続く悪夢
しばしの別れを惜しむというよりは、まだ語り足りない気持ちの方が大きかったと思います。
「いつもとは違う大変さがあったね」
「立て続けにね。それこそ映画見てるのかと思った」
「ねえ、しぃちゃん。あの記事……本当なのかな」
「どうだろ。でも本当だと思った方が、辻褄が合うんじゃない」
しぃちゃんは何でもない風に言いましたが、その言葉が妙にストンと腑に落ちました。
白昼の悪夢、夕食会での異変、おぼろげな記憶……そこから始まり、私達を恐怖へ誘う数々の現象。あのスクラップ記事が真実であり、まだあの廃病院には眠れぬ魂が彷徨っている。
そう考えたほうがしっくりきます。
でなければ壮大なドッキリなのですから。
するとホテルの方が近付いてきました。
宿泊客は自分達だけでしたが、お仕事の邪魔をしてしまっているかもしれないとその場から離れようとした時です。
「あなたたち、あそこの病院で撮影してたんですよねえ」
まるで独り言を囁いているかのような声でした。
「あ、はい。そうなんです。もう終わったのですが」
「へえ。あそこに行ってらしたの」
「あそこは……この辺りでは有名なんですか?」
しぃちゃんがそう尋ねると、ホテルの方は眉だけをピクリと揺らします。
「えぇ。何もないところですからねえ。一番大きな建物があそこですから。あんなこともありましたし」
「あんなこと、ですか」
「あなた達は、よくご存じなのですよねえ」
彼女は何かを見透かすように、能面のような顔で私をじっと見ていました。
私達があの病院について知っていると、何故分かったのでしょうか。
「あの忌まわしい事件の晩、妹が……入院しておりました。もうずっと小さい時の事です」
思わず驚愕の表情を漏らすところでしたが、失礼になっては申し訳ないとすんでのところで持ちこたえます。
「もちろん、妹も犠牲者の一人です。両親は、おかしくなってしまいました」
「……お辛かったでしょうね。お悔やみ申し上げます」
「あなたも、助けてくれませんでしたね」
「え?」
ホテルの方は私の顔をきっと睨みました。先程までの能面顔から一変し、物凄い形相でこちらを見るのです。
「妹はまだ死んだのに気が付いていないのかもしれません。他の犠牲者達は、妹だけが幸せになるのを許せないんです」
「ちょっと何を言って……」
「だから! 昨日助けを求めましたよね、うちの妹が! 一生懸命助けてって言ってたのに!」
しぃちゃんが私とホテルの方との間に体を滑り込ませ、彼女を宥めようとしました。しかしそれを物ともせず、しぃちゃんを間に挟んだまま私の服に掴みかかってきたのです。
「きゃあ!」
「お前は昨日あの日の病院に呼ばれただろ! だから今も妹を連れているんだろ!」
"昨日あの日の病院に呼ばれた"
あの悪夢だ。とすぐにピンときました。彼女は私が見た夢の内容を知っている、そうとしか思えません。
「何してるんですか!」
出発の準備を終えたマネージャーの坪内が血相を変えて飛んで来ると、私とホテルの方を引き離します。
しぃちゃんが私を腕の中に抱き寄せ、その方と距離を取りました。
「誰ですか! 警察呼びますよ!」
「坪内、大丈夫だから」
「……まったく。怪我は」
「ないよ」
彼女は坪内が怒鳴るとすぐに恨みがましい顔でその場を去りました。
"今も妹を連れている"
その言葉がどうにも不気味なのですが、もう真意を尋ねることは出来ません。
と言うのも、私達がホテルの従業員だと思っていた方……違ったのです。
坪内が「危うく怪我させられるところだった、黙っていられない」とフロントの方に事情を説明したのですが、そんな人はいないという回答でした。
小さなホテルで今は予約があった時のみ営業。ホテルの清掃には来るもののそのような状態なので、すっかり家族経営になってしまっている……と。
誰かを庇っている訳でもなさそうでした。ホテル側はすぐに警察へ不審者の通報をしたのですから。
◇◇◇
「こうしてまた一つ恐怖を残して、私達の岡山県での撮影は終了しました」
怪談番組を配信中のスタジオは、すっかり静まり返っていた。唾液を飲み込む音ですらも出してはいけない、そんな雰囲気がある。出演者だけでなく、その場の空気さえもが身動きを取れない。それ程までにしんとしていた。
パソコン画面の前で聞き入る視聴者達にも同じことが言えるだろう。山田が語りだす前、騒がしかったチャット欄は、数分前からピタリと止まってしまっている。
「その後東京で撮影を続け、映画は完成したのですが……実は、その中に今回起きてしまった出来事の映像が使われています。伊達監督と時世ちゃんに異変が起きた時、カメラはリハに備えてセッティングだけされていたはずでした」
次回最終回予定
明日更新目指しています




