心霊写真
「待ってください」
「わあ、言うなって祈ってたのに」
私がこれから何を言うか察しがついていたのでしょう。しぃちゃんが心底嫌そうな顔をしました。
「中、入ってみましょう」
「ほらぁ、言うと思った! もう戻ろうって。スタッフさん達心配してるかもよ?」
「ちょっとだけ! 大丈夫、坪内からも連絡きてないし」
その場で二人も自分に連絡が来ていないことを確認し、病室の中へ入ることにしました。
窓は埃で汚れ、木が生い茂っている事もあり、外の光はほとんど入ってきません。室内はどんよりと湿った空気が充満しています。
一番驚いたのは、そこに何もなかったことです。夢の中で私がいたベッド、そして弥生さんがこの部屋で寝たという事実から、勝手に当時の設備がそのまま残されているものだと思い込んでいました。
「弥生さん、本当にこんなところで寝たんですか?」
「え? いやー、昨日のことはよく覚えてないからね。どこの病室で寝たかなんて覚えてねえなあ」
しぃちゃんが眉間にシワを寄せました。私も「さっき自分で"この部屋に入った途端眠くなった"って言ったんですよ」とは、返答が怖くて言えませんでした。
「万桜も、昨日ここにいたって言ったよね?」
「うん、夢で……なんだけど。実は昨日、」
私は夢で見たものを二人に打ち明けました。
「なにそれ……昨日から変なこと起きすぎでしょ……」
「つまり、あれか。もしかして、とんでもねえいわくつきか、ここ」
「ただの夢かもしれないですが」
「万桜の見た夢だけなら、私だってそう思うけど。今回はちょっとさすがにそれで済ませられない」
カタン──戸を叩くような物音がして、三人で小さく叫びました。
「なに、何の音?」
「あの棚、から聞こえたような」
壁と一体になった棚が部屋の奥にありました。顔を見合わせて頷くと、恐る恐る音のした棚に近付きます。
私の背で少し背伸びをすれば中まで見える高さにあるその棚には、スライド式のガラス戸がついています。中に何か古い紙のようなものが確認出来ました。
「開けてみますね」
ガラス戸は引っ掛かりながらもどうにか開きました。
中に手を伸ばします。そこにあったのはいくつかの雑誌や新聞紙の切り抜きのようでした。
三人でその切り抜きを覗き込もうとした瞬間、弥生さんのスマートフォンが鳴り全員の体が跳ねました。野田監督からです。もうすぐ出番なので戻るよう連絡があったそうです。
「ふう、タイムリミットね」
「仕方ない、後で見ましょう。私が持ってます」
切り抜きは後で見ることにしてパンツのポケットに押し込むと、今度こそロビーへ向かいました。
これから弥生さんが時世ちゃんを探しに廃病院へとやってきたシーンが撮影される、というところでした。
撮影スタッフと二人が撮影現場となる入浴施設だった場所へ向かいます。病棟内では一番広い部屋で、銭湯のような造りになっています。
私としぃちゃんはまだ何か起こるんじゃないかという一抹の不安を覚え、本来どこかで待機していていいのですが、撮影陣について行くことにしました。
弥生さんと時世ちゃんは監督たちの要望を聞き、立ち位置の確認をしていました。
部屋の隅で伊達監督とエキストラ達が写る写真を確認していたカメラマンが「あー、だめかあ」と呟き監督たちの方へ駆け寄ります。
アシスタントの方に聞いてみると、写ってはいけないものが写ってしまい何度も撮り直しているんだそうです。
「見に行こう」
私達はほぼ同時にそう言うと、すぐに立ち上がりました。
監督二人を中心にカメラスタッフ達が数名集まっていて、私達は少し後ろから覗き込む形になりました。
「わぁ、こんなにしっかり映るの?」
「上手く撮れてる、というか」
「ほぉら伊達くん。君がこんなとこで寝泊まりしたせいじゃないの?」
少し前まで険悪だった監督達はいつの間にかすっかり普段の雰囲気に戻っていました。野田監督は目を細めて、肘で伊達監督を小突きます。伊達監督は「えーそうかなぁ」ととぼけていました。
他に何枚も同じようなものが撮れているようで、その内の一枚をいつの間にかしぃちゃんが手に入れていました。
「よし、見るよ? せえの、」
興味半分、恐怖半分。薄目で写真を見ました。
私は絶叫し、写真を振り払いました。現場がざわつき、一斉に視線がこちらに集まり申し訳ない程でした。周りに平謝りして写真を拾うと、ついもう一度まじまじと見てしまいました。
写真の真ん中で微笑む伊達監督を囲むエキストラの方々、その全員に異変がありました。目があるはずの場所は空洞で、全員頬が裂けそうな程笑っています。それはまるで夢で見たあの看護師達のようでした。
それに。
「な、なんか……人数少ない?」
「……はあ、聞きたくないけど、万桜。さっき、「エキストラの数が多い」みたいなこと言ってた?」
「言った、けど……」
「はー……聞き間違いじゃなかった」
しぃちゃんは私の肩に手を置くと、残念そうな顔をしました。
確かに私はそう言いました。カメラの画角に入るかも心配なくらい、大勢のエキストラがいたからです。
「あのね、エキストラの数はたったの、七人」
「七、人……」
そんなわけないと記憶を思い起こす。
私服姿、白衣姿、学生服、大人も子どもも。大勢。大勢やはりいたのです。
思い返して、やっと気が付きました。何故か思い至らなかった。
そうです。白衣姿の人物なんて、いるわけがないのです。映画の設定でも、ここは廃病院なのですから。
「ねえ、万桜。一体なにを見ていたの?」
私はなにを見ていたのでしょうか。
なんとか更新しました!




