遊び心が大きいわけで。


「レディは止めて下さい……私にはサキという名前があるんですから」


 溜息と共に名前を教えてくれる少女――サキ――頬を少し膨らませているのは愛らしい。生真面目な性質(タチ)はからかうと楽しいなとアレスは口元を歪ませた。


「それなら、レディ・サキというわけになるね」


「だからレディは――」


「――冗談だよ、サキさん。それで、聞きたいんだけど」


 戯けた調子はそのままだが、アレスの瞳には真剣な光がある。それを感じ取ったのか、サキは少したじろいだように身じろぎした。


「な、何ですか?」


「君は何故一人であの場所にいたんだい?」


 半日の間気になってはいたが、聞かないでいたことをアレスは口にする。ここは国の外れに近い。隣国とは高い山々で遮られ、本当の意味で辺境の地である。


 街道はまるで引かれておらず、荷車の通り道が自然と均されているだけで、基本的に道は荒れている。治安も悪く、とても女性が一人旅を出来るような状況ではない。


 そんな中、この村を徒歩で目指して来たということは相応の理由がある筈で。


 アレスの記憶が正しければサキが歩いて来たと思われる方向には大きな村が一つ。そこにはこの村も含まれている、ダースト領の領館がある筈だ。


 尤も、こんな辺境に領主本人は居らず、適当な代官を置いているだろうが。ダースト領はあまりいい噂を聞かない領地だから、そこが関係しているのかもしれないなとアレスは予想する。


「……実は――」


 僅かな逡巡の後、サキは口を開いた。それはアレスの予想通りであり、しかし同時に予想を超える内容も含んでいたのだった。

 


改編済みです。

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