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遍歴騎士アレス  作者: 矢田
第一章 『義の騎士』アレス
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01.出会い

「ああ、外れか」


 落胆した様子で肩を落とすのは、金髪の青年。歳は無精髭や何日も水を浴びていないせいで黒ずんだ肌のせいで酷く分かり辛いが、高くても二十代。ともすれば十代ということもあり得る。


 細身ながら鍛え上げられた肉体と、その身に纏う鎧、佩いた両刃の剣から戦いを生業にしている人間だと分かる。


 どうにも薄汚く、野暮ったい印象を与える青年。しかし、野盗の類にしては武具の質が良く、翠色の瞳には邪気が無い。


 薄汚れた青年――アレスの顔には、やや翳りがある。今回は当たりの遺跡を引いたと思っていたにも関わらず、空振りに終わり、手間もそれなりに掛かったことも合わさって疲労感が押し寄せて来たのだ。


「この文字はカルサイト期のものか。ちっ、もうあと一、二時代古ければな……」


 ぼやくように言って、溜息を吐く。歴史学の側面から見ればそれなりの発見ではあるのだけれど、アレスが求めているのは失われた神秘。この遺跡とは比べものにならない程古い時代の残り香を追い求めているのだ。


「はぁ……」


 アレスはその場にどかりと座り込むと、背嚢から紙と削った木炭を取り出して遺跡の壁画を写し始める。アレスにとっては無価値な遺跡も歴史的な価値は十分にあるし、この手の情報はそれなりの値段で売れる。


 遍歴の騎士であり、特定の主人を、ひいては安定した収入を持たないアレスにとって遺跡の情報を持ち帰ることは大きな収入源の一つなのだ。


 こんなことばかりしているせいで時折アレスは自分が学者か何かであるような気分になるのだが、一応遍歴騎士である。小姓、従騎士を経て騎士となっているのだ。


 尤も、小姓にしろ従騎士にしろ身内の伝手を使って随分と短縮したのでまっとうな騎士とはやや逸れるが。


 アレスとしては騎士であることに大して拘りは無い。ただ、一人で旅をする実力をつけることと、遍歴という旅の理由付けのしやすさから騎士になっただけのことなのだから。


 騎士になることを夢見る人からは怒りを買いそうな話だが、アレスはどんな手を使ってでも世界の神秘に近付きたかったのだ。


 ――子供の頃の友人に、また出会う為に。


 アレスは幼かった頃、一人の友達が居た。貴族の三男坊であったアレスは幼幼い時から厳しい教育を受けており、話し相手は二人の兄位のものだった。


 その兄もアレス同様忙しく、会える回数は限られていた。そんな時、アレスの部屋に突然その友人は現れたのだ。


 大きさは幼いアレスの両手に乗れる程。人間にはない美しい透明な羽根で宙を舞い、夜闇の中ではキラキラと輝いていた。


 アレスと小さな友人は様々なことを話した。専らアレスは聞き役で、小さな友人は色々な話を語り聞かせてくれた。


 空を舞う強大な竜に、土矮夫(ドワーフ)の打った竜すら切り裂く剣。耳長族(エルフ)の魔法や、妖精の宴。


 臨場感たっぷりに語られた物語はアレスをどうしようもなく惹きつけた。


 ――妖精。


 小さな友人は自分を指してそう言った。大人には内緒だとも。アレスはそれを守って今まで小さな友人の話を誰かにしたことはない。


 楽しい交流が続いていたある日、影のような化け物『妖魔(二グロ)』に襲われた。幼いアレスは必死に戦い、妖精の少女の力を借りてどうにか『妖魔(二グロ)』を討ち果たすことが出来たのだが――


 ――妖精(リリィ)は姿を消した。


 何日も、何日も探し回って、それでも見つけられなかった。


 死んでしまったのかもしれないとも、考えた。子供が妖魔(二グロ)という超常の存在を倒すことが出来るようになる神秘の技には、何か代償が必要だったのではないかと。


 アレスは泣いて、泣いて、泣いた。そして何日か経って泣き止んだ頃、アレスの胸には一つの決意が宿っていた。


 ――リリィを、探す。


 今にして思えば初恋だったのだろう。アレスはそのための力を付けるべく一層鍛錬に励んだ。もしもあの時、妖魔(二グロ)を独力で倒せるだけの力があったなら、という思いも強かった。


 十分な実力を身につけたアレスは家を飛び出すも、手掛かりなどあるはずもなく、手当たり次第太古の神秘に関わる噂を聞きつけては調べて回る他なかった。


 リリィから聞かされていた神秘の残滓を感じることはアレスにとっても心踊ることだったのでその点に関しては苦にも感じなかったが。とはいえ――


 ――ままならないな。


 これまでの経験から神秘に関わるようなものは早々見つからないと頭では分かっているのだが、毎度毎度の徒労感は慣れるものではない。


 求めるものに近付いていないという焦りを胸の内に押し込める。


 ――あの時から、少しでも君に近づけているのかね。リリィ。


 考えても、仕方のないことかと溜息をもう一つ吐いて、アレスは手を動かし続けた。



 ■ □ ■ □



 遺跡の調査が空振りに終わってから十日後。アレスはようやく人が住む領域の近くにまで戻って来ていた。壁画の大雑把な模写に二日。その後は延々移動を続けてようやくのことである。


 未発見の遺跡は未だ人の手が入っていない、もとい遥か昔に人の手が入らなくなって荒れ果てたのであろう場所にあることが多い。今回もその例に漏れることはなく、空が見えないほど深く暗い森の奥深くに遺跡はあった。


 馬では入っていけない場所も多い為に徒歩――そもそも管理に金がかかり過ぎる馬をアレスは持っていない訳だが――で行かざるを得ず、食糧も運べる量に限りがあるため殆ど現地調達。


 狼やら熊やらに襲われることもあって、普通の人間であれば辿り着けない魔境である。当然極地で生き抜く技術を持っているアレスとて、疲れない訳ではない。むしろ、疲労困憊だ。


 湯を浴びることができないせいで身体中がべたつくような不快感があるし、獣を何匹か斬ったせいで少し刃が毀れてしまった剣が気にかかる。食事も適当に塩で味付けした物ばかりのせいで味気なかったため、まともなものが食べたい。


 容貌も薄汚れ、髭も生えてしまっては今ひとつ冴えず、疲労のせいでやや目に宿る光が弱い。


「あと一息だ」


 ここからなら半日も歩けば最寄りの村に辿り着ける。行きにも世話になった村だから、盗賊に見紛われそうな格好でもどうにかなるだろう。宿は無いが、空いた家はあるし、近くには川もある。


 湯に浸かりたいと考えるのは贅沢だろうなとアレスはぼやくように思う。大きな街であれば公衆浴場があるし、小さくとも貴族の館があれば風呂を借りられる可能性はあるのだが、この先にあるのは小さな農村。風呂などという贅沢品は無いのだ。


「……あれは」


 アレスの疲労で濁っていた瞳に鷹のような鋭さが宿る。その視線の先には、武器を持った男達に囲まれている人影が一つ。


 アレスは背嚢をその場に投げ捨てると何の迷いも無く駆け出した。全身鎧(フルプレート)ではないにしても鎧を身に纏った上ではかなりの速度だ。


 ぐんぐんと詰まる距離。


 囲まれている人はフードの付いた外套を着ている為に容貌をうかがい知ることは出来ないが、周りの男達に比べると遥かに小柄だ。おそらくは女性か、子供。


 アレスの瞳がより鋭く眇められる。足に伝わる力が増した。


「……さて、一応聞いておこうか? 何をしている」


 全力で走って来たにも関わらず、息一つ乱さずにアレスは問いを放つ。その声は普段のお人好しな然とした容貌からは想像出来ないほど冷たく、固い。


「ああ? 何だテメェは」


 蛮刀を持った、アレスよりも二周りは大きい男が訝しむように言う。その声音に緊張感といったものは感じられない。ただ不快感と苛立ちだけがあった。


「何をしているのか、と聞いたぞ?」


 男の問いに答えることなくアレスは繰り返す。その態度が癇に障ったようで、男の顔に血が上り、赤らむ。周りの男達はも各々の武器を威嚇するように揺らしていた。


 ――数は、五。槍持ちが一人。後は剣。


 どうにかなるな。戦力を測りながらアレスは剣の柄に手をやった。それがより男達を苛立たせたようで。


「ああっ!? テメェやろうってのか!?」


 蛮刀の男が感情のままに叫ぶ。短気なことだとアレスは思いつつ、落ち着いた態度を崩すことなく観察を続ける。


 蛮刀の男は革鎧を着けている。他はただの革製の服だ。革鎧には気を付ける必要があるが、他なら真正面からでも問題なく刃が通せるだろう。


「殺っちまえっ!」


 蛮刀の男の声に従って、四人の男がアレスに迫って来る。装備や態度から見ても、蛮刀の男がリーダー格なのだろう。とはいえ、一番厄介なのは槍持ちの男だ。


 足の運び方から見ても素人なのは間違えないが、間合いの広い武器はそれだけで面倒だ。だから、一番初めに潰す。


 瞬間、アレスの腕が閃く。


 宙を銀の閃光が走り抜け、瞬きの後に槍を持った男が地面に倒れた。


「な、何だ?」


 流れるような一連の動きに着いて来れなかった男達はその足を止め、呆然と倒れた男に視線を落とす。


 その動揺を逃すほどアレスは甘くない。もう一度同じように腕を閃かせ、剣を持った男の命を奪い去った。


「な、投げナイフだ! 距離を詰めるんだ!」


 蛮刀の男はアレスが何をしたのか気付いたようだ。目端も一番利くらしいとアレスは評価を上方修正しつつ、見せ付けるように左手に投げナイフを構えて見せる。


「う、うわああああ」


 それを投げられてはたまらないと残った二人の男達は剣を構えて距離を詰めて来る。


 ――不用意なことに。


 左手からあっさりと投げナイフを離し、そのまま鞘を掴むと右手で剣を抜き打ちざまに男の腹を横に割った。血と臓物が一拍遅れて流れ出し、悲鳴を上げて剣を取り落とした男の喉を左の貫手で潰す。


「ひいぃぃぃ」


 もう一人の男を睨んでやると面白い程狼狽し、情け無い悲鳴と共にめちゃくちゃに剣を振り回した。


 アレスは落ち着いて剣の軌跡を見極めると剣が下がった瞬間に自身の剣でそれを抑え込み、そのまま鋼鉄製の脚甲に覆われた足で相手の剣を踏み付け、自由になった自身の剣で男の首を半ばから斬り裂く。


 噴き出す血をバックステップで躱すと、さて、と暗い声で呟くように言った。


「残り、一人だな」


「ひっ」


 たった一人で四人を無傷で、息を乱すこともなく仕留めて見せたアレスの実力を悟ってしまったのだろう。蛮刀の男は怯えた様子で眼球を忙しなく動かした。


「ま、待ってくれ。もう悪いことはしねえよ。本当だ。だから殺さないでくれ。なぁ、頼むよ」


 命乞いを始めた男を、アレスは呆れの篭った視線で貫く。反応を返すことなく一歩、また一歩と距離を詰めて来るアレスに男は恐慌寸前の様相であったが、何かを思いついたように身を翻し、フード姿の小柄な人に蛮刀を突きつけた。


「コイツの命が……コッ、カハッ」


 脅しの言葉は、途中で遮られる。


「それは、悪手だ」


 静かに言い捨てたアレスの左手は既に振り抜かれていて、蛮刀の男の喉には投げナイフが突き立っていた。呆然とした表情で一歩、二歩と後退り、崩れ落ちる男。


 細かく痙攣する男に近付くと、アレスは背から左胸を剣で貫いてやる。初めに投げナイフで仕留めた二人も同じように介錯してやると、アレスはフード姿の人に向き直り、騎士の仮面を被って声を掛けた。


「大丈夫でしたか?」


「……はい」


 その声は小さいが、涼やかな女性のもの。アレスは騎士らしい態度を崩さないままに口を開く。


「女性か……運がない。こんな野暮ったい格好で会いたくありませんでした。申し訳ありません」


 こんな格好ですが、野盗の類ではなく、騎士ですのでご安心を、と気取った調子で言いつつ、アレスは死んだ男の服で剣に付いた血を拭い、鞘に収める。いよいよ本格的に手入れをしないといけないなと内心溜息を吐いた。


「……ありがとうございました」


「喜んでしたことですよ。お嬢さん(レディ)、と答えたいところですが、この格好では格好がつかない」


 戯けたように肩を竦めて見せるアレス。その言葉に一瞬固まったフードの人物は、肩を細かく震わせ出す。


「……ちょっと気障な人ですね」


 言いながら、フードを取ったその姿に、アレスは思わず見惚れた。


 短い黒髪は艶やかで、健康的な魅力がある。目鼻立ちは涼やかではっきりしている。全体的に線は細いのだが、凛とした雰囲気があった。グレーとブラウンの中間のような瞳には言い難い生命力の発露とでもいうべき光があり、吸い込まれそうだった。


「……ヒュウ、こんなところに女神様(ヴィーナス)がいるとは驚きだ」


 アレスの言葉は戯けた調子だったが、言葉に嘘はない。


「お、煽てたって何も出ませんよ!」


 言いながら顔を赤らめ、腕で身体を隠すように抱く少女。警戒されたなと思い、アレスは自分の今の容姿に思い至って、下心のある物言いをすれば警戒される筈だと自分に呆れる。


「やれやれ。近くの村まで送らせて頂けますか、お嬢さん(レディ)?」


 下心が無いとは言わないが、女性一人で行かせるわけにはいかないとアレスは安心させようと軽く微笑む。


「……お願いします」


 僅かな逡巡の後、少女は頷いた。一人で行く危険と野盗モドキと共に行く危険を天秤にかけてともに行く方を取ったのだろう。野盗から助けているという信用度を高める出来事がなければまず逃げ出されていたことだろう。


 微妙に気まずい雰囲気のまま道行きを共にすることになった少女を横目に、アレスは村に着いたらすぐさま身嗜みを整えようとぼやくように決意するのだった。


改編済みです。

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