19.清算
「……喋り方、そっちの方が似合ってますよ」
「おや、そいつは嬉しい。こっちの方が気楽なんだが、どうにも御婦人受けが悪くてね」
まあ、貴族のお嬢様方には刺激が強いってことかね、と戯けてみせるアレス。サキはくすりと笑ってくれる。
「しかし、化けの皮が剥がれたようでどうにも恥ずかしい」
「初対面の時の印象に近いかもしれませんね」
おいおい参ったね、と首を振るアレス。初対面の時、というと山賊めいた風貌をしていた時のことだろう。流石にあの印象だとは、と少しショックを受けるアレス。
「……冗談です」
「そりゃ良かった。流石にあれは勘弁だ」
ケタケタとアレスは笑う。サキは、微笑んだままだったが、貼り付けたような表情だった。
「……その、随分無理をなされたと聞きました」
「俺の、見通しの甘さが原因でね」
もう少し上手くやる自信があったんだけど、油断と甘えと慢心が重なってね、と言って、暗い表情のサキに続ける。
「もし君が自分のせいで、なんて思っているのなら、それは違う。俺は俺のやりたいようにやって、自分の間抜けで死にかけたんだ。そこに、君の責任は少しもない」
あくまでも、俺が好き勝手に馬鹿をやっただけだと言うアレス。これはサキを気遣っているわけではなく、アレスの本音であり、自嘲でもある。
「メテウス様もそう仰ってました。『弟が勝手にやったことだ。気に病む必要はない』って」
――弟の部分を愚弟とか言っていそうだ。
アレスはそんなことを思いつつ、頷く。結果的にサキを救ってはいるけれど、サキが居なくともどの道アレスは同じようなことをしただろう。
女性がらみでやる気が出ていたことは否定しないが、それが原因になっているわけではない。あくまでも「代官のやり口が気に食わない」というアレスの我儘が行動を起こした根本的な理由なのだ。
世間で『義の騎士』だと褒め称えられるのが全くもって苦痛で仕方がない。アレスは単に人並みに倫理観があり、人よりも我慢弱く、行動を起こすのに十分な力を持っているだけなのだ。
別段、義だとか騎士道だとかで動いているわけではないのに、名ばかりが先行してしまっている。
尤も、アレスは根っ子の部分で人が良く、助けを求める声には文句を垂れ流しながらも応えるため、通り名もあながち間違ってはいないのだが。
「まあ、代官は死んだし、兄さんの根回しに粗があるとも思えない。村も、少しは暮らしやすくなるだろうさ」
「その、ありがとう、ございます」
まだ固いサキに、アレスは軽く笑って思う。責任感が強いってのも考えものだな、と。メテウスもそのタイプだが、要らぬ苦労まで背負い込んでしまう。
尤も、兄に関しては愚弟二名が主な原因ではあるのだけれど。
「その礼は兄さんに言ってやってくれるかい。随分骨を折っただろうし――このままだとストレスで禿げそうだ」
「クスッ、そんな……」
「……聞こえているよ、アレス」
こめかみをピクリと震わせるメテウス。最後の部分は声を潜めていたのだが、耳に届いてしまったらしい。
「ま、今回の件は運が良かったと思えばいいさ。村に戻るのは少し時間が経ってからの方がいいとは思うけど、時間が経てば、元の生活に戻れる」
流石に領地の悪政が暴かれる原因になった人間だ。アレスが悪目立ちしているため、そこまで注目されてはいないだろうが、領主からすれば恨み骨髄の相手だ。
「その件だが、アレス。彼女には暫くうちで働いて貰う事になったよ」
メテウスの言葉に、アレスは真剣な表情で問いを返す。
「うちで働くって、メイド?」
「ああ、そうだけど……」
ヒュウ、と嬉しそうに口笛を鳴らすアレス。
「家に戻って来たくなる理由が増えたな」
いいね、メイド服。小躍りするアレスに、頭が痛いと額に手をやってメテウスは溜息を吐いた。
「お前のその性はどうにかならないのかい?」
「騎士の嗜みだからね……って言っても、一線は越えてないんだから兄さんに迷惑は――」
「――あんなに、はげしくしたのに」
暗殺者の少女がポロリと零した言葉に、場の空気が凍りつく。
「アレス!」
「待て待て。どうにも誤解があるような気が……」
怒気が前面に出て来たメテウスに、弁明しようと口を開くアレス。言葉を失うサキ。場に一石を叩き込んだ当人を除けば反応が無いのはライノ位のものだった。
「はじめてなのに、縄でしばってベッドに連れこまれた」
火に油を注ぐ少女。常は無表情なその口元に一瞬悪戯っぽい笑みが浮かんだのを見て、おいおいとアレスは疲れた表情になる。
「いや、事実は事実だけど――」
嘘は言っていない。伝え方に悪意を感じはするが、実際縄で縛り上げてベッドに転がしておいのは事実である。尤も、暗殺者として襲い掛かってきた相手を、と前に付くが。
「婦女子に縄を打って寝所に連れ込むなどと……」
そんな事情を知らないメテウスは怒り心頭である。
「あんなにはげしくキスもしたのに」
「待て、それは知らないぞ」
真顔になって突っ込むアレスに、あれ、そうだったっけ、と首を傾げる少女。少しの間考え込んでから、おお、と手を打つ。
「ねてる間に、した」
寝てる間、という言葉に何のことだとアレスは考える。この少女に出会ってから自分が寝ている時間など――
――まさか、戦いの後、か?
「事実だぜェ、『お人好し』の。ソイツに感謝しとくこった」
意外なところからの言葉。アレスはどういうことだ、とライノに視線を送った。
「お前が倒れている間のメシだよ、メシ」
「くちうつし」
ぽっ、と口で言って両手を頬に当てる少女。嘘くさくはあるのだが、無表情ながらも薄紅色に淡く染まっている頬を見るとアレスの方も恥ずかしくなって、あらぬ方向へと視線を逸らして頬を搔いた。
「あー、その、ありがとう。また助けられたな」
「べつにいい」
アレスは二度、この少女に命を救われたことになる。どうすればこの借りを返せるのか分からなかった。その上、何でもするという約束すらあるのだ。
「アレス、その娘とはどんな関係なんだい?」
話を聞いているとまるで想像がつかないんだが、と困惑顔で言うメテウスに、アレスはどんな、と言われてもなあ、と口にするべき言葉に迷う。
暗殺者と標的、命の恩人、どうにもしっくり来なくて、アレスは言葉を出せないでいた。
「……じょうふ?」
「それはない」
また火種になりそうな少女の言葉を、アレスは即座に否定する。何とも言葉にし難い関係だが、これはこれで悪くないのかもしれないな、とアレスは小さく笑う。
――ああ、悪くないとも。
気疲れはするが。
「そういえば、名前、まだ聞いてなかったな」
アレスは死ぬ前に思ったことを口にする。少女は口を開きかけ、その後何を思ったのか口ごもり、こてん、と首を倒す。
「……ひみつ」
「そりゃ、残念だ」
アレスはそう言いながらも、笑った。いつか教えてくれればいいと思ったし、これが未練になって案外死の際から戻ってこられたのかもしれないとも思えたから。
「ああ、そうだ。あの時の何でもするって言葉は、嘘じゃない。何をして欲しいか考えておいてくれ」
「……わかった」
とんでもない事じゃありませんように、と心の中で祈るアレス。この少女なら何を言い出してもおかしくない、という逆方向の信頼がある。
アレスに直接害のあることを望むとは思っていないが、突拍子もないことを言い出しかねない危なっかしさがあった。
「さて、と。んじゃ、俺の番か?」
「そうなるな」
やっとか、と言いたげなライノに、待たせたな、と笑うアレス。尤も、ライノに関しては何を言うのか、アレスには予想が付いた。
「で、言葉が必要かァ?」
獰猛な、今すぐ襲い掛かってきてもおかしくない空気を発するライノに、武の心得があるメテウスとアポロは思わず身構えた。暗殺者の少女は意に介さなかったが。
「いや。剣があれば十分だろう?」
その闘志に合わせるように、アレスは腰から下げた剣の柄を叩いて笑う。獰猛な肉食獣の笑み。二人の間の空間が軋むような錯覚を周囲の者へと与えた。
「ハハッ、違いねェ。だが、体調は良いんだろうなァ。これで体調不良であっさり勝っちまうと興醒めだからよォ」
より良い決闘のためであろうが、自身の身体を気遣うような言葉に、アレスはクック、と低く笑った。随分余裕じゃないか、と前に置いて応える。
「不思議と絶好調でな。お前こそ、一振りで負けても泣き声を吐かんようにな」
「言ってろ」
両者の間で闘気が高まっていく。ライノも、そしてアレスも互いに望んだ決闘だ。しかし、とアレスは思う。
――初対面の時は、こんな関係になるとは思わなかったな。
初対面の時は、ただの敵だった。再開した時は、一本筋の通った男だと思った。そして、豚鬼との戦いを経て、奇妙な友情にも似た感情がお互いに芽生えていた。
だが、それでも。否、だからこそだろうか。
お互い決着をつけたいと望んでいた。
――今回の一件に幕を引く決闘が、始まる。




