20.決闘
屋敷の庭でアレスとライノは距離を取って睨み合う。
お互いに完全に装備を整えた状態だ。アレスは壊された鎧に似た形のものを身に付け、両刃片手剣と短剣を両の手に構えている。
ライノも黒い全身金属鎧を身に付け、両刃両手剣を担いでいた。
アレスは右の剣を立てて『鉄の門』に構え、左手の短剣を身体の直線上に隠すように構える。ライノは剣を肩に担ぐ『乙女の構え』を取り、じりじりと距離を詰めてくる。
――互いに、あの時と同じ構え。
両者はじりじりと間合いを取り合う。
アレスは両刃両手剣の間合い一歩外の間合いを保ちたい。ライノは両刃両手剣の間合いにアレスを捉えたい。
必然、ライノが前に、アレスが退くという構図が出来上がる。
引くといっても真っ直ぐに身を引いているわけではない。円を描くように、時には前に出ることすらしながらの後退だ。
ライノの『乙女の構え』は強力だが、基本的に上から下に振り下ろす攻撃が主になる。上段からの振り下ろしは何よりも威力がある斬撃ではあるが、同時に弱点もある。
切り返しの遅さだ。
体重を乗せ、勢いをつけて振り下ろす以上、振り抜いてしまえば、次の攻撃に移るまでに明確な隙ができてしまう。
無論、振り下しの途中で斬撃に変化を加えることは出来るが、相手の得物が両刃片手剣である時点でどのような変化を加えても変わりはない。
――一撃外したら終わり。
両刃片手剣片手で振るえるよう作られているそれは、手首一つで切り返しが行える小回り利く武器だ。当然、手首だけで繰り出される斬撃ではライノの鎧は抜かれないが、狙う場所次第では、通る。
首筋、関節部の継ぎ目。
アレスは油断ならない戦士であり、間違いなくそこを狙ってくるだろうとライノは考えていた。
故に、確実に攻撃を通せる瞬間を狙って、ライノは間合いを測り続ける。
対するアレスはこれまでになく集中していた。
――向こうの都合で振り下ろされたら、負ける。
両刃両手剣はアレスの両刃片手剣に比べて隙が大きい。攻撃の後、間違いなくこちらの攻撃を挟み込めるだけの隙が出来てしまうだろう。
それをライノが理解していないわけがない。
つまり、向こうが剣を振り下ろすということは、仕留められると確信した時に他ならないぼだ。
故に、こちらから行く必要がある。
それは別段攻撃に限ったものではない。間合いに侵入して攻撃を誘うことなども含め、状況を此方の都合で動かす必要があるということだ。
だから、行った。
いっそ無造作な程の領域侵犯。アレスは何の気負いもない様子で、両刃両手剣の間合いの内側に踏み込んだ。
ライノの剣が一瞬躊躇ったように揺れるも、まだ振り下ろして来ない。こちらが何をするつもりなのかを見定めようとしたのだろう。
――それは、悪手だ。
アレスは刹那、間合いをさらに深く侵す。ライノはそれに合わせて剣を振り下ろすが、それはアレスに強制された一撃だ。それ以上間合いを詰められれば両刃両手剣を活かせなくなる。
それを嫌った、逃げの剣戟。
――そんなものには当たってやらない。
アレスは爆発的な脚力でライノの足元に滑り込む。スライディングだ。当然、長大ば両刃両手剣はこの間合いでは役に立たない。
――貰った。
アレスはそう思った瞬間、顔を引き攣らせた。剣を離し、溜めを作っているライノの左腕が目に入ったからだ。
振り下ろしの途中で剣の柄を離していたのだろう。当然、剣は勢いを殺しきれず地面に叩きつけられることにはなるが、この判断は完全にアレスの不意をついた。
――誘い込まれたのはこっちだったか!?
咄嗟の判断にしては動作が早過ぎる。此方の作る流れに乗せられたフリをして罠を張っていたわけだ。
掬い上げるような軌道を描いて繰り出されるライノの拳。金属の籠手に覆われた拳に殴られようものならただではすまない。剣を振るうには距離が詰まり過ぎた。
だから、アレスは左手を閃かせた。
銀の閃光がライノ眼前を貫き、思わずライノは仰け反ってしまう。拳の軌道がそれに釣られて上へと流れた。
アレスはそれを見逃さず、両手片手剣の柄尻でライノの手首をかち上げ、拳の軌道を逸らし、その下を潜り抜けることで難を逃れる。
勢いのまま立ち上がり、間髪置かず仕掛けるアレス。
今のやり取りで負けたのはアレスだったが、不利になったのはライノだ。咄嗟の判断で、読み負けながらも無傷で攻防を終えたアレスと、読み勝ったにもかかわらず、手首に一撃貰ったライノ。
流れは今、アレスの手の中にあった。
飛び込んで来るアレスに対してライノは右手一本で剣を薙ぎ払う。両刃両手剣の柄尻を握り込むような、範囲の広い一閃。
避けることは、不可能。
それでもアレスは止まらない。
アレスの胴を両断せんとする一撃を、アレスは剣を横に構えて受け止める。本来なら、まずアレスの剣が折れるのだが、今の一撃は片手で横に薙がれたもの。
重さは乗らず、速度も甘い。防げない理由は、なかった。
剣が触れた瞬間、剣を滑らせて鍔迫り合いに持ち込むアレス。ギチギチと噛み合う剣と剣。アレスとライノ、膂力で勝るのは当然ライノだ。
故に、アレスは鍔迫り合いに持ち込み、剣が噛み合った瞬間、自身の剣から手を放した。
押し込もうと力を込めたライノが態勢を崩す。無手となったアレスは態勢を崩したライノの手を引き、更に態勢を崩させ、投げナイフをベルトから引き抜くとライノの冑と鎧の間から首筋に突き付けた。
両者の動きが、止まる。
「……俺の、勝ちだ」
荒く息を乱しながらアレスが言う。
「……ああ、テメェの勝ちだ」
同じく息を乱したライノが飾り気のない言葉で返した。
アレスはゆっくりと突き付けていた投げナイフを引き、剣を鞘に収めてから大きく息を吐き出す。
「同じ武器、同じ装備なら分からなかった」
今回勝敗を分けたのは小技の類でしかない。真っ向からやり合っていたら、勝敗はまた違ったものになっていただろうとアレスは言う。
「結果は、結果だァ。ああ、クソッタレ」
悪態をつくライノの口調は、しかしスッキリとしたものだ。喉のつかえが取れたような気分なのだろう。アレスも、同じだった。
「観客が私達しか居ないのが惜しい決闘だったよ」
実に見事だったよ、と称賛の言葉を送るメテウスの額には汗が浮かんでいる。剣の心得があるだけに、二転三転する趨勢にハラハラしていたのだろう。
「流石ですね、アレス兄さん」
アポロの額には、汗で前髪が張り付いている。アレスが負けて死にやしないかと心配していたのだろう。
「ぐっじょぶ」
言いながら手を身体の後ろにさっ、と隠す少女。隠す前に見えたが、あれは投げナイフだろう。何をしようとしていたのかは何となく想像が付くが、そんな情けないことにならなくて良かったとアレスは息を吐く。
「……お強いんですね」
驚いたように言うサキ。そういえば、サキが自分の戦いを見たのは盗賊を相手にした時だけだったか、とアレスは小さく笑う。武に心得のある人間ならともかく、その手の知識が無いサキがアレスの強さについて懐疑的だったのは無理からぬことだろう。
「……ちょっとは見直してくれたかな?」
戯けた調子で言うアレス。サキは「もちろんです」と微笑んだ。
「で、俺ァどうなんだよ?」
決闘に負けたんだ。何かあるだろう、というライノにアレスは別に、と返す。
「豚鬼の件で借りもあるし、それを返したってとこだからな。別段……」
「なら、ウチに仕えてみないかい?」
アレスの言葉を遮って、メテウスがライノの勧誘にかかる。実際、このレベルの騎士は中々お目にかかれるものではない。引き入れられれば心強いところだが――
「――断る。金は公爵様だ、出してくれるんだろうが、俺ァ強い奴と戦いてェのよ。そいつと毎日斬り合えるってんなら、考えるけどよ」
そいつ、とアレスを指差すライノ。メテウスはそれは難しいね、と言った上で、続ける。
「アレスと毎日戦うのは、難しい。殆ど帰ってこないしね。ただ、アレスより強い男となら、戦えるよ」
どうだい、と誘いをかけるメテウスに、アレスは顔を引き攣らせる。アレスより強い男が誰か分かったし、それと戦わせようとする兄の鬼畜さに慄いたから。
「……その言葉ァ、嘘じゃねェだろうな?」
「あー、兄さんの言ってることは事実だけど、あの人と戦うのはお勧めしないよ」
アレスは割と乗り気なライノを諌めるように声を掛ける。まず心を折られるか、物理的に身体を折られるか。どちらにせよロクな結果にならないことが想像出来たから。
「何故だァ?」
「勝てないし、怪我するし、強いもんだから、兄貴が調子に乗って、手加減忘れたら殺されるし」
「随分舐めてくれるじゃねェか。『お人好し』」
アレスの諌める言葉はしかし、ライノを煽っただけの結果に終わる。
「舐めてる訳じゃない。俺とお前の二人掛かりでも多分勝てない相手なんだよ」
「……いいじゃねェか。よォし、公爵様よ、そいつが俺に勝てたらあんたの案に乗ってやらァ」
売り言葉に買い言葉ではないが、メテウスの案に乗ってしまうライノ。これは終わったな、と痛ましいものを見たように両目を右手で覆うアレス。
差し出されたメテウスの手をライノががっちりと掴み、ここに一つの契約が成った。
こうして一つの冒険に幕が下ろされ、それでもアレスの物語は続いて行く。
アレスの冒険はまだまだ終わりが見えず、次の冒険に向けて暫し英気を養うのだった。
一章『義の騎士アレス』はこれで終了です。




