喉の奥から
野田監督は共演者達に抱き起こされた伊達監督を後ろから抱え、鳩尾の下に手を回し体を引き上げました。何度か繰り返すと伊達監督の喉から、ころん、と何かが落ちました。それと同時にゴホゴホとむせた伊達監督は、喉に手を当て青い顔のまま数回深呼吸をしています。
「伊達くん! 大丈夫か? 今どこにいるか分かるか?」
「はあ、死ぬかと思った……大丈夫、大丈夫だ!」
一安心とはいきません。すぐ近くから何か恐ろしい気配を感じて、反射的にそちらを見ます。あまりの恐ろしさにもう、叫ぶことも出来ません。
いつの間にか立ち上がっていた時世ちゃんと、数名のスタッフ達が私を見下ろし、指差すのです。またあの恐ろしい笑みを浮かべて。目を見開き、奥歯が見えるほど口角を上げて。そして一歩、二歩と私に近付いてきます。
「万桜っ!」
しぃちゃんの叫び声が聞こえたのと、ほぼ同時だったと思います。時世ちゃんの体から急にふっと力が抜け、その場に崩れ落ちました。他のスタッフ達も意識を取り戻したのか、キョロキョロと辺りを見渡しています。
「万桜! 時世ちゃん!」
「宇良霧さん! おい、意識あるか?」
時世ちゃんはゆっくり目を開けると、顔を覗き込んでいた私の目が合い数度瞬きをしました。目は赤くなったままでしたが、その表情はいつもの可愛らしい時世ちゃんでした。
「大丈夫? 痛くない?」
彼女はこくんと頷き、体を起き上がらせました。
他の演者や監督たちも駆け寄ります。
「宇良霧さん、君ね、目が内出血して、口から血が出ている。今までこういったことは?」
時世ちゃんは首を横に振りました。彼女はポケットからメモ帳とペンを取り出します。
――怪我の治りは早い方なので問題ないです
「さすがにこのまま撮影は出来ない」
――本当に問題ないです 30分だけ休憩をください
「30分でどうこうなることじゃ」
「救急車、連絡つきました! 一時間かかります!」
「一時間!?」
野田監督が電話を代わり、改めて状況を伝え待っている間の対処法を聞いていました。
この後はもちろん撮影を中断。時世ちゃんと、伊達監督も念の為病院に行くこととなりました。
救急車を待つ間のことです。
時世ちゃんの事は心配でしたし、不気味には違いありませんでした。ですが本人がケロッとしていましたし、彼女はスタッフ数名と別の部屋で安静にしていました。なので残った私達も幾分か気が抜けていたんだと思います。
「そういえば伊達くん、君一体喉に何詰まらせてたの? なんか食べてたっけ」
「やー、いつものウイスキーくらいしか口にしてた記憶ないんだけどね」
「どっか落ちてるんじゃないですか?」
そうだそうだと、全員が自分の足元に目をやりました。すると例の写真を見ていた台の付近に直径三センチ程の玉のようなものが転がっているのを誰かが見つけました。
「これですか?」
床は撮影のため、前もって清掃されています。映り込みや、物を踏んでの転倒を防ぐためです。ですから落ちていた直径三センチ程の玉は、伊達監督が吐き出したものに違いないでしょう。
野田監督はそれを受け取ると「なんだこれ……」と呟き、まじまじと観察しました。
「紙……か?」
私も近くへ行きました。紙がくしゃくしゃに丸められたもの――そんなふうに見えました。
「伊達くん、台本食ったのか?」
「食うわけないでしょ!」
監督同士の軽快なやり取りに笑いが起き、その場の雰囲気としては「まったく、伊達監督何食べてるんだよ」と愉快に吐き出した物が何なのかを気にしている感じでした。
「なんだろうなこれ」
そう言いながら丸まった紙のようなものを慎重に開いていった野田監督の表情が次第に強張っていきました。
「なん、で」
「なになに……っ、え、な……」
野田監督が震える声を絞り出し、手元を覗き混んだ伊達監督も顔を青くして言葉を詰まらせました。
冗談とは思えない二人の様子に引っ張られるように、和気藹々としていた雰囲気は一変、水を打ったように静まり返ります。
ほとんど全員が「はやく中身を教えてほしい」と思っていたに違いありません。
監督のどちらかが次に何と言うのか、固唾を飲んで見守りました。
「写真だ……あの、集合写真……」
伊達監督はそう言うと、野田監督の手からぐしゃぐしゃの紙を引き抜きこちらに見せました。
小さなどよめきから、叫び声に近いものまで……私達は動揺を抑えきれませんでした。
伊達監督がこちらに広げたのは、紛れもなくあの集合写真です。何枚かあった内の一枚がぎゅっと丸められていたようでした。
他の写真とは違い、周りのエキストラだけでなく、伊達監督までもが不気味な笑みを浮かべています。
「なんで、こんなものが……」
「これ、写真の他にも何か」
写真と一緒に何かが丸められていたようでした。
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