12.するの?
「さて、どうしたもんかね」
背嚢に入れていたロープで少女を縛り上げて、アレスは溜息を吐き出す。少女の身体をまさぐって仕込み武器の類は分かる限り取り上げた。
「……えっち」
「ま、役得だったのは否定しないけど」
起伏の少ない身体だが、絹のようにきめ細かい肌や、引き締まりながらも柔らかな肉体は魅力的ではあった。加えてまさぐっている間、艶かしい声を――どうにも平坦な声だったが――普通の男なら興奮していたことだろう。
アレスは女性が好きだ。
本来であればこれほどの美少女の身体を大っぴらに触れる大義名分があれば喜ぶし、興奮もするのだが、この少女相手には疲労感が増すばかりだった。
投げナイフ二帯分に短剣二本、ナイフが二振り。トレムロの花の粉末をはじめとした毒物数種類。よくもまあ目立たないように持っていられたものだとアレスは思う。
アレスは女性は手に掛けない主義だ。当然少女を殺めるという選択肢は存在しない。しかし、この少女は暗殺者。それも凄腕の、だ。
今回は何故か真正面から来てくれたからいいようなものの、睡眠時などを狙われれば非常に危険だ。特にこの少女は極端に気配が希薄。浅い眠りであっても気付けないだろう。
「参ったな」
とりあえずこのまま縛って転がしておくか、とアレスは床に寝かせておいた少女を抱え上げ、ベッドの上に運ぶ。
まるっきり無表情、無感動を貫いていた少女の雰囲気が若干揺らいだ。処女雪のように真っ白な肌がほんの僅かに朱く色付いている。
「……するの?」
「しねえよ!」
何をだ、と聞き返そうとしたアレスは女性を縛り上げ、全身をまさぐった挙句ベッドに寝かせるという絵面に気が付き、しまったなと顔を歪めて慌てた様子で言った。
ただ、とてつもなくずれているこの少女にも恥じらいやら貞操観念やらがあるのだな、とアレスは妙な安堵と共に失礼なことを考えていた。
「無理矢理ってのは趣味じゃない」
この状況で手を出さないなんて、とでも言いたげに少女は目を見開く。
「男色家?」
「違う!」
失礼なのはどちらも同じだったが。とぼけた調子で首を傾げる少女。ベッドの上ということもあって妙に艶かしく、アレスは湧き上がった感情を誤魔化すようにやっぱり苦手だ、呟いた。
「はぁ……とにかく、俺は君を殺さない。女性を殺すのは主義に反するからね」
「私のみりょくにメロメロ?」
少女の平坦な声を聞いて、相変わらず緊張感がないなと思いつつ「はいはい、メロメロだよ」と薄っぺらい声で返す。女性のことはできる限り尊重するアレスだったが、苦手なタイプであることと、浮世離れした少女の対応に疲れて対応が若干雑になっていた。
「ましょーの女」
ぶい、と右の人差し指と中指を立てる少女を見て、アレスは何をしてるんだと疲れたように思い視線を落とした後、勢いよく頭を上げた。
「おまっ、縛られてただろうが!」
「縄抜けくらい、かんたん」
ひょい、と身軽に起き上がり、ベッドの淵に腰掛ける少女。襲い掛かって来るでもなく、逃げるでもない少女の態度に、アレスは訝し気な視線を向ける。
「……逃げないのか?」
「あなたは、命の恩人」
唐突に訳が分からないことを言い出した少女に、アレスは完全に演技を取り去って「何言ってんだ、こいつ」とでも言いたげに表情を歪めた。
「全く覚えがないぞ」
全く分からないと頭を振るアレスに、少女は溜息を吐く。無表情に変わりはないが、アレスは少女の「そんなことも分からないの?」という意思が伝わってきた。
「あなたは、私を殺せた」
それは、確かだ。痺れている時であればどうとでも出来たし、それ以前に殺すつもりなら剣を抜けば良かった。少女は確かに腕が良いが、剣を使えば負ける気は少しもしない。
「……まあ、な」
「でも、殺さなかった」
「そりゃ、俺の勝手だ」
女性を殺さない、というのはアレスの自己満足でしかない。悪人に男も女も無いにも関わらず、アレスは女性を斬らない。結局処刑されるような人間でも、だ。
その人物が死ぬという結果には変わりがないというのに、女性だからという理由で斬らない。そこに自己満足以上の意味はない。アレス自身が手を穢したくない、それだけなのだ。
尤も、人に自己満足だと言われようが、偽善だと罵られようが変えるつもりは毛頭ない強固な信念でもあったが。
「それでも」
「殺されかけて、情を掛けられたから恩人ってのはな……」
違うような気がするんだが、と言いかけたアレスの言葉を遮るように少女が口を開いた。
「それは、私の勝手」
どやぁ、と満足気に鼻を鳴らす少女に、アレスはぐうの音も出ない。無表情なままなのが余計に腹立たしく感じられた。
「ったく……そう言われちゃ、負けだな」
アレス自身が自分勝手に伊達と酔狂の生き方をしているのだ。他人の信念を否定することは出来ない。
その信念が気に食わないと相手の思想を踏み躙ることは出来るが、それをしたい相手ではない。相手をするのは疲れるし、苦手なタイプではあったが、少女のことを嫌いにはなれない。むしろ、好意的にすら思うアレスだった。
――成る程、魔性の女、ね。
あながち的外れではないのかもしれないな、とアレスは笑う。口に出すとまた面倒臭いことになりそうなので思うだけだったが。
「だが、良いのか? 仕事なんだろ」
「私の命は、そんなに安くない」
自分の暗殺で得られる報酬四件分では、少女でいうところの命の恩には及ばないということなのだろうとアレスは解釈する。
「……そうか」
「前金だけでも、うはうは」
やはり、この少女はいい性格をしていなとアレスは笑った。
「私はここで殺されたから、持ち逃げしてもへーき」
暗殺に失敗し、アレスに殺されたことにするわけだ。全くもって強かな話だ。氷のような美貌に似合わず愉快な娘だとアレスはクック、と笑い声を漏らす。
「なら、夜の内にこの村を出ることだ。明日は色々と慌ただしくなる」
「……たたかい?」
「決闘だよ。貴族同士の、意地の張り合いだ」
ロクデナシ同士の殺し合いでも構わないけど、とアレスは笑う。
決闘は時と場合で意味合いが変わってくる。騎士同士の決闘は基本的に一対一の戦いだ。命を賭して、腕を競う。
しかし、例えば貴族同士で決闘という言葉が使われる場合、それは小規模な戦争の様相を呈する事すらあるのだ。それは、決闘における介添人の存在に因るものだ。
腕を競い、強さを示す騎士同士の決闘において、介添人は居ないか、居ても一人だ。しかし、貴族同士の決闘の目的は名誉や土地といった実利的なものが要因となって起こることが多い。
騎士同士の決闘でも名誉は掛かっているが、自らの武を示すことが誉れに繋がるのだ。
貴族同士の決闘は違う。勝利こそが栄誉、勝者こそが正義なのだ。勝つために手段を選ばないため、上限が明確に設けられていない介添人の数は膨大なものになる。
歴史上、大貴族同士の決闘が気が付けば内乱に移行していたという話すらある程で。
アレスはファッジに対して決闘を仕掛けるつもりだった。名目は「王国法に反し、民を虐げる貴様は断じて許さない」とでもいったところか。
身一つで挑んできたアレスから逃げたとあればファッジ、ひいてはダースト領領主は臆病者の誹りを逃れられない。まず、受けてくるだろう。
アレスが勝てば、アレスの言が正しいことになり、ダースト領は相応の罰を受けることになる。アレスが負けた場合はアレスの兄からの陳情を受けた国が動くのを待たなければならなくなり、誤魔化される可能性も出てくる。
――要は、勝てばいい。
それだけなのだが、それは本来酷く難しいことだ。
アレスが一人なのに対し、ファッジは介添人と称して全戦力――サキの言を信じれば三十人程――の私兵を投入してくることだろう。どうしようもない戦力差。
五、六人なら倒してみせる。十でも、或いは。私兵の質が悪いことを考えれば十五か、怖気づいてくれれば二十でも。
しかし、どう多く見積もってもその辺りが限界だ。三十人を殺し切ることは不可能だといっていい。
――切り札は、ある。
完全武装の兵士三十人を殺し切るのに十分な切り札が。しかし、ライノの存在が懸念事項になっていた。切り札、とは言っても使い勝手は良いとは言えず、危険も大きい。何より、アレスは切り札を使いこなせていない。
それを見極められてしまうと、危険だ。
ライノ程の腕であれば、自分と私兵が戦っている場面を見れば弱点に気が付くだろうとアレスは確信していた。先にライノが挑んできてくれれば反応を許さずその首を落とせる可能性はあるのだが、ともあれ。
「まあ、早いとこ村を出て――」
――ドンドン!
アレスが少女に繰り返そうとしたところで、荒々しく扉が叩かれた。
――噂をすれば、何とやら、か。
扉越しで当然姿は見えないが、覚えのある重圧を感じてアレスは呟いた。黒い全身金属鎧を纏った大柄な姿の騎士の姿が脳裏に浮かぶ。
千客万来だな、と投げやりに思いつつ、アレスは警戒しながら珍客を出迎えに行くのだった。
この作品の決闘は実際の決闘とは似て非なるものであることをご了承ください。




