19:願いを叶えたその後に
2030年2月
鈴海大社のとある一室で、俺はそこに待機していた紅葉さんと夜雲さん、それから優梨さんと光輝さんに声をかける。
「皆さん、一ついいでしょうか」
「なんだ、和夜。俺は今、新婚旅行計画に」
「あら和夜。私は今から司令のストーキングもとい護衛に行きますの。後でいい話なら後回しにして貰えると」
「優梨、さも当然というようにストーキングをしにいかないでくれ…」
優梨さんを光輝さんが必死に引き留め、大きなため息を吐いて空気を整える。
「今回、皆さんに一つ協力してほしいことがありまして」
「お前が提案するのは珍しいな、和夜。何をする気だ?」
「譲…最近、様子がおかしいなと思いません?」
主に問いかけるのは同い年の中でも関わりが多い紅葉さんと夜雲さん。
けれど二人は顔を見合わせて…。
「いや、いつも通りだろ」
「検査結果が良くなかった時の顔だよな?」
「目は死んでいるし、いつもけだるげと言えばそうですけど…最近は仕事にすら手をつけられないようで」
「…あの休暇返上・残業上等の司令が」
「あの仕事好きすぎて職場に自室を作った譲が…」
「「「仕事に手をつけてない、だと…」」」
「…いや、三人ともめっちゃ意外そうな感じで言うけど、譲はそこまで仕事好きって訳じゃないからな?」
「光輝さんの言うとおりです。譲はどちらかと言えば仕事が嫌いなタイプです」
「…まあ、譲が仕事好きとかそういうのはどうでもいいとして、あいつの様子がおかしいって何かあったのか?」
「それが全くわからなくて…でも、譲には元気かつ、できる限り普通に、幸福に生きてほしいと俺自身は思っています」
俺の父親が、あいつから全てを奪ったから。
「親の罪は子供の罪ではない。罪滅ぼしはいらないよ」と、譲は言ってくれたけれど…俺自身はそう思っていない。
あいつには、奪われた分以上に色々なものを得て、幸せになってほしいから。
だから、俺にできることはなるべく成し遂げたい。
今回のことだって、そうなのだ。
「けれど、調査を進める内にあることがわかりました」
「おー」
それから俺は四人に時雨と譲のことを話した。
紅葉と夜雲さんもずいぶん前に魔法使いにとっての誓約・約束の重さを話して貰う際に「再会の約束をした女の子がいること」を話して貰っていたらしい
だからこんな本当なのだが、嘘のような話でもすんなりと信じて貰えた。
「まさか、その約束の相手が和夜の妹だったとは思わなかったが…うん。聞いたことはある」
「魔法使い云々にしても大事にしてる約束って言っていたからな。どんな約束なんだ?」
「俺の妹が結婚できる年齢になった時に再会できたら結婚しようというものです」
「「あの譲にしてはとんでもない内容の約束が出てきたな…」」
「その約束、一生守られない方がいいです。個人的にはですが!」
「…優梨、お前が譲好きなのはわかってるけど、その約束を譲が覚えている時点で脈なしだ。ステイ」
「しゅん…」
光輝さんに暴走を止められた優梨さんはしょんぼりとしながら椅子に腰掛ける。
俺としても複雑ではある。
時雨も叔父さんに引き取られた後は全寮制の女子校に入って、俗世の話題が入ってこないような環境にいるらしい。
面会に行った時だって、刑務所の面会を連想したのは言うまでもない…。
そんな時に、時雨が「約束を糧に頑張っている」と言っていたのだ。
その約束を果たすことが、譲と時雨の幸福に繋がるのなら…できる限りのサポートはしたいのだ。
「…和夜、とりあえずこの話はうちの嫁…千早にも話しておく。あいつもずっと譲のこと気にかけてるんだ。できること、あると思うから」
「助かります」
それから俺たちは裏で譲が約束を覚えているかどうか確認する作業に入った。
俺と紅葉さんでは絶対に口を割らないと思ったので、時雨は紅葉さんに、譲は千早さんにお任せしてきた。
「言質、取ってきたぜ…!」
「流石千早さん!」
「なかなか話してくれなかったけれど、とにかく約束は覚えていたし、相手は時雨ちゃん?って名前まで確認してきた。これでいいのかな?」
「最高です!」
「けど、いいのかな…」
「なにがですか?」
「譲ね、最近何かと後ろ向きなの。もう何もかも諦めているような感じ…。それにさ、約束って当人同士の大事なこと、だよね?」
「…そう、ですね」
「そんな大事な場所に、私たちが土足で踏み込むような真似をしていいのかな。譲、凄く大事そうにしていたよ。あれがあったから、ここまで生きてこられたって。人の理から足を踏みはずすこともなかったって…」
「けど千早。ここまで来たんだ。約束は大事にするだけじゃだめだ。果たさなきゃ」
「そうですよ。双方共に約束を覚えているのなら、なんとかして叶えられる状況を作り上げないとですよ」
「…そう、だけども」
何かの歯車が狂ったら、譲にも時雨ちゃんにも悪いんじゃないかな…?
その千早さんの言葉が今もなお、忘れられない。
・・
約束を覚えていることを確認した後、俺は時雨に譲が約束を覚えていることを伝えた。
そして二月末に外出届を出すように、とも。
「兄ちゃんが、譲と絶対に再会させる」
「そんな、和夜君。そこまでされなくても…」
「大学だってこの学校の女子校に入れられるんだろう?最長でも二十二歳までそこから出られないんだ」
「そうだけど…」
「別々に引き取られてから、なにもできなかったんだ。大事な家族の幸せのため、俺にできるサポートぐらいさせてくれ」
「…ありがとう。和夜君。私も頑張るよ!」
「ああ!」
時雨に計画を伝えた後は、その外出日に合わせて譲が時雨が待つ場所に行くように仕向けるだけ。
ここが非常に大変だった。
「…いや、絶対に僕を見て幻滅するから」
「まだ生きてるの?なんて言われると思うし…」
「覚えているって、本当に?」
「いや、僕みたいな将来性もない男に今更約束を持ち出されても迷惑ではないかな」
「むしろ気持ち悪いでしょ。十年以上前の約束を未だに覚えて引きずっているって聞いたら絶対に引く」
「なんでこう後ろ向きなんだ!」
「時雨も覚えていて、お前も覚えてるだろ譲!ちゃんと約束果たそうぜ…!」
「千早も碌なことをもらさない…何がしたいんだよ…」
後ろ向きで、ネガティブで、死んだ魚のような目で抵抗していた譲も俺たちが煩わしくなったのか、いやいやではあったが再会の為に外出をしてくれると言ってくれた。
「…後よくて一年の命なのに、今更再会したって。僕は彼女に何もあげられないのに」
譲が約束を覚えてはいるけれど、再会に積極的ではないことを知ったのは「事が終わった後」の事だった。
再会の日。
譲が青髪のままだと思い込んでいた時雨は譲に「どちら様ですか?」と聞く事態が起きてしまった。
光輝さんの話によると、譲は十歳ぐらいの時に白髪になった’———時雨と出会ったときはまだ青髪だったそうだ。
それは俺も、紅葉さんも、千早さんも知らない話。
だって、俺たちは十二歳以降の譲しか知らないのだから。
俺は誤解をした時雨を追いかけて、譲は紅葉さんに任せた。
俺は時雨に事情を話して引き返して貰うことに成功したけれど、元々再会に消極的だった譲は、唯一残っていた大事なものまで失ってしまい———その日から、行方を眩ませてしまった。
弁解もできなければ謝罪もできないまま、俺は…。
幸せにしてやりたかった人を、自らの手で不幸の縁に追いやってしまった。
「あの日から五年か」
時雨の墓前に花を添えた後、鈴海墓地の…海が見える場所に作られた大社の殉職職員用の墓へと向かう。
本来なら、譲の墓に向かうのが筋だろう。
けれど彼の保護者をしていた夏乃さんを始め、面倒を見ていた伊奈帆さんたちが「両親と一緒に」と願い、彼の遺灰は椎名家の墓に、ご両親と共に収められたそうだ。
もちろん俺は椎名の墓に向かうことはできない。
入れるとしたら同格家系に連なる伊奈帆さんか、紅葉さんぐらいだ。
「大社に入社して、秘書官として彼のサポートをできたことは奇跡に等しい事象だったのかもしれないな」
俺はもう、あいつの側に行くことすら叶わないのだから。
春を呼ぶ風に背を打たれる。
それでも俺たちは前に進まないといけない。
俺は、あいつと時雨にしでかした「一緒に歩ける未来を潰した」罪を抱えて、これからも生きていかないといけない。
・・
「行方を眩ませた後、僕は君たちの願いを叶えに終末病棟に入り込んだ」
「そして、私と永羽ちゃん…それぞれの願いを叶えた」
「…君たちの願いは共通していた。次も一緒にいたい。もっと仲良くなりたい。眩しくて、僕自身が叶えられなかったその願いを、どうしても叶えてあげたかったんだ」
「そしてそれを利用して、自分の記憶を飛ばした。そして本格的に行方不明になった後、師匠はどこにいたの?私と永羽ちゃんの葬式にも来なくてさ」
「ごめんね。僕は君たちの願いを叶えた後…記憶喪失の状態で夏乃さんに保護されたんだ」
「病室で保護されたんだよね」
「うん。それから僕は夏乃さんの意向で「戸村一久」ってどこにでもあるような偽名を与えられて、彼女の息子として一年を過ごしたんだよ。最期付近に記憶を軽く取り戻して、時雨ちゃんと再会したけれど」
「その数日後には毒殺か。ところで一久って、どう書くの?」
「漢数字の一に、久しぶり」
「…愁「一」と「久」遠か」
「そう。粋なことをしてくれるよね」
「師匠もどきは今も自分の過去、思い出せていないの?」
「全然。君たち二人を含め、昔のことは記録で読んで思い出したふりをしているようなものだし…幻滅したかい?」
「そう思わせない演技力に感嘆していたところ。師匠は大社の職員なんか修羅の道じゃなくて、役者にでもなってればよかったんだよ」
「…無害な人間を演じるのも、感情を押し殺すのも、復讐への第一歩だったから」
「本当に、復讐に必要なことしかしてこなかったんだ」
「そんな感じだよ」
弟子とは言え、関係ないとは言え…こうして自分の過去を話すと、少しだけすっきりした。
それに、二人のことを正式に思い出したわけではないという隠し事もきちんと明かすことができた。
今、ここにいる僕は…椎名譲ではあるけれど、二人が知る椎名譲ではないということを。
「もう一つだけ、聞かせてくれる?」
「うん」
「師匠もどきも、師匠自身も…今、時雨さんのこと好きなの?」
「少なくとも、記憶を失う前の僕は好きだったようだよ。長年の片思いというやつさ。けれど、今はわからない。恋心がなんなのかすら、わからないからね」
「難儀だねぇ」
「そういうものさ」
「なんか、師匠も人間なんだね」
「そうだよ。その辺にいる人間以上に面倒くさい生き物さ」
「そっか」
「…ネクタイ、君の鞄の中に入っているはずだよ」
「後で持ってくるよ」
「ああ。そうしてくれ。もう演じるのは疲れたんだ。そろそろ本物を、舞台に上がらせてくれ」
その話を終えたタイミングで、僕と彼女は別れて別々の部屋へと戻る。
「主」
「ピニャ。どうしたの?」
出迎えてくれたピニャが、寂しそうに僕に抱きついてくる。
「なんとなく、こうしたかっただけです」
「そうかい」
「それと」
「ん?」
「ピニャは、ピニャたちは主のことが大好きですから。離れたりしません」
「そうかい。じゃあ、一生一緒だよ、ピニャ」
「ええ。主」
薬の効果が出始めて、意識は微睡みの中に落とされる。
次見る夢はどんな夢だろうか。
けれどきっと、先程の夢よりはいいものだろう。
今度こそ、幸福な夢を見れますように…そう願いながら、もう目覚めることのない眠りについた。
さあ、目覚めなよ。
代役の時間は終わり———出番だぞ、主役。




