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遍歴騎士アレス  作者: 矢田
第一章 『義の騎士』アレス
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09.内情

「レグルス公爵家の三男だと!」


 代官は飛び出さんばかりに目を見開いて、悲鳴に近い叫びを上げた。眼球は血走って、息は荒く、額には脂汗が浮いている。


「はっ。そう名乗っておりました」


「不味い、不味い。ああ、糞っ!」


 弛んだ太鼓腹を揺らしながら半裸の状態でベッドから立ち上がると落ち着かない様子でウロウロと同じ場所を歩き回り、苛立ちを吐き出すように壁を殴り付ける。


 感情に任せて殴り付けたせいで予想以上の力が込められていたのだろう。打ち付けた手を痛めたようで、情けない悲鳴を上げる代官。


「み、水、冷たい水を持て!」


 兵士は代官の命に従って足早に部屋を出て行く。その表情は助かったとばかりに緩んでいる。これまでに見たことがない程狼狽し、苛立っている主人と同じ部屋に居れば何をさせられるか分かったものではないと悟っていたからだ。


「不味い、不味いぞ」


 他の貴族と殆ど交流がないダースト領。その代官も他の貴族と会う機会など殆どない。しかし、王都に居るダースト領の領主――代官の男からすれば父親にあたる――とは定期的に連絡を取り合っている。


 その中に公爵家の三男坊は無駄に正義感が強く、他の領地の統治に首を突っ込んでは掻き乱して行くという話を聞いていたのだ。そして、その対象となるのは王国法を逸するような悪政を行っている領地だと。


 はた迷惑な話で、本来なら公爵家の者とはいえ許されない行為だ。何せ、領主の持つ徴税権や内政権、立法権を土足で荒らす行為なのだから。しかし、王国法という金看板がその蛮行を可能にしている。


 「王国法を守らず民を虐げる貴族の行いを糺す」というお題目を掲げられては大っぴらに批判も出来ない。それは即ち王国法への批判であり、ひいては王族への批判になってしまうのだから。


 故に、アレスは貴族に煙たがられながらも表向きの評判は非常に良い。民衆からは『義に厚い騎士』、貴族からは『王国の法を糺す忠臣』とされているからだ。


 尤も、貴族に関しては裏で散々に言われているのだが。


「……どうする、どうする?」


 三男坊(アレス)がこの領地を訪れていることが公爵家当主の知るところであるなら、無下な扱いは出来ない。正義感が強いとくれば買収なども難しいだろう。


 代官は暫く唸ってから、危険な橋を渡ることを決めた。


 というよりも、他に選択肢はない。このまま放っておけば自分に待つのは破滅だけなのだから。


「金や女で転ぶようならよし。だめなら――」


 ――殺してしまおう。


 その声は震えていたが、欲に塗れた保守的な覚悟の色がある。


「ワシの楽園を壊させわせんぞ」


 代官の脂ぎったその瞳は様々な欲で濁り、暗く、昏く沈み込んでいた。



 ■ □ ■ □



「さて、話してくれるな?」


 アレスは男――ロッソと名乗った――の家の壁に身を預けながら口を開いた。確認の形を取ってはいるが、ロッソにとっては「答えろ」という命令に等しい。


「……女達のことですね?」


「ああ」


 サキには語るには辛いこともあるだろうと大まかな事情しか聞いていなかったアレスだが、男性には気を遣う必要がないので無遠慮に行く。貴族の仮面を剥がさないようにという意味合いも大きいが。


「……その前に、感謝させて下さい。アレス様のお陰で村の者は随分楽になりました」


 成人の男性にしては少し小柄で、痩せ細っているために鼠のような印象を与えるロッソであったが、その瞳に濁りは無く、不思議と卑しい印象は受けない。むしろ、誠実な印象すらある。


 腹が膨れた実感など久しくありませんでしたから、と続けるロッソに、アレスは溜息と共に言葉を返す。


「……一時凌ぎだ。破綻を先延ばしにしたに過ぎんよ」


 アレスの施しによって二、三日はまともなものが食べられるかもしれない。だが、その後は続かないだろう。遠からず、この村が破綻することは動かし難い現実だ。


「それでも、今日死ぬ者はおりませんでしたから」


「……感謝は受け取っておこう」


 ロッソの言葉に、アレスは短く返す。圧政の敷かれた村では、一日の重みが違うことをアレスは再認識する。


「さて、女性達についてでしたね」


「ああ」


 殆ど予想は付いているのだが、そこまで愚かなことはしないのではないか、ともアレスは思っている。もし予想が当たっていたのなら――


「……十歳以上の女性は全員領主の館に囲われています」


 ――代官は想像を絶する馬鹿だ。


 確かに、貴族が村娘を買うことはあるが、一、二晩のこと。人を長期間に渡って養うのは当然金が掛かる。領主であれば村人の頭数、つまり収入を減らし、支出が増えているのだからここの代官がやっているのは非常に愚かしいことだ。そしてそれ以上に――


 ――男として、屑だ。


 アレスは女好きと言われているし、自覚もある。しかし、権力にしろ、暴力にしろ、力で女性の心をねじ伏せるような輩が大嫌いだった。


 アレスの瞳が猛禽類のような鋭さを帯びる。ロッソがいなければ素を出して代官に対する罵詈雑言を吐き出していたところだ。


「…………」


 それを堪える為に黙り込んだアレスの態度をどう捉えたのかは分からないが、ロッソは続ける。


「大体半年前位です。規定量の税金を収められない者は女を献上すればその分を減免するという御触書が出たのは」


 規定量とされた税はとても払えるような額ではなく、殆どの住人はそれを払えなかったという。唯一、村長の家は代々溜め込んでいた金銭を放出することで難を逃れたのだとロッソは言った。


「それを責める者は一人も居りませんでした。村長はいい人でしたし、娘を、守りたい気持ちは痛いほど理解出来ましたから」


 その時は難を逃れた村長も、つい先日亡くなったのだという。衰弱死だと言われているが、或いは殺されたのかもしれないとロッソは言う。


「村長の娘さんは美人で、領主に目を付けられていたんです」


 何でも、兵士が食べ物を持って来て、村長の娘がそれを食べ終わるまで監視していたのだという。要は、美しさを損なわないように管理していたのでしょうねとロッソは吐き捨てた。


「……まるで家畜だな」


「正しく、でしょうね。尤も、私たちは家畜以下ですが」


 正直、そこまでするのなら力任せに攫ってものにしそうなものなのだが、とアレスが言うと、ロッソは寂しそうに笑ってその疑問に答えた。


「村長はダースト領唯一の薬師でしたから」


 代官が体調を崩した時にも呼ばれていましたから、と続けたロッソ。アレスはそんな重要な人材を殺したか、殺していないにせよ死なせたのかと底にまで至っていた代官の評価を更に下げる。


 紙がそれなりに貴重品であるため、その手の知識は口伝で受け継がれている事が多い。というよりも、大きな街以外では大抵口伝だ。


 薬草の効能や薬の調合などは地方によって特色があるし、この村の村長が亡くなったことで永遠に失われた薬もあるかもしれない。まったくもって救われない話だ。


 おそらく、我慢しきれなくなって殺したのだと思いますとロッソは言う。その言葉の端々からは代官に対する怒りや憎悪が伝わってくる。


「要は、代官は権力を傘に酒池肉林。民のことを考えることもなく、か」


 生きているに値しない男だなとアレスは決める。


 ――代官の殺害を。


 元々、アレスは代官をその地位からは引き摺り下ろすつもりではあったのだが、命を取ろうとまでは考えていなかった。情けからではない。代官あたりは放っておいても蜥蜴の尻尾切りのように全責任を被せられて領主に殺されることが多いのだ。


 それ故、命を奪わない範囲で徹底的に痛めつけようと思っていたのだ。


 ただ、代官が領主の親族であったりするとどうにかして生き延びさせようとすることもあるし、その中には様々なものを失いながらも法の裁きを逃れられた者も居るのだ。


 ここの代官は万が一にもそういった形で生き延びさせてはいけない男だ。確実にその命を刈り取る。でなければ、死んで行った村人達が浮かばれない。


 ――何より、アレス自身、収まりがつかない。


 アレスはこういう類の人間が一番嫌いだった。ロッソの話を聞いている間もふつふつと込み上がって来る熱い怒りの情動を表情に出さないよう堪えるのに苦労していたのだ。


 ――人のふり見て、て話だけどさ。


 気に食わないから力に任せて突っかけて、我を通そうとする自分と代官との間に差がないことはアレスとて自覚している。それでも我慢ならないと行動に移してしまうのは精神鍛錬が足りていないということなのだろう。


 隣国との国境に位置する辺境領はかなりの力を持っているし、政治体制もまともだ。しかし、このダースト領のような戦略的価値のない国の外れである『辺境』では信じられないほどの無法が行われている。しかし、国の対応は冷ややかだ。


 ――価値がないから。


 手間を掛けても得られる利益が期待出来ないため、『辺境』の問題はおざなりになっている。一応、数年に一度は調査のために人を送っているようだが、辺境なら『事故』も起きやすい。


 例えばこのダースト領なら「森から迷い出て来た獣に食い殺された」ということが実際に起こり得る上、嘘だとしても証明するのは不可能だ。おそらく、このダースト領でも何度か『事故』が起きていることだろう。


 結果、戦略的価値のない本当の意味での「辺境」は管理が行き届かず、王国内だとは信じ難い場所になっていることも多いのだ。


 レグルス公爵家の当主である兄がアレスの行動に胃を痛めながらも容認しているのは、辺境の状態が少しでも改善されればとの思いがあるからだ。


 尤も、アレスは神秘探求優先で、積極的に辺境の領地を廻って世直しめいたことをするつもりはないのだが。アレスが『お人好し』の名で呼ばれるのを嫌がるのはこの辺りの独善的な部分を意識させられるためだ。


 ――同じように苦しんでいる人が居るのに道楽を優先するのか?


 この問いに対して明確な答えをアレスは持っていない。


 神秘の探求のはアレスの夢であり、諦められない。かといって、圧政に苦しむ民を見て見ぬふりも出来ない。或いは永久に答えを出せないかもしれないとアレスは思っている。


 ――今は目の前の事に集中しないとな。


 せめて、手の届く範囲位は何とかしてみせるさ、とアレスは静かに明日へ向けて意識を研ぎ上げていくのだった。



改編済みです。

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