21:もう一度、旅立つ前に
その後、私たちは時雨さんの部屋に戻ってみる。
するとそこには、足がひっついた水さんがやってきていた。
「時雨ちゃん、くすぐったいよ!」
「いえ、幽霊とはいえきちんとくっついているかこの目で確認する必要があります。せめて治りたての数時間だけは嫌でもニーハイやストッキングを履いて頂きたいのですが」
「ヤダ!」
「はい!時雨閣下!」
「何でしょうか、一咲さん!」
「水さんは元看護師…看護師と言えば白ストッキングだと私は提言させて頂きます!」
「そういうのは小説の世界だけだから!フィクション!私、ズボンだったし!」
逃げ回る水さんはうっかり足を滑らせて、くっついたばかりと思わしき足が外れてしまう。
どうやら足が切れてもくっつけば動くようになるらしい。
けれど、くっつくまでに時間がかかるようだ。
「二人とも!この処置、完治するまで時間がかかるんだから負担をかけないように…」
「わかっていますよ。勿論、治るまでの間、その箇所に「切れ目」が存在していることも。本来ならくっつくまで安静にしていなければなりません」
「…」
「けれど、水さんは今すぐ桜哉さんを探しに物語の世界に戻ろうとしているではないですか。安静にする気がない人間を引き留める行為に何かおかしい部分でも?」
「だって、心配だから…」
「心配なのはわかります。けれど、貴方だって満身創痍の身。多少の無理をするのなら、足に包帯を巻いた上で、それを隠せるものを着用して頂かないと。次回以降、治りが遅くなりますよ」
「…けど、暑いし蒸れるし、動きにくいし」
「我慢してください」
「破けたら、着替えるの大変だし…」
「我慢してください」
「や、破けたところを変な目線で見てくる人もいるし!」
「私は破けたパンストから出る肌、いいと思います!」
「一咲ちゃん。話がこじれるから、しっ!」
ついつい変なことを言い出す一咲ちゃんの口を塞いで、私は二人の話がきちんと着地するかきちんと見守る。
「とにかく、言うことを聞かないと強制成仏させます」
「ひっ!?二ノ宮印のお守り!それは駄目!私は強制成仏しちゃう!」
水さんはビクつきながら「わかった!わかったから!せめてタイツ!白いので!」と、謎の要求をしていた。
あのお守り、幽霊を強制成仏させる効果もあるようだ。
けれど…。
「時雨さん、野暮な事を聞いても?」
「ええ、どうしました。永羽さん」
「時雨さんはそのお守りの効果を受けていませんよね?」
「ええ。私も譲さんも地縛霊。このお守りが効くのは浮遊霊だけなので、桜哉さんももれなく効きません」
「つまり、この場でお守りが効くのは…」
「私だけ、なんだよね…。凄いのは理解できるけど、本当にそのお守りだけは厄介だよ〜…」
水さんは時雨さんから包帯と白タイツを受け取りながら、うんざりとした顔でそれを身につける。
「浄化は地縛霊以外の幽霊や呪い、悪魔や妖怪の類いに効くから。一咲ちゃん、覚えておいた方がいいよ」
「でも師匠は使えないし〜。だから術式すら知らなくて」
「浄化の術式も思いつかないのですか?」
「うん。だから私も素質がない可能性があるんだよね…」
「けれど、一咲ちゃんは模倣が結構得意だよね。譲君の記録の中にあった創造魔法も真似ることができているし…術式さえわかれば浄化魔法を再現できると思うよ」
「マジで?」
「うん。だから、作中では…ミリアさん、だったかな?彼女に魔法を教えて貰うことができれば、使えるようになる…か、と」
「可能性があるのか。ありがとう、水さん。その発想はなかったや。なんだかんだで師匠に教えを請うことにこだわりすぎていましたよ」
「いえいえ。では、私は先に物語の中に戻るね。桜哉君を見つけたら、合流するから」
水さんは慌てた足取りで小さな穴の中に入り込む。
どうやらあれが、物語の世界に戻る道のようだ。
…なぜ、出入り口が時雨さんの部屋に存在しているのか不明だけど。
「とりあえず、ここで荷物ひっくり返して師匠の誓約ネクタイ探していいですか?」
「勿論です」
「おりゃ!」
話は切り替わって、椎名さんの記憶が封じられていると噂のネクタイに移る。
どうやら一咲ちゃん…ノワの荷物に紛れ込んでいるだろうとのこと。
「うわ、マジであったよ」
「それですそれそれ」
結構あっさり見つかった。
少しボロボロになった緑色のネクタイ。
二ノ宮さんの瞳と同じ色をしたネクタイだ。
「…ぴにゃぁ!」
ちょうど、ネクタイが発見された直後に慌ててピニャたちが入り込んでくる。
その上には、椎名さんが横渡っていた。
「…時雨さん、巻いて。左腕だったよね」
「ええ。でも、貴方が…」
「私が触ったら大変な事になるだろうからね。記憶が戻る飲んであれば尚更だ」
「…わかり、ました?」
眠る椎名さんの元へ時雨さんが向かい、ネクタイを左腕に巻く。
その瞬間、彼の髪が一気に真っ白へ変化する。
「…あれ?」
「…お目覚めですか、譲さん」
「…あれ?時雨ちゃん?どうしたの、そんな泣きそうな顔をして。何かあった?」
「いいえ。目にゴミが入っただけです」
「…おかしいな。僕は」
「上手く記憶を捨てた筈なのに、戻ってきたって…?」
「…持ち帰ってきちゃったかぁ」
「そういうことです。次、捨てたらぶん殴りますんで。覚悟しておいてくださいね、師匠?」
「…肝に銘じておくよ。色々と、迷惑をかけたようだからね」
記憶を失っていた時とは大違い。振る舞いに優雅さが出たように感じる。
歩く姿は丁寧。所作の一つ一つも丁寧と言える代物だ。
「…一応、記憶がない時の記憶も残ってはいるんだ。滅茶苦茶な事になっているね」
「自業自得って奴ですよ。猛省してください」
「今回ばかりは受け入れるしかないね…水は、今どこに?」
「もう物語の世界へ向かいました。舞園さんを、探しに」
「そっか。様子だけは見ておきたかったんだけど…足は平気そう?」
「治癒魔法がかけられた包帯は巻かせましたし、足もカバーできるようにしています。大丈夫かと」
「ありがとう。二人にも迷惑をかけたね。申し訳がない」
「本当ですよ師匠、責任ぐらい果たしてから記憶飛ばしてくださいよ」
「あはは…」
「で、風邪はどうなんです?」
「もう少し寝ていたいけれど…やることがあるから」
杖を握りしめて、まずは一咲ちゃんと向き合う。
彼は一咲ちゃんの頭に杖をかざし、小さな光を生み出した。
「…永羽さんに修行をつけてあげられなかったから。僕の記録に存在した魔法の術式と、永羽さんに必要なカリキュラムを君の記憶に定着させた。想定以上に困難な旅路になった今、きっと役に立つ魔法があるはず。永羽さんの修行も頼んだよ、弟子」
「ええ、師匠。あんたの二番弟子は一番弟子よりできるところを見せてやりますよ!泥船に乗った気分で任せてください!」
「大船ね。泥船じゃ沈むから」
「ありゃ」
肝心なところで格好がつかなくて、ちょっと抜けた声を出した彼女に笑みをこぼしてしまう。
一瞬だけ、照れくさそうに…それでいて不機嫌そうに彼女の頬が膨らんでいた。
「むー…!」
「次に永羽さん。修行をつけてられなくてごめんね。後は一咲さんに頼んでおくから、彼女の言うとおりに訓練してほしい。能力者としては基礎的な物ばかりだけど、それがあれば君の力は大きく伸びるから。出来る時は訓練をこなすように心がけてほしい」
「はい」
「それと、後ろを向いてくれるかい?」
「いいですけど…」
指示通りに後ろを向いて、彼に背を向ける。
その後、杖の先端が背中に触れた。
「ひゃっ!?」
「永羽さんは大きく息を吸って。一咲さんはこれをよく見ていて」
「…師匠。何をしているんです?」
「いいかい。これが今のアリアの…永羽さんの魔力の流れだ。君の記憶に植え付けた「魔力探知」の応用だね」
「ほうほう。魔力の流れに色をつけた上で、その流れを可視化するのか。うん、できる。続けて」
私は見えないけれど、どうやら私の背中には「魔力の流れ」が浮き上がっているようだ。
一見難しそうな話をしているけれど、一咲ちゃん的には簡単な代物らしい。
「君はこれを見てどう思う?」
「道が入り組んでるね。正常な魔力の流れじゃない。それでいて、魔力が流れの中で活性化してる?これって?」
「生前の病を多少なりマシにしたものだね」
「…っ」
「…永羽ちゃんも」
「そうだね。けれど、魔力を使わないまま放置していると…アリアも永羽さんと同じ道を辿ることになる」
「…それは」
息が詰まる。
まさか、この世界でも、来世でも同じ病の事に悩まされることがあるだなんて。
…嫌だ。まだ、死にたくない。
やっと外に出歩けるようになったのに。
まだ、一咲ちゃんと再会したばかりなのに。
また、あんなもので死にたくない。
「生前の敗因は、彼女が魔力を使わない生活を送ったこと。本来ならばこの病は魔力を使い、魔力に活性と非活性を覚えさせることで改善が見込める」
「え…」
「一咲さん。君が永羽さんの魔力の流れを毎日調整してあげるんだ。忘れずに、日課として。彼女の命に関わる」
「けれど、毎日調整をした上で、永羽ちゃんに魔力を使わせる生活を送れば…」
「いつか魔力が活性と非活性を覚え、彼女の病は完治する。もう、苦しむ必要はない」
「…本当、ですか」
「勿論。一咲さんは調整を。永羽さんは魔力を使う生活を欠かさないで」
「了解です。じゃあ師匠。私も病を」
「君のは…その、なんだ」
「なに?」
「…生来忘れっぽい事も含んでいるみたいだから、覚える努力をしなさいとだけ」
「最後に根性論は格好悪いよ、ししょー!」
「我が儘を言わない」
うんざりした声と共に杖を下ろし、彼は我が儘を告げる弟子に杖を使って一定距離を保つ。
「君たちはどうするんだい?まだ残るのなら、修練場を開けるけれど」
「いや。私たちも戻るよ。やるべき事はまだあるからね」
「今日はありがとうございました」
「気にしないでくれ。色々と面倒をかけてすまないね。また何かあれば、手を貸すから…ピニャ」
「ぴー!(あるじ、このひとたち?)」
「ぴにゃ!(でも、今度からこの人たちが主…?)」
「ああ。そうだ。このピニャを預けるから、今度からピニャ経由で連絡を」
ふわふわで手のひらサイズ。
他のピニャが成鳥なら、今、私たちに預けられたピニャは幼鳥のような小ささだ。
「か、かわいい…!」
「えっ、あのデブ鳥たちの幼体?なんで?」
「通信役にもなるし、成長させれば荷物持ち、移動手段、一日一回ではあるけれど即時発動できる防御魔法に、高い攻撃力。今後の君たちのサポートにちょうどいい存在だとは思わないかい?」
椎名さんは私たちに二羽の雛鳥ピニャと、餌が入っていると思わしき収納道具…マジックポケット。それから育て方の本を入れた籠を手渡してくれる。
「なんか、何から何までありがとうございます」
「いえいえ。サポートも僕の役目だからね。道中は気をつけるんだよ、二人とも」
「はい!」
「ん」
「ピニャたちも、二人をよろしくね」
「「ぴにゃ!(承りました、主!)」」
私と一咲ちゃん…ノワは顔を見合わせて、戻る準備を整える。
今からは、アリアとノワとして。
もう一度、あの世界に。
「二人とも」
「時雨さん、どったの?」
「いえ、気をつけてくださいね。無理をしないように」
「わかってますよ。じゃあ行こうか、アリア」
「ええ。ノワ」
新たな仲間と共に、私たちは図書館からもう一度、物語の中へ旅に出る。
次の問題は、リラとヴェルの二人。
二つの難題が待ち受けているけれど、きっと大丈夫と信じて…ミドガルへ再び足を踏み入れた。




