18:ひとりぼっちの魔法使い
師匠の話を聞き終えた後、少し考える時間が欲しいと永羽ちゃん…アリアは時雨さんと共に部屋を残った。
いやはや、あそこまで師匠が繊細な生き物だったとは…。
時雨さんに惚れ込んでいたのは知っていた。けれど…。
「忘れた程度で記憶を全部吹き飛ばすとか、イカれてんじゃないの」
「何もかもが嫌になった結果だよ、友江一咲」
「げぇ…師匠もどき。起き上がって平気なの?」
「げぇとはなんだい。熱は下がったし、薬も飲んだからね…まだきついけれど」
おそらく、生前と同じ量。
私に修行をつけていた時は「あはは!この世界には病気もなにもないからね!薬漬け生活とはおさらばさ!」なんて言っていたけれど…山のようになった薬をうんざりしながら飲む姿を見れば、その言葉が嘘だということぐらい理解できる。
そもそも、私の病気が軽く残るような世界だ。
生前の病気なんて、当たり前のように残っている…なぜ、その考えに至らなかったのだろうか。
「あんまり無茶しないでよね。師匠、無茶多過ぎだから」
「善処するよ」
「それ、するやつ?」
「死んでもしないやつ」
「この駄目師匠もどきは…肉体を労れ」
「そんな人間を師匠にして育ったのは、一体どこの誰でしょう?」
「ええ。この私です!」
師匠もどきと顔を見合わせて、軽く笑っておく。
記憶を忘れてもなんだかんだでお喋り好きなこの人は、よく冗談も言ってくる。
この空気のままで過ごしたい気持ちもあるけれど、私は彼に聞いておきたいことがある。
彼女の話ではまだ、足りないから。
「…師匠ってさ、私と同じ時期に余命宣告食らっていたんだね」
「らしいね。でも君と違って助かる方法は存在した。魔法使いとしての生命は、絶たれるけれど」
「同時にそれは復讐の道も諦めることに繋がる…でしょう?」
「そうだね」
「今は、その話は置いておこう。でもどうして?師匠はまだ生きられたのに、なんで諦めちゃうの?」
「…「こいつ」はね、君が思っているほど強い人間でもないんだ」
「…」
遠くから聞こえた足音に耳を傾けながら、師匠は静かに目を伏せて、時雨さんが知らない自分の過去を話してくれた。
・・
両親が死んだ後、僕は夏乃さんに引き取られた。
椎名家は一世一代。僕を引き取るべき存在は祖父であったけれど…祖父は、僕が「父の死因」になったことを理解していた。
僕を引き取れば、次は自分が標的になる。
そういう考えであればまだ気が楽だった。
彼は、僕を息子の仇として見ていたんだよ。
だから僕を「椎名の跡継ぎ」として見ていたけれど、一緒に暮らそうとは言ってくれなかった。
息子の死因になった子供と、一緒に暮らしたくはないから。
母方の実家はあの騒ぎの後、椎名家に連絡することなく本土に引っ越した。
伯母とは辛うじて連絡が取れていたけれど…十八歳になったぐらいかな。連絡がとれなくなった。
僕は鈴海に存在した能力者渡航規定に引っかかり鈴海の外に出られなかった。
「…ざっと言えば、置いて行かれた。ということなのかな」
「そういうことだね」
夏乃さんに引き取られたはいいけれど、それこそ十一歳の頃まで入院生活。
医者と看護師以外誰も来ない病室で、ピニャと過ごす毎日。
夏乃さんとも親子らしいことをした覚えがない。
良くも悪くも「入院患者と主治医」の関係は…崩れなかったんだ。
もちろん水とも「入院患者と看護師」の関係だったよ。
当時はそれ以上でも、それ以下でもなかった。
九歳の頃、僕は時雨と出会って…君が聞いたとおりの約束をした。
「師匠も時雨さんも、約束に執着してるの?どうせ忘れちゃうのに」
「…そうだけれども、少なくともこいつが生きてこられたのは彼女との約束があったからだから」
十一歳の頃、体調がよくなって…復讐計画を本格的に開始した。
手始めに大社の入社試験を受けて、復讐相手である春風柊と赤城白露の近くに行った。
十二歳になって正式に退院。
春先に、二ノ宮紅葉と地井夜雲が大社に入社した。
夏になる前、僕は祖父が指定した私立小学校に編入させられた。
編入先の小学校ではもれなく浮いていたけれど、入院生活時代に一時的に同室だった熱海千早と再会し、彼女と一緒に過ごしていた。
修学旅行シーズンになると、能力者渡航制限が緩くなって…僕は本土に行き、そこで桜哉を拾ってきた。
冬、とある任務の調査中…浮遊霊になった水と再会し、彼女が死んだ事件の原因になった悪霊を千早と共に退治した。
そして桜哉と水を護身刀に取り憑かせ、自分の人生に巻き込んだ。
「…なんでさっきっから時系列を話しているような口調なわけ?」
「まあまあ」
それから色々とあったけれど、君が聞きたいのは「時雨との約束」を果たした瞬間のことだろう。
「当時はもう色々とボロボロだったんだ」
「どうして?」
「身近な人が皆、離れていった時期だから」
ひとりぼっちが嫌いな魔法使いの側から、人が離れていった時期が存在した。
両親はいない。父方の祖父も死んだ。母方の親戚とは連絡すらつかなくなった。
ピニャも老衰で病院から出られなくなり始めた。
保護者をしていた夏乃さんは元々仕事で多忙な人、定期検診の催促以外で連絡をしてこなくなった。
「彼女を困らせるために、あえて検診をサボったこともあるね」
「かまってちゃんかい…」
「そうかもね。構ってほしかったんだと思う」
面倒を見ていた伊奈帆も家のことを優先して、浩一は本土の女性と、紅葉と千早は結婚して、夜雲には両親の遺志を継ぐという大きな目標ができた。
それぞれやるべきこと、大切な人、成し遂げたい夢ができて…それぞれの道を歩み始めた。
僕だけが、置いてけぼりだった。
「元々、大人になれるとは思って生きていなかったからね。だから、皆みたいに「大人になったらやりたいこと」もなければ、将来設計もしてこなかったんだ」
「…なんか、わかるかも。私もどうせ忘れるし、大人になれないだろうから。未来のこと何て、考えるだけ無駄だって」
「未来が見えない中、僕が得たのは二つ。一つはピニャが後一年の命だということ。そして自身の余命宣告。流石にあの日ばかりは何も見えなくなったさ」
けれど…それでも僕はまだ生きなければならない。
そんな時期だったかな。
時雨の双子の兄…和夜が僕と時雨が交わした約束を知ったのは。
…彼は決して悪くないんだよ。
彼は自分の妹と僕の幸福を願ってくれた。
しかし知っての通り、彼の行動もまた…空回ってしまったけれどね。




