24:見覚えのある食事と目標を
今度の宿屋は食堂が併設されているらしい。
良くも悪くも、前世で言うところの「旅館」を連想とさせるその空間で、私たちは揃って頭を抱えていた。
「こ、これは…!」
「あれ、だよね…あれ。私的にはその、久しぶり…なんだけども」
何というか、内なる感情がこの食事を拒絶しているのだ。
それは私だけではなくノワも同じ。
…正確には、永羽と一咲として拒絶しているのだと思う。
なんせ、現在進行形で私たちの前に提供されている食事は…!
「ご飯、味噌汁、なんかの野菜…!」
「魚の煮物に、何故か添えられている牛乳!」
「「まさしく!これは!病院食!」」
まさかこんなところでもう一度この食事に巡り会うことができるだなんて…。もう一生会いたくなかった。
いやここ一応西洋風の世界だと思うのだけれど!
「いやはや、曾お婆ちゃんは何を考えて西洋風の世界に遊郭を作り出し、トドメに宿屋の食事をこれにするわけ?理解できない。世界観ぐらい統一してほしい」
「こればかりは…うん。旅をしている雰囲気はあるけど…やっぱりやだ…」
「おや、嬢ちゃんたち。これは病院食じゃなくて給食っていうんだぞ」
「ここの名物よ〜」
ふと、通りすがりの人から指摘をされる。
これは病院食ではなくて給食らしい。
ますます意味がわからなくなってきた。
「ノワ…給食って何?」
「学校が用意してくれるご飯だよ。食べたことないの?」
「私、産まれてからずっと病院だから…」
「そっか。私は食べられた時期が少しだけ。好きなものから嫌いなものまで、食べたことないような食事も提供されてさ。たまにデザートとかでてきたんだよ。七夕ゼリーとか」
「へぇ。そんなものが…なんか、絵本に出てくる魔法のお菓子屋さんとかに出てきそう」
「…私が食べた物は着色料で色をつけた三食の味なしゼリーを積み重ねただけとか言いにくいな…」
「どうしたの?」
「なんでもない…」
「給食ってきっと楽しいのね」
「でも、給食って凄く大変だよ。残さず食べろとか、昼休みになる前に食い終われとか言われるんだ。ルールがガチガチでさ、味わって食べる余裕とかないし、食べたくないものは食べたくないし」
「もう。好き嫌いはよくないよ。大きくなれないから」
「もう死んだ後の話だし、今は好き嫌いなく食べているから、こんなに成長したしね」
「ソウダネ。オオキクセイチョウシタネ」
ノワは生きるのに必死だった側の人だから、好き嫌いとか言っている場合でもなかったのだろう。
けれど、それにしては色々と大きくなりすぎた。身長も体格もなにもかも!
本当に、羨ましいったらありゃしない…。
年齢が離れているとはいえ、私はちんちくりん側にいるというのに…。
「そういうアリアはちゃんと好き嫌いなく食べているのかな?」
「うっ…」
「あるんだぁ」
からかうようにニマニマと嫌らしい表情を浮かべている彼女を軽く睨みつつ、私は一応白状しておく。
けれど、私だってからかわれてばかりというわけにはいかない。
「私、実は…にんじんが苦手なの」
「うっそ、超かわいい。ほら、お食べ?」
「さりげなく自分のお皿に残っていたにんじんを私のお皿に乗せないでくれる?」
「これも成長のためだよ」
「好き嫌いがないとか言っていたけれど、貴方が嫌いなものだったりしないわよね?」
一瞬だけ、ノワの身体が跳ねる。
まるで図星だと言わんばかりの冷や汗と、小さな震え。
視線も若干ズレている。
…一咲ちゃん時代の苦手な食べ物がにんじんだということは知ってはいたけれど、まさか今も苦手だったとは。
「そんなことないってば。ほら、おた…」
「んっ…これじゃあ騙した意味がないじゃない」
「えぇ?!騙したの?」
「少しからかおうかなって。本当はにんじん好きなんだよね。我が家でいっぱい育てているから」
「そんなぁ」
予想外の形に落ち着いたが、彼女をからかうという目的は達成されたらしい。
してやったりな笑みを浮かべてみると、少しだけ悔しそうに。
それでいて楽しそうに、ノワも笑ってくれていた。
「騙されたや」
「その気でやったもの。上手くいってよかったわ」
「酷いなぁ。まるで「まんじゅうこわい」だ」
「にんじんが怖いのは貴方でしょう?」
「言えてるかも」
「全く。好き嫌いを治せとはいわないけど、少しは食べた方がいいわ。栄養はきちんと摂取できるときに摂取する!旅の鉄則よ!」
いつ、どこできちんと食事ができるのかわからない環境だ。
食べられるときに、摂れるときにきちんと色々なものを摂取しておくべきだと、この数ヶ月で何度も感じさせられた。
だから、できる限り彼女にはきちんと栄養を摂って、安全かつ健康的な旅を一緒に送ってほしい。
けれど、好き嫌いはそう簡単に解消できるものではない。
だからこれは、妥協だ。
「にんじん、ちゃんと食べて」
「えぇ…!?」
「栄養の為!一口でもいいから、ね?残りは、食べてあげるから」
「マジで?」
「うん。でも一口ぐらいはちゃんと食べてね?」
「んー…本当は嫌だけれど、君の頼みなら、少しは頑張るよ」
「全力で、頑張って」
「えぇ…まあ、うん。頑張る。あ、でも」
「?」
「アリアが食べさせてくれたらありかも」
「わがまま!」
「ぐぼぁ!」
指で掴んだにんじんを、彼女の口へ勢いよく押し込んだ。
一瞬だけ青ざめた表情を浮かべた彼女は仕方なくにんじんを受け入れて、一口大のそれを嫌そうに咀嚼する。
それを飲み込んで、牛乳で流し込めば一仕事おしまい。
「ちゃんと食べられた。ぶい」
「ちゃんとたべられてえらいね、ノワ!」
「ぐっ!なんだろう!アリアに褒められるご褒美のはずなのに!全然心に響かないどころか、逆に心を抉ってくる!」
「そりゃあ子供扱いしているもの。嫌いなものを食べた。そんなことで「褒めて!」なんていう人はお子様だと思うの」
「うっ…!正論!」
それ以降は二人、大人しく、行儀よく食事を摂っていく。
久々のお米と味噌汁。懐かしいその味は、ここが西洋と見せかけた「西洋風」なんだなと感じさせてくる。
「そういえば、アリア。金銭的な余裕はどれぐらい?」
「まだ潤沢と言えば潤沢だけど、オヴィロに行った時に余裕を持ちたいから、何かの依頼を受けて日銭を稼いでおきたいところかしら。どうして?」
「いや、聖剣の訓練にもちょうどいいかなって思っていたのもあるんだけどさ…」
ノワが指をさした先にいるのは、いい生地を使っていそうな服を身に纏っている夫婦。
その夫婦の前には一番お安い定番給食ではなく、豪華な———それこそ旅館の食事として出てきてそうなしっかりとした料理が並べられていた。
「これさ、料金はかなりかかるけど、食事グレードを上げたら懐石料理に進化するっぽいんだよね。最終日だけでもいいから贅沢したくない?」
「ごくり…」
広告でしか見たことないような、豪華な料理。
真っ赤なエビに、この世界に存在したことすら驚きのお刺身と醤油。
如何にも高そうな食事たちが…前世では諦めることしかできなかった食事を…ちょっとお金を足すことで食べられる…?
そう考えただけで、現在食事をしているのに何故かお腹が鳴り出した。
「訓練と日銭稼ぎは一緒にできるぜ…?」
「最終日だけ。問題を解決できているであろう最終日だけ!それなら贅沢したって怒られないと思うの!」
「だよねぇ!じゃあ、最上級コースを目指して!二人で一リグルド聖貨を稼ごうか…!」
「一ヶ月で到底稼げる額じゃないと思うし、なんなら二人分の懐石料理を毎日頼んだとしても、おつりが余裕で帰ってくる額なんだけど?」
「それぐらい稼ぐレベルに戦わないと、聖剣は上手く扱えないし「それ」だって同様ってこと。目標金額は1リグルド聖貨。それぐらい稼げれば、君は十分強くなれているはずだ!」
一ヶ月で1リグルド聖貨。
その道のりは困難を極めていると思うけれど、それぐらいやらなければヴェルどころかリラも相手取ることができないと言うこと。
…やるしかない、よね。
「わかったわ」
「よろしい。でも今日は休もうね。それと、お風呂で施術をするからよろしくね」
「…せじゅつ?」
ノワの手がぼんやりと光を帯びる。
勿論彼女の顔も、悪いことを考えているような顔だった。
…この後の不穏な気配に、私は静かに息をのんだ。




