あの日起きたこと
「古い紙か……新聞紙の、スクラップ?」
「あーいやだいやだ。どうしたらそんなもの吐き出すのよ、オレは」
どうやらここの病院についての新聞記事が切り貼りされた古い紙が、気味の悪い写真と一緒に丸められていたようでした。
伊達監督は「消毒だ」と言って、更にウイスキーを煽ります。
「まさか……」
しぃちゃんが何かに思い至ったように顔を上げると、ぽつりと呟きました。
「万桜、ポケット……もしかして、」
強張った顔で私の腿の辺りを指差したしぃちゃんを見て、彼女が何を言おうとしているか思い至り、そんな馬鹿なとパンツのポケットに手を入れました。
すると――ありません。ポケットの中は空です。
「ない、ないよ!」
病室の棚の中から持ってきたあの紙。パンツのポケットに無造作に突っ込んだはずのあの紙を、伊達監督が吐き出したということでしょうか。
「今度はなんなんだ!」
「実は私達、さっきある病室で新聞の切り抜きのようなものを拾って。ポケットに入れてたのに、なくなってるんです」
「それがオレの喉に詰まってたって言うのか?」
「私にも分からないですが……」
「本当になんなんだ、この病院は。とりあえず見てみよう」
顔を見渡し頷き合うと、伊達監督が切り抜かれた新聞や雑誌の記事を読み上げていきました。
「集団不審死……薬物……ガス……妻の死亡事故により新興カルトにハマった医院長、入院患者を大量殺害か……前日に看護婦ら12人を解雇……中には脅され協力した者も……なんてことだ。こりゃ完全にいわくつきじゃねえか」
「知らずにこの病院選んだのか?」
「ああ。知ってたら流石に選ばん」
スクラップ記事によると、この病院の医院長は奥様を交通事故で亡くした後、とある新興宗教に心酔してしまったのだそうです。宗教活動の中で洗脳されてしまったのか、次第に医者としての業務は疎かになっていきました。
病室で弥生さんの中にいた何者かが発した「――様」、というのが信仰の対象なのでしょう。そして「――様」に捧げものをして願いを叶えるため、ここにいた患者達を殺害した。と、被告人の供述を元に記事が書かれたようでした。
「いわくつきっつったって、お祓いだのなんだの済んでるから貸してくれたんじゃないのか?」
「貸してくれたというか……」
「伊達監督、何か隠してます?」
「い、いや、隠すと言う程では」
何かを言い淀む伊達監督に、しぃちゃんは目敏く反応し問い質しました。伊達監督の目が泳ぎ、その表情はしぃちゃんからの質問を肯定しているようなものです。
「……実は、SNSで今回の映画についてちらっと喋ったんだよ。岡山の廃病院を撮影に使いたいって」
「もう嫌な予感しかしないな」
伊達監督は気まずそうに頬をかき、こう続けました。
「そしたら病室の所有者を名乗る人物から匿名で、手紙と地図とここの鍵が送られてきたんだよ。で。騙されてないか確認するため、先に一人で来てみたんだが、普通に入れちゃったもんで……広いし、丁度良いかなーって」
もちろん出演陣だけでなく、スタッフからもブーイングが上がりました。まさか匿名の方からの情報だけで撮影場所を決めたとは思わなかったのです。
「伊達くん。昨日夜中に病院向かうこと、許可取ったとか言ってなかったか?」
「そうだよなあ……オレ、許可取ったって言ったんだよなあ」
伊達監督も昨晩の夕食会場で起きた出来事について、記憶が曖昧なようでした。
「そもそも『夜中に病院へ入る許可』なんて、なんで取ったのかすら分かんねえんだよなあ」
そう不思議そうにしているので、私達はもう何も言うことが出来ませんでした。
「今回は分からんことだらけだ。これ以上ここに残って撮影することは出来ねえな」
「そうだな。やっと同意出来ることを嬉しく思うよ」
残念そうな伊達監督に、野田監督がそう返すと、内心早くこの場を離れたかったであろう面々がホッと安心の表情を見せました。
実を言うと、私もこれ以上何かが起これば耐えられないかもしれない……と考えていたところでした。怖がりの松井、覚えてますか? 前日の夕食会でおかしくなってしまった、メイクの子です。あの子なんかもうずっと泣いていましたしね。帰りの車内でも泣き止まなくて大変でした。
しばらくして救急車が到着しました。電話では一時間かかると伺っていましたが、それよりも少し早く来てくださりました。
あんな出来事があったというのにいつもと変わらない伊達監督と時世ちゃんを見送ると、残った私達も撤収し、ホテルに戻ることとなりました。
来た時と同様帰りも交通手段はそれぞれ自由です。まだ撮影が残っているので東京ですぐに会えるのですが、キャストやスタッフとはホテルで一旦お別れとなります。
そんなこともあり、しぃちゃんとロビーで談笑していたときのことです。
更新遅くなりました!
また来ていただけて嬉しいです。




