5:情報収集と散策
「…まあ、貴方が何を考えているか、さっぱりですが。私としては都合がいい話です。一緒に来てくれるのなら、頼りにさせてください」
「マジでいいの!?」
「はい。貴方のことは性格的に苦手ではありますが、実力だけは評価していますから」
「実力だけかい」
しかし、エミリーは私の同行を了承してくれたらしい。
結界を解除したのを確認し、歩き始めた彼女の背後をのんびりとついていく。
「とりあえず」
「何でしょう」
「私、なんだかんだでミドガルに来たのは初めてなんだ。この街がどういう場所なのか、出身者として教えてほしいな」
「そうですね、少なからず地の利はあるべきだと思いますし…無言で歩くのも気まずいので、軽く話しましょうか」
産まれた時から、この都市は夜に煌めく場所だったそうだ。
ここに住まう者は絢爛な装いにそれを艶めくものにする化粧を施して、種族性別問わず誘い込む。
もちろんエミリーのお母さんも同じだったらしい。
父も、どんな存在かは知らないらしい。
その誘い込まれた側の存在であり、その交わりの産物がエミリーなのは確かなようだが。
「ここには結構多いんですよ。私と同じ…その「結果」が」
「ふむ、つまり君は娼婦の子供なんだね」
「…」
「どうしたのさ、呆けて」
「どうせ出生でからかうと思っていたので言っていなかったのですが…想定外の反応をされると、ちょっと困ります」
えぇ…そんなデリケートな話題でからかうとか正気か?
私でもしないぞ?
「あはは。そんなことでからかうなんておこがましい。むしろ君の出身は私からしたら羨ましいものだよ?」
「…え?」
「君は娼婦の子供だけど、養育環境はともかく、少なくとも母親の存在は分かっているし、娼館という住む場所があり、食事にも困らなかっただろう?」
「まあ、そうですね」
「私はスラム街の子供でホームレス。両親の顔も知らない。産まれ先の選択ができるのなら、私は雨風しのげる家がある君の生まれを選ぶね」
「その反応は意外です…。それに貴方がスラム街の孤児だったことも。エイルシュタット様に拾われたと言っていたので、てっきり帝国運営の孤児院で暮らしていたのかと思っていました」
確かに、帝国には国が運営している孤児院が存在している。
何度か職員が私をそこに連れて行こうとしたけれど、拒否して逃げていた。
「あそこには飯を盗む目的でしか入り込んだことないなぁ」
「…昔からクレイジーな女ですね、貴方」
「まあ、そうでもしないと生きてられなかった。それに私の性分で孤児院みたいな「他人と足並みを揃えて生活しましょう」って環境、耐えられると思うかい?君も知っての通り、私は人間魔族エルフの三種混血だよ?」
「学生生活を見る限り、無理でしょうね。血の事も影響しそうです。エルフだけならともかく、魔族は今のご時世、特に…」
「そういうこと。だから孤児院入りは避けたけれど、恩恵にはしっかりあやかっていた。そこで暮らしたくはないけれど、食事は欲しいからね」
私に比べたらマシな方なんて言葉は使いたくはない。
比較すること自体、おかしな話題だからだ。
「しかし、学校に入学するまで娼館で暮らしていたって事ではあるんだよね?娼婦さんが母親代わりだったり、姉代わりだったりしたの?」
「ええ。今回、私に依頼を出したエファルは娼館に商品を卸している商人ですが…依頼内容を聞くことになっているリラは娼婦です。二人とも、私のお母さんのような存在なんですよ」
「へぇ…」
そのリラって、作中で私たちが対峙することになる混血夢魔の名前じゃなかったかぁ?
…もしかしなくても、物語上のエミリーが私にあたりが強かったのって、学校のことだと思っていたのだが、リラの方に原因がありそう。
もしかして、いや…もしかしなくても!間違いなく!物語上のノワは神父同様リラを殺ってますね。こりゃあ…。
しかし、なぜ事件の張本人が依頼内容を話すのだろうか。エファルという存在も何か噛んでいる?
エファルが独断専行で動き…リラが振り回されているとか?
…現状では何も読めないな。
「リラって、どんな人?」
「本当に今日はどうしたのですか?貴方が他人に興味を持つだなんて」
「私だって多少はあるさ」
「勇者アリアと出会って、大分変わったと思いますよ。本当に」
「まあ、その点は否定しない、かな?」
私の行動…その大体の根底にいる存在はアリアと永羽ちゃんだ。
彼女が関われば、私も自然と変化する。
「後はその性格の悪さが治ればいいのですが」
「不治の病だから無理そうだ…」
「それは残念。そろそろ到着しますよ」
「どこに?」
「私が生まれ育った娼館「ヴァジュウェギュシェリュミョ」に。リラのことは話すより、実際にあって貰った方がわかると思います」
「ばじ…なんだって?」
今、エミリーはなんと言った?
綺麗な発音ではあったが、長い上に全然覚えられそうにない名称に聞こえたんだが?
「だから、ヴァジュウェギュシェミュミョです」
「ば、バジエグセムモかぁ…変わった名前だね」
「また貴方は!今度は人の名前じゃなくて、人が生まれ育った場所の名前を「わざと」間違えるんですね!」
「いや、こればかりは聞き取れないから…後で書いて?」
「そんな手間はしません。看板に目をくっつけて覚えてください」
「無茶言うなよ」
「それなら眼球に名称を」
「本気でやろうと、万年筆を構えないで貰えるかな?」
むしろそれで書こうとすると、私の目が潰れかねないのだが!
万年筆を構えていた彼女は私を静かに追い回し始める。
そこまでのことをしでかしてしまったらしい。
しかし逃げ回るのは私の十八番。
そう思っていた時代が、昔はありました。
「…彼のものを拘束せよ!」
いつの間に万年筆を杖に持ち替えた彼女は、詠唱を行い、私の足下に鎖状の拘束具を出してくる。
短い詠唱文。強度より早さを優先したのだろう。その早さは私の不意を突くのにちょうどいい代物だった。
間違いなく初級魔法ではあるし、避けることも容易だ。
しかし、しかしだ…!
「初級の拘束魔術を使用してまで、私に娼館の名前を覚えさせたいのかっ!?」
「勿論です!さあ覚えましょう!物覚えの悪い貴方にも覚えられるよう眼球に名称を刻み!腕に入れ墨を刻み!トドメに耳元で念仏も唱えて差し上げます!」
「そんなスパルタ教育があってたまるか!聖銀で練られし清き鎖、邪に飲まれた者を拘束し、悔い改めるまで締め付けろ!」
向こうが拘束魔法を使うのなら私も拘束魔法を使用しよう。
早口で述べた詠唱の後に出現した銀の鎖はエミリーに向かって飛来し、彼女を締め付ける。
「ついでに…!」
頭の中で冷却魔法と水魔法を組み合わせ、冷水を杖先から出現させる。
それを、エミリーの顔面にかけてあげた。
「あぶぶぶぶぶ(訳:ちょっと、何をするんですか)」
「少しは頭冷やしてくんない?名前は純粋に聞き取りづらいし、私には馴染みがない名前だから覚えきれないだけで、将来的には覚えるからさ。てか、私が覚えなくてもアリアなら覚えてくれるから。安心しなよ」
「あぶぶぶぶっ!?(訳:そういう問題ではないのですが!?)」
「あぶぅ!あぶっあぶぶぶぶ!(訳:貴方も覚えてください、ノワ・エイルシュタットォ!)」
とりあえず彼女が落ち着くまで…話ができるようになるまで水をかけておこう。
その間は暇だから、とりあえず何か考えようかな。
そうそう。今頃、アリアは何をしているだろうか。
舞園にいじめられていないといいのだけれど…まあ、アリアだし大丈夫。そう信じていよう。
いじめていたら私が舞園を叩く。
なんて、少しだけ離れて頑張っている友達のことを考えながら、同級生に冷水をかけつつ、彼女が落ち着くまでの時間を過ごした。




