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病室を指し示して

「昨日は何故か「絶対ここに来たほうが良い!」って気持ちになって、気が付いたら俺達はこの廃病院の前に立っていた。全員並んで、天を仰いでたんだよ」


 弥生さんはその時の様子を思い出したのか、眉を(ひそ)めます。弥生さんは時世ちゃんと頷き合いながら昨晩のことを語ってくれました。心なしか青ざめているようにも見えます。


「しかも、だ。ホテルを出て、道中どうやってここに来たのか、全く覚えていないんだ。はっと気がついたら仁王立ちで空を見ていた。真夜中に全員で空を見上げているっつーのに、不気味さを微塵も感じねえ。それどころか心地いいんだよ。変だろ?」


 しぃちゃんと顔を見合わせます。きっと互いに同じ考えに至ったのでしょう。昨晩、私達の目の前で起こった松井の異変。それを無意識に重ねてしまい、まるで集団催眠にでもあっているのかと疑いたくなります。話を聞けば聞くほど謎は深まるばかりで。


「中に入って、最初はそれこそ肝試しみたいにあちこち見て回ってたんだよ。それもおかしな話だが」

「まったく、いい大人が……」

「本当にその通りだよ、何も言い返せねえ。それでさ、二人にも来てほしいんだよ」


 スタッフに呼ばれた時世ちゃんがその場を離れると、弥生さんがついてこいと言うように歩き出し、私としぃちゃんは恐る恐るついて行きました。

 彼はここが診察室で、ここが手術室で、と自分たちが辿ったルートを教えてくれました。


 これまでのことを考えると、薄暗くしんと静まった廊下が薄気味悪くて仕方ありません。無機質な空間に三人分の足音が響くのを聞きながら、一つの言葉も交わさず歩きました。


 ある病室に辿り着いた時です。


「ここだ、ここ。この部屋に入った途端よぉ、急に眠くなっちまって。急に」


 そう言って弥生さんがドアをそっと開けた時です。空気がどん、と重くなったのです。彼がすう、とゆっくり腕を上げ中を指差しています。ドアから出てきた何かが体の中に流れ込んでくるかのような感覚に陥り、ぞっと身の毛がよだつのを感じました。


 不気味な感覚によって昨日の悪夢が鮮明に蘇ります。夢で私がいたのはこの部屋に違いない、何故だかそのように確信していました。


「なんで開けっ」

「私、昨日、ココ……いた」


 突然扉を開けたことに驚き、それを咎めようとしたしぃちゃんを遮るように、気が付けば呟いていました。当然しぃちゃんは物凄い剣幕でこちらを見ました。

 ですが、その後ろからもっと恐ろしい顔がこちらを見ています。


 弥生さんです。彼は体と指先を病室に向けたまま引き攣った笑顔をぐるりとこちらに向けています。首筋にはぐっと血管が浮き上がっていて、ぷるぷると震える顔はみるみるうちに赤くなっていきます。まるで、誰かが無理にこちらを向かせ笑わせているようだと感じました。

 その様子は、まさに昨日の松井そのものです。


 声も出せずにいる私の表情を怪訝に感じたしぃちゃんが、私の視線を辿りおそるおそる背後に顔を向けます。ヒッ、と小さく叫ぶと私にしがみつきました。


「もうだめだ絶対だめここ絶対だめ」

「し、しぃちゃん!?」

「あんたは!? 万桜は正気なんでしょうね!?」


 早口でまくし立てるしぃちゃんの方こそおかしくなってしまったかと思いましたが、どうやらお互い恐ろしさで気が狂う寸前だったみたいです。


 弥生さんは数度口をパクパクさせました。そして低く掠れた声が搾り出されるように発せられます。


「タ……かった」

「ぎゃぁぁぁ」


 ピンと張った緊張の糸に触れたのか、私達二人は抱き合って叫びました。

 弥生さんは割れんばかりの笑顔を浮かべていますが、その声色には明らかに怒りと憎しみの感情が篭っていました。


 どう見ても、弥生さんではない何かがそこにいるのです。弥生さんの姿形をした、この世のものではない何か。そうとしか思えませんでした。


「いケ、にえ……──様」

「生贄……?」


 ──様。彼がそう言ったように聞こえましたが、うまく聞き取れません。生贄という単語は理解出来ました。


「タ……すけ、ラ、かった……アァ……アアアア」


 苦しそうに呟くと、弥生さんは目と口を大きく開け、ぼろぼろと涙を零したのです。


 一瞬呆然としていた私達は、慌てて弥生さんに駆け寄りました。恐る恐る肩に触れようとした瞬間、彼はビクッと肩を震わせ表情からは不気味さが消えました。恐ろしい泣き顔から一変し、困惑の表情を浮かべます。涙に濡れた自身の顔を手のひらで拭うようにして、さらに不思議そうにしていました。


「弥生さん……?」

「おう。蒼月ちゃん、万桜ちゃん。どうし、」

「よ、良かったぁぁ」


 私達は二人で顔を見合わせ、半泣きで抱き合いました。その様子を見て「大丈夫か」と慌てる弥生さんに、心底安心したのを覚えています。


「俺はなんであんなとこにいたんだ?」


 弥生さんがそう聞くのですが、連れてきた張本人に尋ねられたのが不気味で堪りませんでした。


「弥生さんが連れて来たんですよ、覚えてないですか?」

「俺が? 何言ってるの、こわ」

「こっちのセリフですよ」


 自然と全員の足がロビーに向きかけた時、弥生さんの中にいた何者かが病室の中を指さしたのが気になりました。

 "なんであんなとこにいたんだ"──言われてみればその通りです。彼の声を借りたいだけであれば、ここまで来る必要があったでしょうか。


お読みいただきありがとうございます!

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