17:全てを忘れることは
良くも悪くも生活感のあるその部屋は、如何にも「部屋」といった感じの場所。
いるだけで落ち着きを感じさせていた。
ある、一点を除いて。
「ひっ…」
「どうしよう、アリア。ここは水さん以外イカれた人間しかいないらしい…」
日付欄にセロテープが無数に貼られているカレンダー。
一緒につけられているのは…まさかの「毛髪」
白い髪だから椎名さんのものだろう。
「あら、カレンダーを見ていたのですか?」
「「ひっ!?変態!」」
「変態とはなんですか。それは必要なことですから」
「…髪を集める行為のどこが必要で?」
「譲さんは髪の色が子供の頃から変化しているんです。具体的には、七歳の頃からゆっくりと」
「…親を失ったストレスと、復讐の為に無理をし続けた結果かな」
「そうですね。有名な話ですもの。私の父ともう一人が共謀して譲さんの両親を殺した話は…鈴海に住む人間なら誰でも知っています。貴方達も知っているでしょう?」
カレンダーを取り外し、それを私たちが見えるようにしてくれる。
白髪ばかりだと思っていたけれど、少しだけ青みがかかったものも存在しているようだ。
「青がある…」
「ええ。元々は青だったんですよ。深海のように深くて青い髪。私が覚えていたのも、その髪の譲さんでした」
カレンダーを元の場所に戻し、小さく息を吐いた彼女は、私たちの前に飲み物と軽くつまめる食事を用意してくれる
食欲はまだないから、とりあえず飲み物だけ頂いて…話の続きを聞き始めた。
・・
椎名家に産まれた長子は元々身体が弱い子供でした。
産まれたときから終末病棟。いつ、死んでもおかしくないと彼の両親は何度も言われたそうです。
それでも両親は諦めませんでした。
たった一人の一人息子に不自由をさせないように、時間が許す限り会いに行き、治療はお金をかけてしっかりと最新鋭のものを受けさせたそうです。
ピニャ君もその治療の一環。膨大な魔力を食らう使い魔を与えられてから、彼はずっとピニャ君と寄り添い、病室で過ごしていました
彼が欲しかったのは、両親との時間でした。
けれど、彼の両親は病室になかなか訪れません。
元々、多忙な方でした。
お母さん…久遠さんはできる限り会いに行ったようですが、それでも一週間に一度
お父さん…愁一さんに至っては半年に一度、会えれば十分な程。
鈴海の重役である二人に会いたい。
けれど、彼は鈴海と自分を天秤にかけてしまった。
どちらが大事なのか、わかってしまった。
ひとりぼっちが嫌いだった彼は、自ら一人になる道を選んでしまった。
「ピニャ君の話だと…五歳の時にはもう、ご両親に甘えることを諦めていたみたいです。鈴海が大事だから。鈴海を優先してほしいと…親に向かって言い続けていたそうです」
そんな彼に対して、久遠さんが泣いていたのは言うまでもないでしょう。
けれど、そんな彼でもご両親に甘えられる日がやってきました。
それが七歳の時。ピニャ君たちのおかげで退院ができるようになった8月7日。
…譲さんにとって7歳の誕生日であり、両親の命日になった日であり———彼が、復讐鬼になった日のことです。
愁一さんはとある情報を吐き出すまで、身体の一部を細切れにされ続けたそうです。
久遠さんはそんな彼と、譲さんの前で尊厳を犯し尽くされた上で殺されたそうです。
そして彼は、その光景から目をそらすことを許されませんでした。
愁一さんは最期の力で譲さんの前に結界を張り、久遠さんは自身の力を彼に譲渡しました。
そして、二人が信用できる存在が来るまで彼はクローゼットに押し込められて、リーダーピニャ君と共に助けを待ちました。
その間、そのクローゼットを守るために、残りの99匹のピニャ君たちは、身を挺してクローゼットを守り続けたそうです。
「…」
「…父と春風さんが奪ったんです。彼から、家族を、両親に甘えられる時間を、子供として当たり前の日々を」
「そして変えてしまったんです。身体が弱く、両親に甘えることが苦手な少年を…自分の身体を労ることもない上に、誰かを傷つけることも、人殺しだって厭わない化物に」
信用できる存在に保護された彼はそこから「ある出来事」に出会うまで、心神喪失の日々を送ったそうです。
「…その日々が続いた先に?」
「…私と、出会いました」
椎名家が開催した懇親会に参加していた父に連れられて、私は幼い頃の彼と出会いました。
まだ、髪が青かった時代の譲さんです。
起き上がれないようで、懇親会には跡継ぎであるのに参加せず、離れで静養して過ごしていたところを…屋敷内で迷い込んだ私が遭遇してしまいました。
———よりにもよって、両親を殺した片割れの娘と、出会ってしまったのです。
青い髪を静かに揺らす少年は、部屋に迷い込んだ私を優しく迎えてくれました。
短い時間でしたし、きつかったはずなのに幼い私の遊び相手をしてくれた彼は私に問う。
「ここには、誰と来たの?」
「お父さんと和夜君と来た!」
「お父さんかぁ…いいなぁ」
「?」
「僕にはもう、お父さんもお母さん…家族がいないから…」
「それなら、私がゆずるくんの家族になるよ!」
「…え?」
「ゆずるくんと一緒にいたら、絶対楽しいし…それにね!」
「ん?」
「私、ゆずるくんと今日初めて出会ったけどね、一緒にいて凄く安心するの!」
「…」
「ゆずるくんはどう?」
「そう、だね。僕も時雨ちゃんと一緒にいたら、凄く落ち着くかな」
「だからね、だから。約束!私が十六歳に、結婚できる年齢になったら、お嫁さんにして!」
「…いいよ。「約束」。時雨ちゃんが十六歳になったら必ず迎えに行くから。だからどうか、覚えていて。忘れないで。僕のこと」
指切りをして、その日は別れました。
「その後のことです。父が亡くなり、父が譲さんの両親を殺したことが判明したのは」
譲さんが、私を父の…赤城白露の娘だと認知したのは、その時立ったと思います。
我が家は一家離散。私は叔父の家に引き取られ、情報が全然入ってこないような…監獄のような全寮制女子校に押し込まれました。
「私は、そんな中でも約束を信じ続けました。父のやったことは許せないだろう。だから、もし再会したときに罵られるような事があれば、父の代わりに彼の側で罪を償おうと」
「けれど、もし、もしも彼も約束を覚えていて私を「赤城白露の娘」ではなく「赤城時雨」として見てくれるのならば…彼の側にいても問題ないように、彼にふさわしい女性になろう」
そう、決意して…過酷な環境を生き抜いてきたと自負しています。
約束に縋って、耐え抜いて…その結果、今の私がここにいます。
「け、けどさ…時雨さんは師匠と再会はしているんだよね?それも生前」
「ええ。私が十六歳になっていた冬の時に。彼は約束通り会いに来てくれました」
彼の中でも相当な葛藤があったことは、協力者から聞いていました。
僕が会いに行ったところで迷惑じゃないだろうか。
約束のことは忘れているのではないか。
むしろ忘れていた方が、彼女にとっても幸福だろう。
なんなら僕のことだって忘れていてほしい…と、再会には後ろ向きだったそうです。
それでも彼は、私と彼の再会に協力してくれた紅葉君と和夜君に背中を押されて、私に会いに来てくれました。
「これが、私が犯した罪です」
私の記憶の中で、椎名譲という青年は「青髪」でした。
けれど前に現れたのは「白髪」の青年。
和夜君も紅葉君も、二人が知る椎名譲は「白髪」
二人とも、幼少期の譲さんのことは知らなかったんです。
もちろん、青髪だったということも。私が出会った頃の譲さんが、青髪であったことも…。
「あ、あの…赤城時雨さん、ですか」
「そうですけど…貴方、どちら様ですか」
記憶の齟齬が招いた事象。
それは、誰も知らない間に限界を迎えていた彼に大きな傷を与えました。
「…その時にはもう、彼には余命宣告が下っていたそうです」
膨大な魔力を練り続けた結果、魔力生成器官が著しく劣化。
魔法使いとしても、人間としても身体の限界が来ていた彼は…私との約束が果たされることができれば「復讐の道」を諦めることも考えていたそうです。
余命宣告はあったけれど、当時ならば魔力器官を摘出したら普通の人間として生きることも可能だったと紅葉君が言っていました。
けれど、物事はそう上手くはいきませんでした。
私が、せめて今の椎名譲がどういう人物だったのか把握できていれば、起こらなかった事象だとは思っています。
「正確には、忘れていたのではなくて…」
「変化に気がつかなかった…なんです。けれど、彼から見たら「忘れられた」と言えるかも知れませんね。その先のことは、一咲さん。貴方がわかっていると思います」
「———私たちの願いを叶え、師匠は記憶を失った」
「私達は、椎名さんが「忘れる」願いを叶える手段になった」
今にでも泣きそうな表情で答えを述べた彼女たち。
利用されたとは、思っていないのが救いでしょうか。
彼女たちはわかっている。
彼女たちも、同じ立場にいたからこそ…。
何もかも忘れてしまうこと。それが「彼が救われる手段」だったことがわかるから。




