13.水入り
「よォ……生きてたか。『お人好し』の」
開いた扉の先には、サイを思わせる意匠の全身金属鎧の大男。予想通りの人物に、アレスは唇の端を持ち上げて皮肉っぽく笑う。
「何だ。心配してくれてたのか?」
そっちこそ人のいいことだな、と毒を吐くアレス。
「はっ、言ってやがれよ。久しぶりに骨のある相手だ。暗殺なんて下らねェ死に方されちゃ興醒めだってだけだ」
気味の悪ィこと言ってんじゃねェぞ、と吐き捨てるライノ。姿格好を別にすればどちらも騎士だとは思えない振る舞いだ。
「それで? 俺の生死を確かめに来たってだけじゃないだろ」
それだけなら笑ってやる。そう視線で語るアレス。
「当然だ……手前の命日を一日早めてやろうと思ってよォ」
冑の奥から覗く瞳は、凶悪な光を宿している。どうやら一戦やらかす気らしいなとアレスも静かな闘志を翠の瞳に宿し、へぇ、と小さく呟いた。
「ファッジの奴ァ、今日暗殺出来なけりゃ明日私兵を率いてお前を殺すんだと」
「……そうか」
こっちから決闘を仕掛けようと思っていたのだが、向こうも必死だなと嗤う。
「三十人からの兵士が相手じゃァ、まずお前は死ぬ」
「だろうな」
「だから、先に俺が殺してやろうってんだ」
畳み掛けてくるライノに対し、アレスは気のない返事ばかりを返す。
淡々と応えるアレスに対して、尻上がりに膨れ上がっていくライノの戦意。思わず身構えてしまうほどのそれは、今にも暴発しそうで。
「つれねェなァ。決闘っつったのは手前だろ」
面白くないとでも言いたげなライノに、アレスは牙を剥くような笑みを浮かべて、闘志を声に乗せる。
「勘違いしてくれるなよ『雇われ』」
アレスの纏う雰囲気が変わったことに――闘争の空気になったことに気が付いて、ライノはなんだと、と期待感と猜疑心の入り混じった声を漏らした。それに構わず、アレスは続ける。
「乗り気じゃないだって? 冗談だろ。都合がいいから喜びすぎないよう抑えてただけだ」
――お前をここで倒せば、明日は随分楽になる。
自身に満ちた、ともすれば高慢ともとれる態度でアレスは言い切る。その瞳に宿るのは、獲物を狙う猛禽のような、研ぎ澄まされた殺意。冗談や虚勢の類ではなく本当に明日、三十人の兵による襲撃を乗り切れる自信があることをライノに悟らせた。
「……いいねぇ、いいよ」
肌を切るような鋭いアレスの殺気に、ライノは嬉しそうに喉を震わせた。
ついて来い、と踵を返すライノの後に躊躇うことなく続くアレス。二人の男が去った部屋の中に、取り残された暗殺者の少女。
「……えあー、くうき」
ライノが来てからアレスに放置され、ライノには一瞥もされなかった少女はベッドに身体を横たえてゴロゴロと転がる。表情は少しも変わらなかったが、何処か不貞腐れた雰囲気だった。
■ □ ■ □
部屋を出てから庭に出るまで誰にも出会わなかったのは、ライノが手を回したからなのだろう。小心者のファッジがアレスの部屋に監視の一人もつけていない筈がないのだから。
アレスとライノは互いに十歩程の距離をとって剣を構える。アレスは両刃片手剣を身体の前に立てる『鉄の扉』に構え、左手には短剣を逆手に持ち、身体の陰に隠すように位置させている。
対するライノは両刃両手剣を肩に担ぐ形の構えをとる。『乙女の構え』と言われるそれは、名前に反して恐ろしく攻撃的だ。何せ、胸や腹がガラ空きになる。ただ、重さと勢いの乗せやすいこの構えからの攻撃は強力で、防ぐことはおろかアレスの剣では弾くことも難しいかもしれない。
ここまで攻撃に傾いた構えをとるのは、鎧に対する信頼からだろう。アレスの剣が鎧を抜いて致命の傷を与えることは難しいと考えているのだ。
「斧槍じゃなくて大丈夫か?」
一見気遣いのようにもとれるアレスの言葉だが、煽りである。「剣では俺に勝てないだろう」と言外に述べているのだ。
「俺ァこっちでも強ェのよ」
テメェよりもな。
そんな声が聞こえてきそうなライノの言。二人は言葉を交わしながらもじりじりと間合いを取り合っている。徐々に高まっていく緊張感。
「やっほー」
騎士二人の間に薄氷がごとく張り詰めていた緊張感を無遠慮に踏み抜いてくる気の抜けた声。
アレスは気勢を削がれて間の抜けた表情を晒し、冑に覆われたライノも似たような表情を浮かべたことだろう。
「あー、その、何しに来たんだ?」
水瓶が割れたように闘志が漏れ出していくのを感じつつ、アレスは少女に尋ねた。その声には言いようのない疲労感が滲んでいる。
「たちあいにん」
言って、薄い胸を張る少女。確かに、正式な決闘では立会人を決闘の証人として立てるのが一般的だが、立てない場合もあるし、ライノとの決闘は名誉も何もない、ただの私闘だ。
何より、闘争の空気に水を差されたのが痛かった。
一度萎んでしまった闘争を奮い立たせるのは並大抵の労力ではない。現に、あれだけ戦意に充ち満ちていたライノが完全にシラケた空気を垂れ流している。
「……ったく。シラケちまったなァ、おい」
言って、構えを解くライノ、同様にアレスも剣をだらりと下げ、戦闘の構えを解いた。
「間が悪いというか、空気が読めないというか」
大きく溜息を吐くアレス。
「日を改めて、仕切り直しといきたいけど……」
「明日にはお前、死んじまいやがるからなァ……」
縁起の悪いことを言うライノに、アレスは反論しようと口を開いて――何かに気が付いたように身体をピクリと揺らす。
アレスだけではない。ライノも、そして暗殺者の少女までもが何かに気が付いた様子を見せる。
「おいおい、明日が今日に早まったじゃねぇか」
ライノ言葉と同時位だっただろう。アレス達の居る庭から見上げる位置にあるバルコニーに一人の男が姿を現した。夜闇の中でもはっきりと太っていることが分かるだらしのない体型。
「おや、アレス卿。夜も遅いというのに何をなさっているのですかな?」
――ファッジだ。
鬱陶しい、粘つくような声と口調にアレスは顔を顰める。この時点で不穏なもの――具体的にいうと金属の擦れる音を感じ取っていたアレスは荒っぽいことになる事を確信したが、一応騎士の仮面を貼り付けて口を開く。
「いえ、こちらの騎士ライノに手合わせを願われましてね。『黒騎士ライノ』といえば凄腕で通った騎士。私としても是非一度手合わせしてみたかったものですから」
アレスの素の態度しか見たことがない少女が胡散臭いものを見るような視線を向けてくるが、断固として無視する。
「ほほう。そうですか」
「しかし、丁度良かった。先程は言いそびれましたが、貴方には言わなければならないことがありましたから」
アレスは口元に弧を作りながら言った。その瞳は少しも笑っておらず、背筋の冷たくなるような表情だった。
「……何ですかな?」
「ダースト領における王国法を逸脱した悪政、許し難し。このアレス・エニュオル・レグルス。王国に巣食う害虫を野放しにするほど甘くはない」
この剣にて、貴様を裁こう。
言って、アレスは切っ先をファッジに向ける。瞬間、アレスから刃を思わせる鋭い殺気が放たれる。
届くはずなどないのに、その剣気に怯えたファッジは腰を抜かしたようで、下からはバルコニーが陰になって姿が見えなくなった。
「そ、そんな横暴が……」
へたり込んだまま、喉を震わせるファッジ。先程まであった余裕は何処へやら、その声はか細く頼りないもので。アレスは本当に小胆な男だと思いつつ、声を張り上げる。
「貴様が横暴という言葉を使うのは滑稽だな。これは正式な権利だ。手袋を投げつけられなければ分からんか?」
――決闘だ。
貴様の罪を剣にて問う。そう言っているのだ。アレスは温度を感じさせない声音で吐き捨てるように言った。
決闘は王国法でも認められた貴族の権利であり、名誉を賭した戦いである。今、アレスは「ダースト領代官は王国法を守らない害虫である」と突っかけているわけだ。
決闘を断ることは当然の権利として許されているが、正当な理由がない限り臆病者の誹りを受けることになる。貴族にとって非常に不名誉なことで、アレスはこれまでに悪徳領主を煽り、決闘に持ち込んで合法的に殺害してきたのだ。
「私はこの身一つだ。貴様が武に通じていないことは重々承知している。介添人ならいくらでも立てればよい。もとより、私を殺すつもりだったのだろう?」
「い、いえ、その……」
現状有利な状況にあるのはファッジだ。先程捉えた金属の擦れるような音と、館の中で動き回る気配からしてアレスの周囲に数人。館の中には二十以上兵士が居る筈で、それを投入すれば人一人の命を奪うことなど容易い。
にも関わらずファッジが怯えているのは、肝が小さいのと、アレスが自信に満ち溢れているからだ。
――何かあるかもしれない。
自信の裏付けになるものがあるのではないかと想像してしまい、ファッジは決断を躊躇っているのだ。
何せ、アレスは公爵家の直系。殺せず逃げられるだけでもファッジは終わりだ。尤も、サキが王都に向っている以上、既に殆ど終わっているといってもいいのだが。それが早まるか、遅くなるかの違いに過ぎない。
「落ちた手袋を拾うのか、否か」
アレスは語気を強めて言う。投げつけられた手袋を拾うのが貴族間での決闘承諾のサインだ。
「返答を、聞こう」
圧倒的に不利な、命の断崖立っている状況で、アレスは不遜な態度で問うのだった。
投稿が遅れて申し訳ありません。
前回書き忘れていたのですが、タイトル変更しました。




