二人の異変
七人しかいなかった。だとすると、私がエキストラだと思っていたもののほとんどが生きた人間ではない。そうなってしまいます。
「でも、すごくはっきり見えて……」
「言うのよ。“波長が合うと生きているように視える”って」
「波長……」
しぃちゃんが言うには、魂の波長が合うことによって人間と違いなく明確に視認できるのだそうです。
「やっぱり撮り直しだねえ」
「逆に心霊写真出しても面白いんじゃねえか?」
監督たちとスタッフの方々が、写真について話し合いをしている時でした。
「宇良霧さん! 宇良霧さんっ!!」
突如どこかから複数人の叫び声が上がり、スタンバイ中の時世ちゃんを呼ぶ鬼気迫る声が響きます。
何事かと、写真に注目していた全員が振り向きました。
時世ちゃんが床に伏していました。
慌てて駆け寄ろうとしたその時でした。パン! と何かが弾ける音がして機材の照明が落ちてしまったのです。
「嘘だろ? おい、みんなそこから動くなよ!」
伊達さんが動揺した声で指示をしました。機材スタッフにいくつか指示をしていましたが、しばらく明かりは戻りません。何分電気も通っていない部屋です。真っ暗で何も見えない静寂が、何時間にも思えました。その間私はしぃちゃんの腕を握ることしか出来ず、早く明るくしてくれと祈っていました。
祈りが通じたのかやっとのことで明るくなると、先程時世ちゃんがいた場所には彼女の名前を叫んでいたスタッフしかいません。一瞬の間の後、しぃちゃんが私を見て叫びました。それにつられた他の方々も私を見て叫びます。正確には、私の手元を。
しぃちゃんの姿を確認して、私は背筋が凍りました。しぃちゃんが私の横にいなかったからです。では私が『しぃちゃんの腕』だと思い握っていたものは何なのか。
体が緊張で強ばり、手の力を緩めることも叶いません。
恐る恐る目線を下に下げました。すると、私は、握って、いえ。締めていました。時世ちゃんの首を――目を見開きにんまりとあの笑みを浮かべる時世ちゃんの、細い首を締めていたのです。
「キャアアアアッ」
体の底からぶわっと恐怖がせり上がってきて、叫ばずにはいられませんでした。叫んだ拍子に手が離れます。時世ちゃんは両手を広げ膝立ちになると、腰を後ろに曲げ体を反らせます。頭が床に付きそうな程でした。
この時、私からは時世ちゃんの顔が見えていませんでした。なので後から聞いたのですが、弥生さんの時のように時世ちゃんは口をパクパクさせたんだそうです。しかし時世ちゃんは発声が出来ません。何度か口を開閉させた後、みるみる内に恐ろしい笑顔から憤怒の表情へと変わっていった、と言っていました。
カクカクとした動きでどんどん体を反らしていき、頭が足の下をくぐると、人間離れした体勢になり、そこらじゅうから悲鳴が聞こえます。何より恐ろしかったのは、足の間から出した顔がこちらを血走った目で見上げていることでした。
ぎぃ、と歯を食いしばり、眉を釣り上げています。やはり首筋には血管が太く浮かび、顔が徐々に赤くなっていきます。
部屋のあちこちからパチパチと何かが弾ける音が断続的に聞こえてきていました。
様子のおかしい時世ちゃんと対峙すること数秒だったでしょうか。力んだ時世ちゃんの目が血を塗ったように赤くなり、無理に声を出そうとしているのか食いしばる歯の隙間から血が流れ出しました。
「血か? 嘘だろ……救急車だ! 救急車呼べっ」
伊達監督はそう叫んだかと思うと、うっと声をつまらせその場に蹲りました。
「う、ぐぅぅ」
「なっ! 伊達くん!」
伊達監督が倒れ、近くにいた野田監督の慌てる声が聞こえました。
苦しげなくぐもったうめき声を漏らしながら、床に倒れもがいているのです。しきりに首を掻くような仕草をしていました。
「伊達くんっ! なんだこれ……」
「監督っ! しっかりしてください!」
伊達監督はいつもお酒を常備していて、先程もお水のように自前のウイスキーを飲んでいました。普通ならばそのお酒の影響が真っ先に頭を過りますが、今回は立て続けにおかしなことが起きていますからそうはいきません。
伊達監督の顔は徐々に青くなっていき、喉からヒューヒューと僅かに空気の通り抜ける音がしていました。やがてじたばたと藻掻く手足も、段々と力なく弱々しい動きになっていき、ヒューヒューという音もしなくなったのです。
「おい、息、息してねえぞ!」
「救急車連絡ついたのか!? まだかっ」
こちらでは口から血を流す時世ちゃんが、あちらでは倒れた伊達監督が。一つの部屋で色んな事が起こり全員がパニック寸前だったと思います。
「喉、何か詰まらせたんじゃ……」
「そ、そうか! だから首を」
「だめだ、電話が繋がらないっ! 電波が入らない!」
「もういい、吐き出させるぞ! 起こすの手伝え!」
大きな声があちこちで飛び交っていました。
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次回更新時もお会い出来たら嬉しいです。




