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最終話:番宣女優の実話怪談

 空調が強いのか山田の頬を照らす蝋燭(ろうそく)の炎が揺れていた。


「監督達が東京に戻ってから映像の確認をしていると、撮影した記憶のないシーンがあったそうです。後日私達俳優陣も一緒に確認しました。するとそこには二人の異変が映し出されて。

 カメラスタッフに確認しても誰も撮影していないと言うし、そもそも画角が変なのです。カメラが置いてあった位置からは映りようのない角度で、部屋全体が映っていました」


 蠟燭の炎が急に伸び、大きく揺れたかと思うとすっと消える。堪えることが出来なかったのか、どこからともなく「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。薄暗くするため照明を落としてはいるものの、蝋燭の火が消えたからと言って全く見えないということもない。

 山田は微動だにせず、平然と話を続ける。この頃になると、チャットも活気を取り戻し彼女を称えるコメントが数多く寄せられた。

 

「監督達はやはり、より楽しませたい、より怖がらせたい……の方達ですから、その映像を作中に活かそうとするのも当然の流れでしょう。実際に私達を恐怖に陥れた怪奇現象。それを収めた映像がどのシーンで使われているのか……ぜひ皆様の目でご確認ください」


 そうして全てを語り終え映画の宣伝まできっちり成し遂げた山田は、ふっと雰囲気を和らげると座ったまま綺麗なお辞儀をした。

 他の出演者達も安心して気が抜けたのだと見て取れる。関心したように何度も頷くベテランの怪談師がパソコン画面に映し出された。

 チャットも彼女への称賛の声で溢れる。彼女は番組の宣伝に来ただけだと、女優歴と怪談の巧さは関係ないと、冷笑を浮かべた視聴者達はすっかり山田というベテラン女優の語り手としての素質に圧倒されていた。


「いやあ、すごいお話でしたねえ!」

「ホラー映画を撮るって状況もあって、霊的な存在が強く反応してしまったのかもしれませんね」

「これはすごいですよ、これだけでもう一本映像作品作れそうですよ! その時はねえ、万桜さん主演で、ねえ?」

「いいですねえ! 全キャスト、そのままやってほしいですね」


 次々とカメラが切り替わり、ゲスト達は興奮気味に感想を述べる。


「彼女才能がありますよ! 怪談の才能があります」

「本当ですよ! 二十分強、ですかね。この長尺の話を一度も言い淀むことなく情感たっぷりに語るなんて、普通出来ないんですよ? 我々本業でも、かなり練習するんですから……ってあれ、山田さん? 山田さーん?」


 ゲストの一人が山田に話を振ると、ひな壇の反対側に座る山田が再びカメラに抜かれる。彼女はお辞儀をした姿勢のままだった。と言うよりも、お辞儀したまま脱力しているので項垂(うなだ)れているようにも見える。


「山田さん、さっきから動かないですぅ」

「え? ちょっと、やりすぎですって、山田さん!」


 ちょうど午前三時三十分だった――笑いが起こる。誰もが、山田はサービス精神でまだ自分たちを怖がらせようとしている、と考えていた。

 笑い声が起きても彼女は顔を上げない。次第に不穏な空気が流れ出す。やがて彼女の体は、右へ……左へ……ゆら、ゆら、とゆっくり揺れ始めた。彼女だけではない。彼女の周りに座る出演者数名、様子がおかしい。口を半開きに一点を見て動かない。


 誰かがぽつりと呟くように言った言葉が、マイクに通っていた。


「あ、これやばいね」


 その瞬間――バンッ!! 強い打撃音が響いたかと思うと、どこからか甲高い叫び声が上がる。撮影場所として使っているスタジオの出入り口のドアがひとりでに閉まってしまった。


「なんだ!?」

「おい誰だ! 開けろ!」


 撮影スタッフの緊迫した怒声に空気が張り詰める。

 司会者はオロオロと周囲を伺い、ゲスト達も落ち着かない様子だが、カットが掛からない。誰もその場から動くことは出来なかった。


「開かないっ! 開かないです!」

「そんなわけないでしょ、貸してっ! きゃあ!!」


 ガチャガチャとドアノブを上下する音と、震える悲鳴のようなやり取りがあったかと思うと、ドアに触れた二人が同時に弾き飛ばされる。見ようによっては後ろに転んだだけにも見えるのだが、明らかに一瞬体が浮いた。

 ドアが閉まったのに驚いたカメラマンがアングルをそちらに振っていたので、大人二人の体が弾くように飛んだのを視聴者全員が目撃することとなったのだ。


 そしてスタッフが床に尻餅をついたその時、スタジオが暗転。蝋燭の炎が消えても真っ暗になってしまわないよう、光度を落として点けていた照明の明かりが完全に消えてしまった。


「照明! 何してんだ、早く点けろ!」

「い、今やって……」

「予備のやつだ、あれ点けろ!」


 たったの数秒の事が、随分長く感じられた。

 予備のやつ、と呼ばれた照明は頼りない明かりでスタジオを照らす。それでもないよりは幾分良いだろう。カメラがひな壇の端からゲスト達の表情を映していく。放心状態の者、泣いている者、隣と抱き合う者、それぞれだった。


「山田山田山田! 山田映せ!」


 カメラマンが慌てて画角に山田を捉える。その声に反応した他の出演者達も一斉に山田を見て、そしてどよめき。


 山田は泣きながら肩を揺らし笑っていた、奥歯が見える程口角を広く挙げて。まるで、彼女が語った怪談に登場する者のように。時折「ヒィッ……ヒィッ」と笑い声にも聞こえる音が漏れている。


 司会者の目線の先に、画用紙をペンの先で叩く人物がいる。

 それに気付いた司会者は一度首を振るが、彼の主張は認められず指示の書かれた画用紙がパンパンと叩かれるだけだった。


「やま、山田さん……あの、大丈夫ですか?」

「……キヒッ……ク、ヒヒィッ」


 山田が体をしならせ、普段の彼女からは想像出来ない声で笑う。楽しくて我慢が出来ない、といった笑い方にも聞こえる。

 司会者の男は恐怖心と好奇心に挟まれながら、番組冒頭で自分が言った事を頭の中で反芻した。


“以下のいずれかに該当した場合、速やかに中断し、朝の六時を超えるまでは戻ってきてはいけない。

 一つ目に、開けたままにしておいた儀式に使う部屋のドアが閉まっていた場合。そして二つ目にろうそくの火が消えてしまった場合。さらに三つ目に、名前を呼んでも反応がない場合である。”


「だ、誰、どなた、ですか?」

「……ぅギのォ、ヒィ……ケニへは、ァまエエ゛アち」


 司会者の男が絞り出した質問に、山田がニマニマと気味の悪い笑顔のまま返答した。聞き取りづらいノイズのような声である。

 そして様子のおかしかった周囲の出演者達が、わぁわぁと泣きながら目と口をまんまるに開け、一定のリズムで手の甲と手の甲を叩き合わせる。


「もう駄目だ! 話し掛けるな、止めろ! カメラ止めろ!!」


 誰かが叫ぶ。


「……待て。待て、止めるな!」

「なんだんだよ!」

降霊術(こういうの)はっ、やめたいときにやめて良い風には出来てねえんだよ!」


 ゲストの一人が恐怖の感情を押し殺すように叫ぶと、空間が一瞬で静まり返る。この一言によって、恐ろしさに配信画面を閉じようとしていた視聴者達も踏み止まる。どこまでの範囲で儀式に巻き込まれているのか分からない――そう気が付いたのだ。



 番組は深夜のホラー番組にしてはかなりの同時接続数を記録した。しかしそれから外がうっすら明るくなる午前四時三十分まで、誰も怪談を語ろうとする者はいなかった。

 番組出演者、スタッフ、視聴者達。彼らは時間が来るまで身動きも取れないまま、山田の不気味な笑い声と時折発せられる呪詛のような言葉を聴き続けるしかなかった。


 配信のアーカイブは残っていない。

 しかし誰かがネットの掲示板に詳細を書くと、瞬く間にオカルト好きな人間達に広まり映像は盛況を博した。どのシーンで実際に撮れてしまった映像を使っているのか、様々な考察が飛び交う。「ここにも何か映ってないか」と言う人間まで現れ、何度も劇場へ足を運んだファンも多い。


 数日後には女優、山田エヴァ万桜が元気にSNSを更新し、ドラマの出演が決まったとの報告があった。彼女は例の配信番組については何も語らなかったので、「演出ではないのか」という声も後を絶たない。


 さて。ここで配信動画削除と共に無かったことにされたチャットのコメントから、気になる物を拾って来たので紹介したい。


「これ司会者の質問に“次のいけにえはお前たち”って返してね?」 



 賢明な貴方が、真夜中の儀式に巻き込まれていないことを祈る。

 


お読みいただきありがとうございます。

ぜひ感想をお寄せください。コメントや評価など非常に励みになります。

次回作でもお会い出来ることを楽しみにしております。

ありがとうございました。





以下余韻に浸る方は読み飛ばして良い少し長いあとがき◆◆◆


完結いたしました!

今回いでっち51号様にお誘いいただいた「劇団になろうフェス」は、なろうで活動されている方々が俳優としてキャラクターを生み出し、その俳優さんたちを物語に自由に登場させるという素敵な企画でした。


当作品は何かの役として登場というよりは、俳優の彼等を描いたものなので、もしかしたらちょっと趣旨とずれてるのですが、快く(寧ろノリノリで)受け入れてくださったいでっち51号さん、まずは本当にありがとうございます。


そして作中登場したキャラクターである、伊達監督に野田監督、しぃちゃん、弥生さん、時世ちゃん、怖い目にあってくれてありがとうございます。

いでっち51号さんを始めとして、上記俳優陣の生みの親である高山由宇様、江保場狂壱様、浦切三語様、本当にありがとうございます。


また登場する降霊術は以下のサイトを参考に記載しております。

<a href="https://0ccult.online/%E9%99%8D%E9%9C%8A%E8%A1%93%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E3%81%AB%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AF%E3%81%84/#google_vignette">こちら</a>

くどいですが、頼むので試さないでくださいね!

(後書きにリンク貼れないの失念していました、URLコピーして飛んでみてください;)


書きたいことはまだあるので、このあと活動報告の方へ書かせていただきたいと思います。


お読みいただいた方、本当にありがとうございます。

怖がっていただけましたか?

わたしはとっても楽しく書けました!

あ〜また早くホラー書きたい!

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― 新着の感想 ―
∀・)最後まで読ませて頂きました。レビューでも書きましたが、まさにリアルなホラーを劇団になろうフェスの役者さんたちをリアルに登場させて綴る。この手法が凄いなって思いました。また勿体なくも拙作「THE …
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