14:青鳥の影
ノワが意識共有魔法で夢の中に入り込んだと同時刻。
私と椎名さんは、暗闇の果てに辿り着いたらしく…明かりが広がる空間へと辿り着いていた。
「…明るくなったね」
「ここ、どこですか?」
「わからない。けれど劇場みたいな感じで…不思議な感じ」
「主、永羽様。座ってみます?絶対罠でしょうけど」
「だろうね」
「座ったら、何か嫌な事が開始されそうですよね…」
先程の事象といい、用意されたこの場所といい…絶対何かあるだろうな、と思わせる空間。
しかしこの先に進むべき道も、戻る道もない。
互いに顔を見合わせる。
リスクが大きい事象だ。けれど、避けることも難しい話。
「…先に取り決めをしておこう。君が術にかかれば僕は対処をする。けれど僕が術にかかれば、ピニャと一緒に逃げるんだ」
「椎名さん頼りになってしまうのですが、術を妨害するのはどうなのですか?」
「ここまで用意周到な術だ。僕らに合わせて変化を遂げているように思える」
「記憶を読み取っているからでは?」
「それもあるだろうけど、魔法というのは遠隔操作が非常に難しくてね。細かな調整は「見ながら行う」必要があったりするんだよ」
明後日の方向を睨みながら、椎名さんは見解を告げてくれる。
…その視線の先には、まさか。
「類似しているのは「枷」だね。一咲さんから説明は受けたかい?」
「…誓約違反は感知できるけれど、それに対する罰は手動で行わないといけない仕様ですよね」
一咲ちゃんはその仕様を利用して、椎名さんとやりとりをする手段にしていた。
それと同じように当てはめることができたら…。
「そういうこと。相手は今この瞬間を、監視でもしているのではないかい?」
「…」
「…一匹、引きずり出してみようか」
「えっ」
「おいで、リュミエール」
杖の名前を呼んだ瞬間、椎名さんの左手中指の指輪が一瞬にして杖の形を取る。
青の魔法石が嵌められた白と金の装飾が眩しい旗杖。
魔法旗杖「リュミエール」———光の名前を持つその杖は椎名さんが生前から愛用している杖だ。
「捕縛しろ」
たった一言。それだけで足下の深海のように深い青の魔法陣から、無数の黒い手が伸びていく。
それは劇場の天井に伸びていき…揺れと共に激しい叫び声が響いてくる。
この空間を維持している術者を狙ったのだろう。
だから、空間がぶれた。
「あ、あの椎名さん。そこまでする必要は…」
「…永羽様には言っていませんでしたが、合流前、主は一番見たくなかった光景を今回の術者に見せられています」
「え…」
「自力で逃げ出したのですが、主の腸は煮えくり返っている状態です。的…ならまだ可愛げがあるほうだとは思いますが」
「…的が、可愛い」
「いつも通りならば、拷問して最終的には見せしめで殺しますね」
「そこまでしなくたって…」
「躊躇はつけ込まれる要素だよ」
「あがっ…!」
黒い手に絡め取られた赤髪の少女は、動揺と恐怖が混ざった視線を椎名さんに向ける。
ピニャ君はいつも通りと目をつぶっていた。
私は、異常とわかっていても、怖くても…その光景から目を離すことができなかった。
「やられたことはきちんと返してあげないとね。それに、こちらは一人で挑まないといけないのに「君たちは二人で挑む」なんて、卑怯じゃないか?」
「い、いや…悪魔」
「悪魔は君の方だろう?公平にやりあおうじゃないか。最も――――今から始まるのは、一方的な拷問のようなものだけれど」
杖を思い切り突き立てた瞬間、黒い手が少女の指を捥ぐ。
あっさりと抜け落ちたそれに、私は最初何が起こったかわからなかった。
もちろん彼女も、自分の身に何があったのか理解に時間を要していた。
「え…?」
「ふむ。君たちの名前は「ベリア・ベリアル」と「ヴェル・ベリアル」なんだ。君は「ベリア」の方みたいだねぇ。君はお姉さんだね。でも、あまり強くはないみたい。「僕」の深層にアクセスして記憶を読み取った方かな?」
「なん…小指…いたっ…」
「君の身体から情報を。どうせ拷問したところで口は割らないだろう?」
「…ゆび?」
「だから、君の身体に聞くことにするよ。肉には情報がつまっているからね」
「指…あっああ…あたしの指!なんで、なんで!?」
「次。次は薬指で行こうか」
「あああああああああああああああああああああああああああっ!?」
ベリアと呼ばれた赤髪の悪魔は叫び声を上げ、抵抗をする。
しかしその手からは逃れられない。
椎名さんの情報収集も、止まるところを知らない。
「ぴ、ピニャ君…辞めさせてあげられないかな。流石に、椎名さんが作中の敵を殺すのは、色々と破綻が」
「…止められませんよ。どうやっても、今の主を止めることなどできません」
「…ピニャ君」
「…主の本質は、貴方たちが知っているような綺麗な魔法使いではありません。家族を殺され、復讐の道だけを歩き続けた復讐鬼。それが我々の主ですから…でも。主ならちゃんと加減はできた。でも、あいつは———」
ピニャは諦めた目で、離れた場所にいる自分の主人とベリアを見つめる。
私も同じように、動向をうかがってみた。
「お前、さっきの魔法使いだろう。なぜだ?お前にはいい夢を見せてやっただろう?」
「減らず口は叩かなくていいから。次、中指」
「あたしはあんたに幸せな夢を見せてやった!親が生きてお前に愛情を注いだ!お前の周囲にいる仲間たちはいつもお前のことを優先して考えた!離れることはなかった!愛情に飢えていたお前に、等しく欲しい愛情を与えてやったじゃないか…?」
「…い」
「それとも不満だったのか?あの黒髪の女を抱けなくて。それはお前が日和った結果だろう?望むならもう一度見せてやるよ。今度は上手くやるんだ」
「…るさい」
「あたしたちは、あんたの力が欲しくてあんたに幸福な夢を見せてやっただろう?殺される義理なんてない。むしろ共存すべ」
少しずつ削いで情報を得ていくと言っていたのに、椎名さんは魔弾を一瞬で錬成し、ベリアの顔面にめり込ませていた。
「…「僕」の記憶を読み取ったというのに、お前は本当に「僕」を理解していないな。「僕」はそんなこと望まない。「僕」はそんなものを好まない。「僕」はそんなものを欲しがらない」
「椎名さん…」
「そこまで愚かな存在では無いと思っていたけれど…記憶がダメなら魔力から情報を取り込んでみてはどうだい?「僕」への理解が甘すぎる。腹立たしい」
椎名さんはポケットの中から何か石を取りだして、それを爆散しているベリアの身体に置いた。
最後にそれを含めた状態で魔法を使い、何故かベリアの身体を修復した。
「…何を」
「いやぁ。まだ君には聞くことがあるからね」
「…なぜだ。なぜ身体が動かない」
「僕の魔石を埋め込んだ。しばらくここでじっとしていなよ。君は弱い。捕獲しなければいけないのは、妹の方だから。逃げられる前に狩る」
「なっ…!ヴェルには手を出すな!」
「まだ動けるのか。ああ麗しき、姉妹愛って奴かなぁ…?とりあえず、まだ見ているようだし、隷属魔法をかけて様子を伺おうか」
「…へ?」
黒い手に拘束されたベリアは、椎名さんが何らかの魔法を発動させた瞬間に首輪をつけられる。
枷に似ているそれは、禍々しさを覚えるけれど…あれは一体。
「あ、その首輪ね。主に逆らったら首を飛ばす仕様だから気をつけるんだよ。君たち、浄化以外じゃ死ねないんだからさぁ…痛いのは嫌だろう?」
「…殺す」
「血の気があって結構。どうせ君の力じゃ成せないだろう。さて、姉がここまで泥を塗られても、君はまだジッと潜んでいるね。まあ、今から表舞台に引きずり出してやるけどさ…!」
椎名さんが杖を構え、再び黒い手を出現させると同時に———無数の魔弾が彼の元へ飛来する。
「…うちの師匠はなぁ。むやみやたらに拷問したり、魔法を行使して実力を見せつけたりしないんだけど」
「———ノワ」
「お前は記憶を失う前の師匠を演じているが、私から見たらクソほど甘いんだよ。髪色ぐらい統一しろ」
「あー…気付いているんだ。それにウェクリア時点で気がつかなかったお前も大概だぞ、二番弟子」
「忘れっぽいものでね。とりあえず、杖を下ろせよ。師匠は必要のない戦闘を好まない」
「なぜ?」
「圧倒的実力者なんだから、自分が戦えば勝つことを理解している。それぐらいわかれよ」
「…」
異常を察知した彼女はこんなところまで助けに来てくれたらしい。
危険なはずなのに、ここに入る事へ躊躇すらしなかったんだろうな…本当、彼女には助けられてばかりだ。
「あ、永羽ちゃん。無事でよかったけど…これ何?どゆこと?この子誰?」
「状況は私にもよくわからないや…けれど、皆無事…かな?赤髪の子はこの世界を作り出した片割れみたい」
「ああ、あの子が敵さん。双子らしいし、もう一人も似たような容姿かな。ところで大丈夫?その敵さん師匠から死ぬより辛い目に遭ってない?」
「そう、だね…うん」
「それに永羽ちゃんその姿は」
「こ、これ?これは…」
「とりあえず、ここから出る方法を探そうか。図書館に戻ってやることもあるからね」
「やること?」
「…うちのクソ師匠の記憶を取り戻す大仕事がね。本物を舞台に引きずり出してやる」
ノワは椎名さん…の姿をした誰かを睨み付ける。
彼は己の終わりが近いというのに、どこか安堵したように笑っていた。




