30:浄化魔法と縋る策
「聖なる光、闇に飲まれた邪に再び光を照らせ」
短さから察するに、初級の浄化魔法か。
彼女の指先に小さな光が灯り、それがふよふよとミリアの周囲を舞う。
「これが初級ね。できそう?」
「うん」
「返事をすると同時に無詠唱発動とか勘弁してくれる…?」
「大丈夫、君の努力は理解している」
物語上のミリアは回復魔法しか使えなかった。
初級とはいえ浄化魔法が使えるようになっていること自体、彼女もまた本来の物語から逸れているということだ。
「まあ、私も回復魔法以外をこうして学ぶなんて思っていなかったから」
「勉強嫌いだもんね」
「そうよ。貴方と一緒でね。でも、このままじゃいられないの。私だって、できることをやらないといけないなって、あの子の背中を見て思えたのよ」
「あの子?」
「勇者様…この場では「アリアちゃん」という方がふさわしいかしら」
ウェクリアでの出来事を思い出すように、ミリアは静かに瞳を閉じる。
ゆっくりと深呼吸を行った彼女は、そのまま言葉を紡ぎ出した。
「貴方、私に言ったでしょう?」
「何かなぁ」
「…「アリアは、普通の女の子だ」って」
そんなことを言ったか、記憶の中を必死に探ってみる。
…うん!申し訳ないが忘れているようだ!すまないね、ミリア!
けれどここで水を差すほど私も無粋ではない。
覚えている素振りで、彼女の話に耳を傾けた。
「おかしいわよね。あの子だって勇者になったのはつい最近で、今まで普通の…貴族のご令嬢。けれど私はあの子を「勇者」としてしか見ていなかった」
「戦えるのは当たり前、聖剣を抜けるのは当たり前。魔王に立ち向かうのも、当たり前って?」
「申し訳ないけれど、そんな感じ。けれど貴方の言葉で私をあの子を、一人の女の子としてみるようになった。そこは感謝をしているわ、ノワ」
「どういたしまして、ということで受け取っておこう」
「同時にね、私は彼女を支えなければいけない、守らないといけない存在だと思ったわ。けれど知っての通り、私には戦闘経験がほとんどない」
そうは言うけれど、彼女は完全に支援型へと振り切っている。
戦闘はエミリーやパシフィカがいるんだからそっちに任せたらいいじゃないか。
なんて、言うのも…これまた無粋なのかもな。
「やっと、支援という形で戦闘に携われるようになったけれど、まだまだ」
「支援魔法も覚えたの?」
「ええ。身体を軽くする魔法とか、打撃の威力を倍にする魔法とか…エミリーの話だと、覚える使い手はいないなんて言われている魔法だけど、いつか役に立つかもしれないから」
全部初級魔法だけれど、それでも彼女にとっては大きな一歩には違いないだろう。
ミリアが積極的に覚えている魔法の大半は、私とエミリーにとっては未知のものに相当する・
それに、支援魔法は魔法使いには縁がない代物だが、それ以外には有用な代物だ。
アリアやパシフィカのように武器を使う存在であれば、支援魔法で得る追加火力は喉から手が出るほど欲しい代物だ。
「絶対役に立つから、上級まで極めて」
「貴方は、使えるの?」
「使えるけど、アリアに支援魔法をかける暇があるなら、私が魔法をぶっ放す」
「そういうところあるわよね。けれど、本当に役に立つのかしら」
なるほど。彼女としては身近な魔法使いに「誰も覚えない」なんて言われた魔法を覚えるのに意味があるか、悩んでいたりするのかもしれないな。
確かに私も習得する魔法に悩んだことは何度もある。
これは必要だろうかと考えた事もある。
ここは賢者として…同じように悩んだ魔法使いとして、為になるアドバイスでもしておこう。
「少なくとも身近な人物だと、アリアとパシフィカとか、武器を使って戦う面々は喜ぶよ。上級支援魔法で得られる攻撃力は倍以上だからね。極めたら私やエミリーとは違う形の術者になれると思う」
「そう、なら…頑張ってみるわ」
「ん。頑張れ」
「たまに。たまに、合流した時だけでいいから!…ちゃんと魔法、使えているか見てほしいのだけれど」
「…エミリーでよくね?」
これは、正直な気持ち。
頼られて嬉しいという気持ちはあるけれども、やはり私たちは別々の行動をしている訳なのだ。
それならば、身近な魔法使いにアドバイスを得た方が彼女の為になるはずなのに。
「あ、貴方は支援魔法、使える口ぶりだったじゃない」
「まあね」
「エミリーは覚える気がなかったみたいで、その手の魔法は使えないみたいなのよ」
「あー…」
「だから、アドバイスを請うなら貴方かなと思ったのよ」
「まあ、そうだね。私、攻撃魔法とか普通に使えるけど、実際得意なのは支援とか回復なんだ。だから、教えられることは多いかもしれないけれど…」
「…初耳よ」
「今初めて言ったからね」
ノワとしてはどれも水準以上ではあるのだが、一咲としての能力が足されている今、一咲として得意だった魔法———支援魔法が突出して得意になっている状態だったりする。
だから、ミリアの要望を叶えるのには最適な存在をしていると自負しているのだが…。
「でも、本当に私でいいの?」
「私の先生は貴方であってほしい。そう思ったから、貴方に提案を持ちかけているのよ」
「それは…まあ、期待に添えるように、頑張ります」
「お願いしますね、ノワ先生?」
うっ…さっきからかい交じりで言った先生呼びをここぞとばかりにしてきた。
まあ、いいか…馬鹿にされているわけではないし。
「じゃあ、続きをしようか。中級浄化魔法を先に見せて貰えるかな」
「ええ。もちろん。その後は支援魔法の確認ね」
「了解。じゃあ、初めて貰おうか」
それから私はミリアの魔法を確認しながら、ふと考える。
この世界の法則から考えるに、魔法の類いが使えるってことはミリアも何らかの混ざり者なんだよな。
彼女は孤児。そのルーツを辿ることはその気になればできるけれど…彼女が望まない限り、勝手にすることはない。
個人に関わる話だ。無断で行えば、こうして得ている彼女からの信頼も一気に瓦解してしまう。
本来のノワならば、それは願ったり叶ったりだろう。
元々のミリアは神父殺しを行った私に強い恨みを抱いて、殺しにかかってくるような子だから。
けれど、私としては…今のこの関係の方が、とても心地いいから。
「…本当に、すぐに使いこなしてくるわね」
「そういう性質なもので」
中級浄化魔法と上級浄化魔法を見せて貰った後、私はそれらを問題なく使用できるようになっているか確認しておく。
うん。問題ない。これでいつでもリラ戦に挑める。
やはり混血でも…殺せるのは聖剣だけになるのだろうか。
その場合———「奴ら」の存在が異常なのだが…。教会関係者として、ミリアは何か知っていたりはしないだろうか。
「ねえ、ミリア」
「なにかしら」
「参考までに君たち教会に属しているええっと、エクソシストだったかな。そいつらがどう悪魔退治をしているか知っている?」
「基本的に聖水ぶっかけ。神の加護がある代物だから、悪魔に効くのよ。聖剣以外ではこれが有効策ね。「追い払う」までしか聞かないけれど」
「一応殺せるの?」
「…おそらく、殺せるわ」
「微妙な言い回しだね」
「流石に殺せる量を持ち歩けるわけじゃないから」
「現実的な話だった…」
「怪我の治りを遅らせること以上に何かできるかまではわかっていないのよ」
「探究心がない。飲ませるぐらいしたらいいのに」
「その状況に至るまでに何人死ぬと思っているのよ…貴方ほどの魔法使いがどこにでもポンポン湧いているわけじゃないのよ」
それはそうか。だからアリアの聖剣が唯一扱いされているわけだし…。
それに、混血の実力はわからないけれど、純血悪魔のベリアは妹と一緒に戦闘経験のある水さんと舞園を打ち負かしているのだ。
…その後、師匠に蹂躙された事からは目を逸らすけれど、あの二人は生前の師匠についていた時代では負け無しだったと聞いている。
私は彼女と正面からやり合った訳ではない。だから今も憶測でしか語れないけれど、純血の悪魔という存在は、今後もかなり厄介な存在になってくるだろう。
…師匠の予言も含め、三章のシフォル戦が懸念材料となっている今。増やせるなら手札は増やしておくべきだろう。
聖剣以外の有効策があるのならば、それに縋ってみるのも、ありかもしれないな。




