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怖がりの松井

「万桜! 待ちなさい」

「坪内……どうしたの?」

「まさか行こうとしてるの?」


 マネージャーの坪内が、物凄い剣幕で飛び込んで来ました。

 

「もう、勘弁してよ。松井だけでも困ってるのに」

「え? 松井ちゃん?」


 にこにこと笑うメイクの松井が、坪内に手を引かれていました。


「坪内さんも行きましょう! 行ったほうが良いですよ!」

「何言ってるの、こういうの苦手じゃない」


 松井はすっと下を向きました。車中から廃病院を見ただけで怖がっていたような子です。日が沈む前でさえ怖がっていた彼女が、真っ暗な夜の時間に行きたいと言い出したのです。先程の私と同じように、行ったほうが良いと言っていたのです。


 ここに来て(ようや)く、「なんだこの状況は?」と疑問に思うことが出来ました。急に、今の状況がとてもおかしなことに思えてきたのです。


「……っく、」


 その時、俯いた松井から嗚咽(おえつ)のようなものが漏れました。

 私、坪内、しぃちゃんが、ぎょっとした顔を見合わせ、松井に視線を向けます。


「ま、松井ちゃん……?」


 俯いたまま動かない松井の肩に手を掛けました。

 彼女はゆっくりと、顔を上げます。スローモーションのように見えました。


 彼女は笑っていました。目を見開き、唇を弓なりに引き、ボロボロと涙を流して笑っていました。目がぴくぴくと痙攣し、かなり力が入っているのか首の筋が浮き出て、顔を真っ赤にしていました。

 思わず小さく叫びました。その形相に驚いただけでなく、彼女の顔を見た瞬間、あの夢で見た看護師たちの表情がフラッシュバックしたからです。


「松井! しっかりしなさい松井! ちょっとこれまずいわね」

「なんだ、どうした」


 松井は反応しません。そこへ野田監督が近付いて来ました。


「野田監督、うちのメイクの子が」


 言うまでもなく騒動の中心である笑いながら涙を流す彼女の異様さに、野田監督も言葉を詰まらせていました。


「君、大丈夫か、君! ……だめだね。貴方はえっと、」

「山田のマネージャーです、坪内と申します」

「そうだ、坪内さんだったね。救急車呼ぶからね」

「お願いします、申し訳ございま……うわ!」


 何かに反応したかのように松井が勢い良く坪内の腕を掴みました。口元に称えていた笑みが消え、坪内を下から恨みがましい目で()め付けています。気弱ながらいつもにこにこしている松井からは想像も出来ない表情でした。


 それも一瞬のことで、松井はふっと力が抜けてその場に崩れ落ちてしまいました。野田監督と、ギリギリで冷静を保っている坪内が慌てて松井の体を支えました。


「や、やだ、松井?」

「何この状況、何?」


 その場にいた全員が青い顔をしていたように思います。シンとした夕食会場には私達の他に数名のスタッフが残っており、すっかり注目の的となってしまっていました。全員が言葉を発することも出来ずに意識を失った松井を見ていました。このまま寝てくれ、そう思っていたのは私だけではないはずです。


「やめてっ!」


 突然叫び声を上げ、松井が目を開けました。

 驚いた私達もほとんど全員が叫び声を上げました。それに驚いた松井がさらに叫び、ホテルの従業員の方が何かあったのかと飛び込んで来ました。野田監督はホテルの方に謝り、持ち場に戻っていただきました。


 松井にあれこれ聞いてみても要点を得られません。何せ、彼女自身全く覚えていないのです。「やめて」と叫んだ理由でさえも覚えていませんでした。「あれ? ごはんの時間終わってます?」と、随分気の抜けたことを言い出し、私達も力が抜けてしまいました。


「あーびっくりした。ね、まだ行きたい?」


 しぃちゃんが眉を下げて聞いてきましたが、私はおかしくなったおもちゃのように首を振りました。行きたいわけがありませんでした。その時には、何故こんな時間に廃病院へ行きたいと思ったのかまるで分からず、自分で自分が不気味に感じられました。


 結局松井の件は、長距離移動で疲れていたところに明日の撮影が怖くて、変な夢でも見ていたのではないか、ということで落ち着きました。彼女自身、体に変わったことはなく元気そうだったのも、そこで話が落ち着いた原因の一つです。

 ただ、しぃちゃんだけはまだ腑に落ちない顔をしていました。


「野田監督。伊達監督たち、止めた方が良いと思いますけど」

「伊達くん?」

「だって、変ですよ。行かせるの良くない気がします」

「うーん、施設側からOK出てるらしいからなぁ」

「そういう理由ではなく」


 しぃちゃんが演技以外のことでこんなに食い下がるのは見慣れない光景でした。

 数人で表に出てみましたが、もう誰もいませんでした。既に廃病院へと向かっているようです。電話も何人かに掛けてみたものの出る人はいません。


 しぃちゃんは難しい顔をしていました。

 

「どうしたの? 松井ちゃんのことと伊達監督、関係あるの?」

「分からない、けど、」

「けど?」

「松井さん、あれ夢見てただけって、本当に思ってるの? 普段からああじゃないんでしょ。他にも様子が変な人いたし……だから、変なこと起きてると思う。止めないとって。ちょっとなんて言えばいいか」


 そこで再び自分が見た夢を思い出しました。確かに、あれをただの夢だったと無視していいのか。やけにリアルな夢でした。それと同じようなことが松井の身にも起きたのかもしれません。

お読みいただきありがとうございます!

続きもお楽しみください。更新予定日は12/03です。

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