25:生かす魔法と失われた魔法
食事を終え、部屋に戻った私は静かに考える。
冷静に考えると、なんでこの宿屋には部屋風呂という概念があるのだろうか。
まさか…その、そういうことを!?
「いやぁ。ミドガルは温泉街としての側面もあるから水が使い放題で助かるよねぇ。って、アリア。どうしたの?」
「…なんでもない」
「お風呂に入る前からのぼせたような感じ。具合でも悪いの?」
「そ、そんなことはないから!先にお風呂に!」
「何言ってんの。一緒に入るんだよ」
「え…?」
「えってなにさ。スメイラワースでも入ったのに」
「だっ、だって…「せじゅつ」とかいうの、するんでしょう?」
「うん。君の魔力の流れをきちんと作り出す施術をね」
「…怖くない、よね?」
ふと、指先が震えていた。
無自覚なそれを隠すように、反対側の手で覆えば———異変に気がついたノワが私の手を取る。
「震えている。怖い?課程をあらかじめ説明した方が…」
「大丈夫、だから」
「大丈夫に見えないから、私は聞きたいんだ。何か不安なことがある?」
「…元から、なんだ。アリアとしてじゃない。これは、永羽としての問題」
施術、治療…何もかも、正直怖い。
永羽として限りある世界に存在していた怖いことが、アリアとして広い世界の中にある怖いことを知った今も、怖い。
治ることはいいことなはずなのに、それに伴う「痛み」に耐えられないのだ。
だから、治療と言うよりは…「痛み」が怖いのかもしれない。
激痛を毎日味わっている身だったから。それを感じなくなった今、再び味わうのがとても、怖い。
「怖くないし、痛くないよ。大丈夫」
「…」
「私がちゃんとする。失敗しないように、頑張るから。だから、任せてほしい」
後ろから私を抱き留めて、耳元でそっと、優しい声で励ましてくれる。
思えば、彼女も少しだけ震えている。
今からやることは、彼女ほどの魔法使いでも大変な事なのかもしれない。
それでも、私の為に頑張ると言ってくれるのだ。
私が逃げて、どうするんだ。
「…ありがとう。私も、頑張るよ」
「うん。じゃあとりあえず服を脱いで貰おうか。てか、お風呂が望ましい」
「なんで?」
「まあまあ、とりあえずそれは湯船に浸かった後にでも」
いい空気だと思ったが、やはりお風呂でしかできないらしい。
…私は一体、何をさせられるのだろうか。
・・
一通り身体を洗い終え、湯船に浸かった私はノワに背を向けていた。
「…なんで、三面鏡張り」
「魔法で生成した。何が起きているかわかった方が、安心だろうから」
「う、うん…でも、これはこれで、なんだか恥ずかしい」
「慣れて。これは今日限りじゃない。できるだけ毎日行うことだから」
「…努力する」
真剣な声音で告げているあたり、彼女も遊び半分で鏡を張っているわけではないらしい。
それにもう、そんな余裕はないらしい。
「それじゃあ、始めるよ。背中に触れるから、何かあったらすぐに声をかけて」
「お、お願いします」
彼女の手に光が灯り、それを私の背中にゆっくり当ててくれる。
触れた瞬間、心臓がはねた感覚を覚えた。
「なっ…」
「お風呂でやるのは、純粋に気持ちが落ち着くことを期待していることもあるけれど、魔力は血管を通る。少しでも広げて、流れやすくする目的もあるんだ」
「ん…」
「魔力は水みたいなものでね。本来なら蛇口を捻れば水が出来るように、魔力を活性化させることで能力が使えるようになる」
「…活性化」
「本来なら血と共に巡る魔力は外に出さない限りは常に体内を流れ続けるものなんだ。血液と同じだね」
「魔力と血は、混ざっているの?」
「道中は。だけど、循環器は異なるよ。血液は心臓を経由するけれど、魔力は心臓付近に存在する魔力生成器官を経由して身体を巡るんだ」
「な、なるほど…?」
不思議そうな声を出したからだろうか。
ノワが気を遣って、私の胸元に小さな光を出してくれる。
赤い光と、青い光。
図書館を発つ前に見た光と同じようなもの。
今回、それは体内を巡ることは無く…同じ場所に重なって見えていた。
心臓付近に存在するようだが…。
「赤い光が心臓。青い光が魔力貯蔵器官だね。魔法使いや能力者に備わっているもう一つの臓器だ」
「こんなに近いんだ」
「そう。魔力貯蔵器官の容量っていうのは人それぞれでね。貯蔵しすぎると器官が膨れて、心臓を圧迫してしまうんだ」
「…ため込みすぎるのもよくないんだね」
「そういうこと。だから気をつけてね」
赤と青の光は消えて、背中の光だけが私の身体を灯し続ける。
最初はびっくりしたけれど、だんだん気持ちよくなってきて…つい、眠気を覚えてしまう。
「今、私がしていることは、君が持つ流れの悪い魔力をほぐす。それから私の魔力に触れさせることで活性と非活性の違いを…あれ?」
「あ、ごめん。うとうとしてた」
「ありゃ。こんな弊害が。けど、成功していたようで安心したよ。今日の分はもう少しで終わるから」
「ふわぁ…」
「寝ちゃっていいよ。後でちゃんと運んでおくからさ」
「ん…」
身体から力が抜ける感覚と、異なる熱に抱き留められる感覚を覚えた後、私の意識は遠のいていく。
湯船より柔らかくて暖かいぬくもりは、私を優しく包み込んでくれた。
・・
小さな頭が私の胸の中に収まってくる。
どうやら、眠ってしまったらしい。
「…ふう、一応成功したのかな」
念のため、魔力の流れを確認しておく。
私たちほどではないけれど、やる前よりは改善されている気がする。
けれど、これは一時的なものだ。
継続して行わなければ、彼女はまた前世と同じ道を辿る。
けれど…この施術はかなりの集中力を使うらしい。
湯あたりって訳ではなさそうだ。
慣れで解決する問題だといいけれど。
「…ピニャとか言ったっけ。育てれば、私が倒れた後も任せられるかな」
「ピャ…(主付きのリーダークラスになれば…)」
「ぴにゃぁぁぁ!(楽勝!)」
「ごめん。なに言ってんのかわからない」
「「ピニャ!?(なんでわかんないの!?)」」
雛鳥の抗議を無視して、アリアの身体を抱き上げる。
魔法で自分の身体を少しだけ浮かせて、床で滑るリスクを回避。
それから魔法で身体の水気を飛ばし、それから魔法で衣服を着用させる。
「…師匠の記憶って便利〜」
これも何もかも、師匠に植え付けられた記憶にあった魔法だ。
勿論、自分の名誉にも関わる話だから言っておくけれど、普通の魔法使いはこれを普通の人間通りに行う。
けれど、あの師匠は自分で着替えすら行わないのだ。全部魔法任せ。
これだから仕事主義のズボラは…。
「正直ドン引きだけど、今回ばかりは助かった」
そもそも普通の魔法使いは、魔法を日常生活で使用しようとは考えない。
元々魔法というのは攻撃性の高いものばかりなのだ。
能力の調整が非常に難しいこともあって、誰もしようだなんて発想に至らない。
水を飛ばした「蒸発魔法」
服を着せた「念力魔法」
単純そうなことでも、調整を間違えば身体から全ての水分を抜いてしまうかもしれないし、服で首を絞めてしまうかもしれない。
けれど師匠はそれを成し遂げた。魔法を生活に溶け込ませたのだ。
「けど、生活での魔法って総じて「失われた魔法」なんだよね」
この世界でも、生活に魔法を使用するということは一切ない。
料理のおたまだって自分で握る世界だったりする。
もちろん、魔法学校でも同様だ。
そう思うとファンタジー味がないけれど…。
「ふわぁ…」
色々考え事をしたいけれど、私も慣れないことをした結果か。
もう眠い。起きているのはだるい。
「よいしょっと」
さりげなくアリアの隣に寝そべって、二人で同じ布団の中に入り込む。
それから私も目を閉じて、明日のことを考えようとしたが…考える前に、疲れが勝って眠りへと落ちてしまった。




