夜が明けて
「何回か鳴らしたけどだめだね。俺はまた何回か掛けてみるから、皆さんはそろそろ休んで」
しばらくスマートフォンを耳に当てていた野田監督は、諦めたようにそう言うと私達に部屋へ戻るよう促しました。
暗い、一人きりの部屋。どうしても今日起きたことを思い出してしまいます。また変な夢でも見るのでは、と考えてしまうのをなんとか跳ね除け、明日は仕事なのだからと言い聞かせて眠りにつきました。
翌朝のことです。撮影場所である廃病院へ向かいました。驚くことに廃病院の外観は、あの夢で見た光景とそっくりでした。夢で見た病院の方が幾分か綺麗だったような気がしますが、「やっぱり夢に出てきたのはここだったんだ」と確信を持つのには充分でした。
しかしそれよりも驚いたのは、建物の前で監督二人が声を荒げて揉めていたことです。とても珍しい光景です。これまで演技のことで揉めることはあっても、けして大きな声で怒鳴り合うなんてことはありませんでした。
現場に同行していた坪内は怒鳴り合う二人の監督から距離を取り、私が前に出ていかないよう手で静止しました。
「まさか昨日のことで揉めてるんじゃ……」
「なにかしらね」
ひそひそと話していると、私達よりも先に現場入りしていた松井が小声で叫びながらやって来ました。
「山田さぁん、坪内さぁぁん」
「松井ちゃん、おはよう。これ何事?」
「わーん! お二人来るまでめちゃめちゃ心細かったですぅ」
彼女はメイクの準備のため、他のメイクさんたちと一緒に早い時間から現場へ来ていました。そして二人の監督が揉め始めたところから今に至るまでを見ていた彼女が言うには、昨晩ずっと連絡が取れなかった伊達監督に対して野田監督が怒っているのだということでした。
「プライベートな時間っつったって、役者やスタッフを預かってるんだぞ! こんなとこで寝かせる馬鹿がいるか!」
「なんだと? 何が『こんなとこ』だ!」
昨晩連れ立ってこの廃病院に来た面々は、散策の末寝泊りしたようでした。後から分かったことですが、電気も水も通ってない場所です。にわかには信じられませんが、お二人の会話や周りの反応から見るに本当に一晩過ごしたようでした。その状況だけを聞くと野田監督の怒りはごもっともであり、伊達監督が同じ温度で怒っていることの方が不思議です。
言い合いをしていたお二人でしたが、伊達監督が野田監督の胸倉を掴んだあたりで弥生さんが止めに入りました。野田監督と仲の良い弥生さんが何度も謝り野田監督をなだめます。お二人とも冷静さを取り戻したようで、少し距離を取りつつも撮影に入っていきました。
廃病院のドアは金具が錆びついていて、かなり強く押して開けました。きぃ……と錆びた金属同士の擦れる音がします。中は夢で見たよりずっとボロボロでした。カビ臭さが鼻を突き、こんなところで眠れたのか? という疑問は深まるばかりです。
既にスタッフや当日合流組の俳優陣、エキストラの方が待機しています。エキストラの方々について監督から先に聞かされてはいましたが、私服姿の方もいれば白衣姿の方に学生服の方、大人も子どもも、かなりの人数が用意されていました。
もちろん現場の空気は最悪。エキストラの方は特に萎縮されていたようです。そのピリツキがホラー作品にいい影響を与えたとも言えますが、気まずさがないと言えばうそになるでしょう。
映画の中に登場する集合写真。その撮影のため、エキストラの方と伊達監督がロビーで待機していました。かなりの大所帯での撮影です。
待機中の私達は、それを少し離れたところで見ています。小声でしぃちゃんに話しかけました。
「待機長いね」
「カメラ調子悪いらしいよ」
「そうなんだ。今回エキストラさんの数多いし、撮り直しも増えそうだね」
「……エキストラの」
「蒼月ちゃん、万桜ちゃん!」
しぃちゃんが眉間にシワを寄せ何かを言いかけたところへ、父親役の弥生さんがやってきました。後ろには行方不明の娘役、時世ちゃんがついてきていました。お二人は昨日、この廃病院で寝たグループです。
「二人も、申し訳ない。変な空気になってしまって」
「そんな……」
お二人とも揃って申し訳なさそうな顔をしてるので、私は首を振ることしか出来ませんでした。
「どうしてまた、こんな場所で寝泊まりすることにしたんですか?」
しぃちゃんが尋ねると、弥生さんと時世ちゃんは一瞬顔を見合わせたのち、互いに首を捻ります。
「それがなあ、わからないんだよ。なあ?」
弥生さんが時世ちゃんの方に振ると、時世ちゃんは何度も頷きます。彼女は言葉を発することが出来ませんが、その表情は自身の行動への不可解さを物語っているようでした。
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