12:賢者の行進
一方、ミドガル。
結界がある場所は確かこのあたりだったはず…と、何度か覗き込んだのだが、見当違いばかり。
「しっかしこの街、路地多過ぎでしょ。どこの路地かわかんなくて困るんだけど…」
「…おや、貴方は別行動だったのですか?」
「ん?時雨さん?」
背後から私に声をかけたのは、こんなところにいるはずがない時雨さん。
…なんかデブ鳥の小さい版を引き連れている彼女は、少し焦ったように私の肩を掴んだ。
「ちょうどよかった。貴方、アリアたちと合流予定なのですか?」
「そうだけど…」
なんで彼女がここにいるのだろうか。
師匠の看病中なんでしょう?離れていいの?
「…デブ鳥たちと散歩…ってわけないよね?」
「そんな訳がないでしょう。後、この子たちはデブなピニャケルとは別個体ですから。ほら、痩せているでしょう?」
「師匠といい時雨さんといい、デブ鳥のことになるとうざいぐらいに熱弁するよね…」
このなんとも言えない顔。何も考えていなさそうな丸い目…このキモカワゆるキャラみたいな容姿がウケているのかもしれない。
私にこのセンスは一切理解できないけれど。
「まあ、近くで見ると可愛いけどさ」
「ぴにゃ(調子のんなよクソガキ)」
「ぴにゃにゃ(我々のぷりちーさが理解できないとは。眼球腐ってんなこいつ)」
「わぁ、デブリーダーと比べたら鳴き声可愛いじゃ〜ん。きゅるるって感じ。小鳥ってこんな感じの鳴き声だよね」
「ぴにゃぁ〜(こいつ殺す)」
「ぴにゃっ!(リーダーを愚弄することは、我々を愚弄したのと同じ!)」
「ぴぃにゃ!(チキン南蛮にして食ってやるわ!)」
「近寄ってきた。人なつっこいんだねぇ。かわい〜」
「…世の中には、知らない方がいいこともありそうですね」
「え?」
「とりあえず、ピニャ君。離れてください。譲さん以外の魔力を吸ったらお腹壊しちゃいますよ」
「まるで人の魔力がきたね〜みたいな言い方ですね」
「…譲さんに比べたら、この場にいる全員「薄味」ですから…」
「ああ、そういう…こいつらグルメだなぁ…だから太るんだぞ」
「この子たちは意外と繊細なので、勝手にご飯をあげないでくださいね」
「へーい」
師匠の高濃度魔力を貪り食ってんだから腹も丈夫だろうに。
性格の悪さと魔力の純度が折り重なった地獄の飯みたいな味だと思うし。
「ぴにょっ(我々グルメな魔獣なんで)」
「ぴっ!(てめぇのドブみたいな魔力なんざ頼まれても吸わねえわ!)」
「ぴ〜にゃ(おととい来やがれ。カスが)」
「ぴぎゅる〜(食ってほしかったら土下座して懇願しな)」
「貴方たちねぇ。そういうグルメなところ、譲さんも苦労しているのですからもう少し融通を利かせてくださいな。はい、魔石」
「「「ぴにゃぁ〜!(あるじのまりょく〜!)」」」
魔石という名の餌に群がるピニャケルを傍目に、私は静かに考える。
…こいつらの言葉、時雨さんには伝わってんな?
私にはぴにゃぴにょ鳴いているだけにしか聞こえないけれど…どういう細工を使っているか不明だが、デブ鳥共の感情は時雨さんには伝わっているらしい。
可愛いと思っていたが…こいつら、聞こえていないことをいいことに好き放題言いまくっているようだ。
まあいいか。こんな鳥。ふざけた真似をするなら「こんがりチキン」にするだけだ。
「んで、時雨さん。なんでここに?」
「譲さんに異変がありまして。それに永羽さんが関係しているようなのですよ」
「…どういうこと?」
「それを調査するためにこちらへ…」
「それを早く言いなよ!遊んでる暇はない!こっちの路地だったはずだ!」
時雨さんの腕を掴んで、私は結界があると思われる路地に入り込む。
ここじゃない。その隣か。
何度か間違えたが、私たちは結界が張ってある路地に到達する。
———そこでは…想定していたより、何倍も酷い光景が広がっていた。
両手から血を流し、口からは血を吐いている舞園。
それから片足を落としている水さん。
最後に…その二人に守られるように、騒ぎなんて何も知らないように眠り続けるアリア。
「これは…」
「…こんなの、譲に顔見せできない」
「…時雨ちゃん。あはは、ごめんね。やらかしちゃったや」
「舞園さん、水さん。何かあったのですか?」
「…テレビの運搬中、気がつかないうちに術が仕込まれていたみたいなの。それに気がつかないまま、それをアリアに使っちゃって、それで」
「…術を仕込まれたのか」
「…」
ボロボロの二人は小さく頷く。
二人ほどの実力者でも感知できないような…そんな術。
それに二人のこの怪我だ。アリアが無傷な事を考えたら。二人は間違いなく———。
「その後も、術者に襲撃されたな?」
「…隠し事はできないんだねぇ。そうだよ。その後に敵が襲撃をかけてきた」
「それでこの怪我ですか」
「そういうことかな…いったぁ…」
「動かないでください。ノワ、治癒魔法。使えますか?」
「勿論…舞園は?」
「…いい。いらない」
血だらけの舞園は姿を消して、どこかへ言ってしまう。
結界はあいつが作り出したものだ。
結界に異物を入れ込んだこと。気付かなかったこと。
それでいて結界を破られ、水さんに重症を与えたこと。
アリアを守り切れたとはいえ…気にしていないわけがない。今は、放っておこう。
一人で考えたいこともあるだろうから。
治癒魔法を水さんにかけながら、彼女に何があったのか問いただす。
水さんからはアリアが術にかかったこと。
時雨さんからは師匠がそれに巻き込まれたこと。
理由は不明だが…師匠から教えて貰った知識から推測すると「精神干渉の副作用」だと思う。
師匠は生前の私たちが願うように一緒の時間を過ごさせるために、通信魔法を始め、私たちの精神に触れて魔法を使い続けていた
特に、永羽ちゃんは意識が薄れていたりしていた時期もあった。
師匠はそんな彼女の意識が眠っていた「意識の深層」まで触れて、彼女と私の精神を繋いでいた可能性がある。
…私たちの為とは言え、そこは複雑な心境なのだが、とにかく助かった。
今のアリア…永羽ちゃんには師匠がついている。
そこは…まあ、安心できるところかな。
「…駄目ですね」
「時雨さん?」
「…だめだよ。時雨ちゃん。「術を自分に移動させられるか」試すだなんて…危険すぎる」
何をしているのかさっぱりだったが、水さんは時雨さんが何をしようとしたのかわかっていたらしい。
この状況下でさらに被害者を増やす真似をしているのかこの馬鹿女は!
「なにやってんですかこんな時に!」
「いえ…あくまで「奪えるかどうか」確認しただけです。奪う気はありませんよ。今後のアリアに何が起こるかわかりませんし、永羽さんの精神にも何かある可能性は否定できません。それに、譲さんにも少なからず影響がある可能性がありますから。まあ…奪えませんでしたけどね」
「駄目だったということは…」
単純に考えると、時雨さん以上の能力者。
奪うことができるのは彼女以下の存在である条件は、一種の「相手の力量を測る力」としても機能ができる。
頭を踏まれることで彼女の精神を補強していた事もあるけれど、私は一度彼女に「奪われている」
相当厄介な事は、嫌でも感じ取れる。
「強い相手にやられたのですね。お二人を襲撃したのは変更されたであろう「新たな敵」ですか?」
「そうかも。挿絵とかでも見たことがない、双子だった」
「…双子」
賢者ノワの物語に双子は一切登場しなかった。
もちろん、敵としても…幕間の日常風景の中にも。
「物語内に双子はいません。だから、水さんたちを襲撃したのは新たな刺客————魔王が派遣した正真正銘の悪魔かと」
気づかれないように術をかけ、舞園の結界を破り、二人に重症を負わせている。
…しかも一体だけじゃなくて双子と来た。
これは、アリアだけじゃ荷が重いぞ…。
しかし、その双子の対策はどうするかより…まずは目先の問題だ。
「アリアたちをどう起こすか、だよね」
「とりあえず、アリアと貴方も図書館に帰還を。水さんもですからね。きちんとした治療が必要ですから」
「はぁい」
「それに…」
時雨さんが口淀むことは大抵師匠のことだ。
それに、師匠とアリアを近くに置けば、可能性の話ではあるが…師匠の意識がより深く干渉できる可能性がある。
ただでさえ風邪を引いているあの人が万全の状態で戦えないところを、繋がりで補うというわけだ。
それは、彼女としても…もちろん、私としても複雑な話。
私は師匠関係で「重要な秘密」を知っているから、永羽ちゃんとアリアとどうこうなると言うことは絶対にないと断言できるけれど…時雨さんはもしかして知らないのかな?
それは置いておいて、アリアと永羽ちゃんの相方は私だ。
師匠にばかり頼るわけにはいかない。私が、彼女を救い出したい。
「時雨さん…戻ったら、私はある魔法を使います」
「何をする気ですか?」
「師匠がかつて私たちに使っていた通信魔法の応用を。それを使って、二人の意識に干渉しようかと」
永羽ちゃんの意識を引き出していたのは師匠。
そしてその師匠を仲介して、永羽ちゃんと繋がっていたのは私。
私なら、二人と同じ夢の中に入れる可能性が、少なからず存在する。
危険は伴うだろう。
けれど、やらなければならない
大事なあの子を守る役目は、私の…私だけのものだから。




