15:ベリア・ベリアル
互いが互いに目を向ける。
この後どうするか。誰から話すか…沈黙した空気を打ち破ったのは私だった。
「…ねえ、ノワ」
「なあに?」
「あの椎名さんは…」
「ああ、どうやら私を送り出したタイミングで自分の記憶を閉じ込めたものを一緒に送り出したらしくてね。今では立派な記憶喪失。変な人格が生えちゃっている感じかな」
「…でも、どうして」
「向こうで時雨さんに詳細を聞いたのもあるけれど、違和感があった部分はいくつかあった。師匠の髪色とかね」
「…確かに、青髪じゃないもんね。白髪だもんね」
「一応言っておくけれど、椎名譲は七歳時点までは青髪だった。それから色素が抜け落ちたんだ。ストレスでね」
「…椎名夫妻殺人事件の影響ですか?」
「如何にも」
「それを理解しているなら聞いておくよ。その姿は師匠の両親———椎名愁一と椎名久遠に見せられる?」
「…面白いことを言うね。死人が見ているわけがないだろう」
「師匠は二人が殺される光景を目撃している」
「…」
「師匠のお父さんは妻と息子の前で身体を小刻みにされながら死んだ。そんな師匠が身体を切り刻む手段なんて選ぶわけがないだろう。解釈が甘いんだよ」
「…厄介な弟子」
「敬愛している師匠の過去ぐらい把握して、地雷を踏まないようにするのも弟子の務めさ」
椎名さんとノワが互いに薄気味悪い笑い声を出し合う。
弟子という距離感だからこそ、遠慮なしに思っていたことを告げてくれていた。
最も、厳密には目の前にいる椎名さんは私達が知っている椎名さんではないようだけど…。
記憶を取り戻せる手段は見つかっているのだろうか…。
「…おい、そこの勇者」
「あ、ベリア…だっけ?」
「あたしはあの男の記憶を全部見ている。だから、お前が勇者だということも把握している」
「…私、勇者とかじゃないよ?」
ノワと椎名さんが話している横で、隙を見たのかベリアが話かけてくる。
知られてはいけなさそうな存在に自分のことを知られてしまっている。
とりあえず、無駄だとわかっていてもしらばっくれることにした。
「いや、勇者だろう?霧雨永羽…またの名を、アリア・イレイス?向こうの賢者も同様だな。友江、一咲か。変わった名前をしている」
「…知られてはまずい存在にとんでもない秘密を握られてしまった」
「あー…正直ばらしてやりたい気持ちはあるが。その心配はいらないと思うぞ」
「そっか。脅されているから…」
「死なないとはいえ、痛覚はある。痛いのはもう嫌だ…あいつ、全然加減しないから、魔王様のお仕置きよりえげつない…」
「でしょうね…って、貴方、魔王と面識があるの?」
「ああ。ミドガルに向かい、お前たちを殺してくるよう、あたしとヴェルは命じられた。最も、私は次に顔を見せたら、魂を滅ぼされるだろうな」
「それは、どういう」
「悪魔族には「負けた者に価値はない」という風習がある。あの世界の存在ではないとはいえ、敗北を覚えたあたしは魔王様に二度と顔向けできないし、もちろんヴェルにも会えない」
「…貴方と魔王がどういう関係なのかはわからない。けれど、ヴェルというのは貴方の妹さんなんでしょう?」
「そうだが…」
「家族と会えないのは、寂しいことだと思う」
「はんっ…綺麗事を言う勇者様だ。あの男の指示通り、ヴェルを殺しに行くくせに」
「私には、私たちには物語で生きる者としての「選択権」がある」
私の言葉なんて、いくら並べたところで彼女には全く響いてくれないだろう。
けれど、私が考えていること。そしてできることは伝えられる。
「私たちの目的は知っているんでしょう?椎名さんがそうしろと言っても、私がその道筋が物語としてふさわしくないのなら、私は全力で拒絶するわ」
「…できるのかね。お前みたいな甘ちゃんが。そんな甘ったるい考えでヴェルのところに行ってみろ!殺されるぞ!」
「殺されないように準備はさせて貰うわ。勿論、貴方からも情報が欲しい。貴方の家族を殺さないためにも」
「…ふん。できるものならやってみな。言える範囲で、教えてやるからさ」
できないと完全に突っぱねず、結果は私に委ねてくれた。
彼女は「想定外」の存在だ。
もしも、ヴェルとの戦いを双方生存して乗り越えられたのなら、彼女たちの事情も深く聞くことができるかもしれない。
もちろん、最終目標である魔王の存在も…。
「…なあ、アリア・イレイス」
「なに?」
「あたしはお前たちがいた「スズウミ」とかいう場所のことは詳しく知らない。けど、お前たちの世界で「家族が死ぬ」のは当たり前の話なのか?」
「んー…私も一咲ちゃんも病気で死んだから、例外なんだ。けれどね、貴方が記憶を除いた人に関しては…当たり前ではあってはいけない。あんなことはあってはいけない事だよ」
「…そうか。誰も殺し、殺される必要がない平和な世界だったんだな」
「ええ」
「そうなると、あの男はその世界でも異常側だったんだな…」
彼女は見かけによらず、意外と頭が回るらしい。
ほんの少しの出来事でも、得た情報から色々と推察して答えを探ってくる。
完全に敵だった状態で相対したら…彼女は相当厄介な存在だったかもしれない。
「とりあえず、まとめておきたい考えは一通りまとめ終わった。感謝するよ」
「ど、どういたしましてでいいのかな…」
「さあな。お前の行動が吉と出るか邪とでるか…それはお前次第さ」
短い赤髪を揺らした彼女は、静かにため息を吐く。
そして首元に手をやり、自分の首輪に触れた。
「…アリア・イレイス。一つ助言をしてやる」
「助言?」
「まあ、さっきの礼としてな」
お礼として彼女はそっと私にあることを教えてくれる。
「気になることがあれば、黒髪の女に「お前が忘れたせいで」と言ってやればいい。あの男が恐れている「忘れられること」と「約束」に関することを教えてくれるだろうさ」
「…覚えておく」
「これで貸し借りはな」
「何を話しているのかな…?」
「ノワ」
貸し借りはなし…と、ベリアが言い切る前に、私たちの間にノワが挟まり混んでくる。
揉めていたはずの椎名さんは何故か首元を光らせてながら、床で跳ねていた。
「…椎名さん、何をしているの?」
「誓約の罰が下ったみたい」
「ざまぁみろ!魔法使い!」
そんなこと言ったらまたお仕置きされるよ、ベリア…。
でも、椎名さんも誓約を結んでいたとは。
…いや、むしろあるべきだよね。
暴走しがちな彼を止めるのは、誓約が必要だし。
「誓約って?」
「内容を確認したら「貴方はずっと優しい魔法使いであってほしい」っていう一方的な誓約だったよ。奴にも覚えがないみたい」
「…」
「発動条件は力を持つ者としてふさわしくない行動…今回であれば拷問とか、一方的な殺戮とかしたら、意識を奪われる程度に誓約の罰が下るっぽいね」
罰には、ノワでも解読できないような複雑な術式が組み込まれているらしく、違反を感知したらすぐさま枷が締まる仕様らしい。
「…できないはずなんだよな。自動化って。術の癖から見て師匠が作り出したのは確かみたいだし、本当に意味がわからないや」
できないと言われていた技術は何故か彼の首元で完成していたらしい
「まあ、完成した理由はなんとなくわかるんだけどね」
バタバタバタバタバタバタ
「ぐぐぐうぐぐぐぐぐぐぐぐ…」
「あるじぃ!」
疑問は多いが、今は聞ける状態ではないだろう。
枷の罰で陸に打ち上げられた魚のように跳ねている椎名さんを、ピニャ君が心配して必死に押さえ込んでいた。
…向こうはピニャ君に任せておこう。
「…つまり、あたしが粗相をして、奴が仕置きをしたら」
「両方相打ち確定だね。ある意味お得じゃない?」
「そうかな…そうかも?」
「ノワにもベリアにも「お仕置きをされないように振る舞う」という考えはないの…?」
それから私たちは椎名さんの罰が終わるまで、適当に世間話をしながら過ごしてみた。
前世のことを把握されているため、ちょっとだけ遠慮のない話を始めとし…今の世界での暮らしの差なんて、絶対に話せないことも話題にできた。
ベリアは本当に色々な事に興味があるらしい。
悪魔族もだが、それに類似している魔族は想像以上に閉鎖的な種族であり、他種族との関わりは全然ないそうだ。
「悪魔と魔族の差ってなんなの?」
「角があるかないかぐらいだな。後は、定住地があるかないかぐらいじゃないか?」
「その程度なんだ…」
むしろ、ノワみたいな魔族の混血児が珍しいと言われるぐらいに閉鎖的な種族なのだそうだ。
人間の勇者と、敵対する悪魔と、魔族の混血賢者。
異なる存在で肩を並べて、物語内では絶対にあり得ない光景を、静かに…私達は得た。
「バタバタバタバタ」
「あるじぃ!顔が!顔から血の気がぁ!」
「ししょーもどきぃ…静かにしてよぉ」
「二番弟子貴様ぁ!主に息の根を止めろと!?」
「そこまでは言ってない!」
静かに、過ごす事はできなかったけれど…それでも、この時間は貴重な時間だと、心の底から思えた。




