1:エミリー・エトワンス
さて、これは勇者と賢者がスメイラワースを出立してから三ヶ月後のことだ。
勇者様と賢者の旅立ちは急だったそうだが、スメイラワースの管理をしている太陽の精霊と、いがみ合っていたはずの砂の精霊がが見送りを行ったそうだ。。
二人がここで何をしていたのか、勇者様と行動を共にしていた元巡回騎士に話を聞くことができた。
どうやらスメイラワースと二つの種族に訪れる可能性があった破滅を回避したらしい。
流石というべきだろう。
それに、あの賢者はまた難しい魔法を組み立てて…本当に、何者なのだろうか。
「気になるわよねぇ、パシフィカ」
「…そうですね」
「またくたびれた表情をして。勇者様とノワの活躍を見た後、貴方は勇者様に追いつく〜!と気合を入れて修行をしていたと聞いていたけど…」
「…そうですね」
「いざ、こうして実力は十分だと判断されて、勇者後援旅団の一人として旅に出たというのに、気合が抜けちゃっているわよ」
「…そうですね」
パシフィカ・グラウゴス。
精霊でありながら、性別を持つ特別な存在。
そんな彼女を太陽の精霊女王様から預かって三ヶ月。
彼女は全盛期の力を一切使うことなく、今日もけだるげに過ごしていた。
「そうですね、としか返事ができないわけ?」
「そうですね…」
「もう。ノワは規格外なんだから気にしないの!こういう時はね、実力に打ちのめされるのではなく「自分も!」と思う気概が必要なのよ!ここに集った面々は皆その気持ちでいるんだから!貴方もそうだったんでしょう!?」
「そうですね…」
「もー!」
虚ろな目で馬車に揺られる元巡回騎士は正直見てられない。
ノワが何かした可能性が一番大きいけれど、パシフィカは時折「アリア…」と勇者様の名前を呟くのよね。
勇者様と何かあったのだろうか…?
それに、彼女が性別を手に入れたのはそれこそ勇者様たちが旅立つ前らしいし…。
「ねえ、エミリー。貴方はどう思う?」
「あ、ミリア。ちょうどよかった」
「え、荷物をまとめて…まさか、退団!?そんな!貴方みたいな優秀な魔法使いが抜けたらどうしたら!」
「ああああ!そういうわけではないので!ここ、凄く居心地がいいから!追放とかされない限り出て行く気はないので!」
荷物をまとめたエミリーのローブを掴みつつ、彼女を引き留める。
勇者後援旅団が発足してから、彼女は沢山の活躍をしてくれた。
そんな彼女が抜けてしまうとなると…。今後が不安になるぐらい。それに旅団の士気にも大きく関わる。
「ち、違いますからね、ミリア。ずいぶん前にお世話になった人からとある依頼を受けまして。行き先はミドガルです」
「ミドガル…勇者様たちの次の目的地ね。私たちと一緒に行ってもいいんじゃないの?」
「火急の事態だそうで。箒で先行し、ミドガルに向かおうと」
「そう。ねえ、エミリー。貴方のお世話になった人って、どんな人?」
「引かないでくださいね?」
「ええ、勿論」
ミドガルがどういう土地なのかは理解している。
だからこそ、この前置きなのだろう。
「私の出身はミドガル。父親はわかりませんし、母親は流行病で死んでしまいました」
「そう…」
「娼館で育てられた私は、そこに勤める娼婦が母親代わりとなってくれて。今回の依頼もエファル…私のお母さんをしてくれた一人からなのです」
「そうなの。貴方にとって家族の危機みたいなものなのね?」
「そんな感じです」
「…けれど、なぜ貴方はそういう環境であの賢者と同じ王立魔法学校に?」
「…」
「…どうされました?」
「パシフィカ、シャベッタ」
「私、魔法使いさんとは全然話していませんでしたっけ?」
「少なくとも、この三ヶ月はミリアとしか会話をしていなかったので」
「そうでしたか…?」
パシフィカも気になったのか、会話に混ざってくれる。
これはいい兆候だ。
エミリーには申し訳ないけれど…パシフィカの為にもできるだけ会話を長引かせよう
「そうですね。客で来た師匠が私の才能を見抜いてくれて。それがきっかけで、師匠に引き取られたんです」
「お師匠さんがお客さん…」
「色情魔なのは理解していましたので、あまり気にはしていませんでしたよ。魔法使いとしては優秀な存在でしたしね。学ぶことはとても多かったです」
「…貴方は大丈夫だったのですか。そんな人の元で」
「二百歳を超えた女じゃないと興奮しないそうで…」
「ノワの師匠も大概のようだけれども、貴方の師匠もなかなかね」
「あれの師匠は人間じゃないと思っていますので。うちの師匠も龍で人外ですけど」
「ほうほう」
「そういえば、黒髪の女性とお二人は面識がありますか?これぐらいの髪の長さをした…」
パシフィカは胸元あたりに手をかざす。
それぐらいの長さの黒髪を持つ女性とは、私もエミリーも面識がない。
「黒髪?ないけれど…」
「その女性は、賢者の師匠と関係があるようです、お二人は面識がないのですね。てっきり前々から接触があったのかと思っていましたが…」
「そうよ。ウェクリアにいたとき、そんな女性と関わっている様子なんてなかったわ」
「学校にいた時もです」
「それに、砂の精霊女王であるピリカ様が、私の出立前に奇妙なことを言いました。「あの二人は奇妙な二つの運命を歩んでいる」と」
「それは、世界を救う勇者と、その旅に同行する存在だからではないの?」
「さあ。けれど、あの女性のこと。賢者の師匠…それに、ピリカから告げられた言葉。私は、何か意味があると思うんです」
私とエミリーは互いに顔を合わせる。
パシフィカの言葉の意味、意味はわからない事柄のはずなのになんだかしっくり来るのだ。
それに私はもう一つ、気になることがある。
「パシフィカとエミリーだから言うけれど、勇者様にも少々奇妙な部分があるのよ」
「アリアに?」
「私がいた教会の神父が悪行を働いていて、それを勇者様たちが討ち取った話はしたわよね」
「ええ…確か、公式発表とは異なる状況だとも」
「その神父の検死、あの二人が旅立ってから行われたのだけど、奇妙なことがわかったのよ」
絶対に口外してはいけない…そう、思って、新しい神父様と共に証拠を握り潰したのは記憶に新しい。
けれど、この二人になら話しておいていいと。
いや、話しておかないといけない気がするのだ。
「神父は勇者様から首を落とされて死んでいるの。その首には、魔力の痕跡が残されていた」
「…それの、何がおかしいのですか?」
どうやらパシフィカは勇者伝説に疎いらしい。
こちらは今度読ませるとして、勇者伝説の知識があるエミリーは神妙な顔で私が言いたいことを述べてくれる。
「勇者伝説と照らし合わせると、勇者は魔力を持たない。けれど、勇者アリアの剣には魔力が宿っていたのがおかしいということでしょう」
「賢者がやったのでは?表向きは二人の合体攻撃で死んだことになっているでしょう?」
「表向きはね。けれど、あの時ノワは私と一緒にいた。だから、あの人が神父殺しに関わるのは難しいの」
「…アリアにも、何か秘密があると言うことでしょうか」
「砂の精霊女王様の言葉、私が見たもの、パシフィカが見た女性。もしかしたら何らかの繋がりがあるかもしれないわ」
「それを、私が何も知らないふりをして探ってきたらいいということでしょうか」
「そうなるわね。エミリー、お願いできる?さりげなくでいいから…情報を集めてほしいわ」
「ええ、勿論です」
もしかしたら。万が一そんなことはないと思うけれど。
勇者伝説をボロボロに読み込んだ身としては、勇者アリアは「勇者」じゃない可能性も出て来てしまう。
その可能性を潰すためにも…アリアとノワ。二人の動向を支えると共に監視をしなければならない。
私としては別に違っても構わない。
あの賢者はともかくとして、アリアは勇者に選ばれただけの「普通の女の子」
もしも二人に「魔王討伐」以外のやるべきことがあるのなら…。
私は、彼女たちに救われた身として、そのやるべきことを支えてあげたいから。
その後、エミリーの出立を見届けた私たちは、勇者公園旅団としての仕事をこなすためにゆっくりと移動を開始する。
次の目的地は常夜都市「ミドガル」
勇者様たちは、もう到着されている頃かしら。
・・
スメイラワースから北西に歩いた先。
砂漠地帯を抜けた先は岩肌がむき出しになった大きな谷の中。
そこに入ってさらに奥へ。砂漠の夜以上に冷え込んだ上、何故か淀んだ空気が渦巻く墓地を横切り…谷の中でも広大かつ平地である場所にそれは存在した。
そこは土地柄、太陽光が届くことがない場所らしい。
常夜都市ミドガル。幽霊族が住まうこの場所では、太陽光は天敵みたいなものだから。
常夜というに相応しい。朝は来るけれど、常に夜のように暗い都市だ。
「…」
「大丈夫かしら、ノワ」
そして同時に、ここに住まう種族の五割はノワ…というか、一咲ちゃんの天敵。
昔から彼女は幽霊が苦手だ。
今も、涙を浮かべた目をキョロキョロさせながら私の腕にしっかり抱きついている程に。
「ううっ…なんでこんなに空気が淀んでいるのさ。それに。なんで墓地ばかり」
「昔、ここは帝国の領土で帝国の要所が存在した場所らしいわ」
「へ、へえ…」
「今は荒廃しているけれど、のどかな土地だったそうよ」
「そ、それをかつてのメルクリア王国が落として、現在進行形で廃墟って訳?」
「そうね」
「こ、こんなところに墓参りに来る人いるの?」
「戦争の歴史は五十年前程。遺族は少なからず存命しているし、帝国側で定期的にミドガル墓地行きのシャトルバスが出ているそうよ」
「バスあるんだこの世界!まだ馬車かと!」
「オヴィロでは自動車の類いが当たり前にように走っているそうよ。列車ももうあるわ」
「列車は知ってるよ。それに乗ってメルクリアに来たんだ」
「へぇ…」
戦争が終わり、終戦を迎えた両国は今では友好関係をそれなりに築けているそうだ。
日帰り旅行も楽勝。国境の行き来もかなり楽な手続きで済むほどに。
「てか、こんなところに好き好んで行く人間が、ホラー好きと色情魔以外にもいたの!?」
「しきじょうま…というのはよくわからないけれど、そうね。普通にお墓参り目的で来ている人も多いわ」
「そ、そう」
「でも、今日はいないみたいね…誰かがいたら、貴方も安心できたのに」
「そうだね…」
「でも、少し気になることがあるわね」
「何?」
「今回は道中で魔物が出てこなかったでしょう?だから、剣の訓練ができなかったなと」
「ああ、ここに住んでいる魔物は基本的に聖属性…聖剣の力が苦手だからね。聖剣はここではなんというか、虫除けみたいな機能を果たしているよ。聖なるオーラが邪悪な魔物を寄せ付けない。そんな感じにね」
「なるほど…じゃあ、持っておく?」
さりげなく聖剣をノワに渡そうとする。
そういう機能があるのなら、彼女に預けていた方が今後楽になるだろう。
変なものが寄ってこない安心感というのは、大事だと思う。
私は、武器をなくすけれど。
そこはまあ、ノワに守って貰えばいいだけの話だから。
「流石に君から武器を奪う真似なんかできないよ…ここはその聖剣が一番の攻撃手段なんだから」
「あ、そっか。聖属性が苦手だけど、他は全部無効化しちゃうのか」
「そういうこと。私も幽霊族には浄化魔法でしか太刀打ちできないし、この精神不安定っぷりじゃん?魔法も安定しないだろうし、範囲が広い分、また都市を崩壊させかねないからさぁ…」
今回は、範囲が狭い聖剣…私の出番ということらしい。
けれどまだこの剣を上手く使いこなせている自信はない。
剣術の先生とかいたらいいのだけれど、出立はバタバタだったし、練習する機会は少ないし。
今後の為にも、ちゃんと扱えるようにならないというのはわかっているのに。
…いい先生、その辺にいないかなぁ。
「あ、見えてきた。そろそろだよ」
「あれが、常夜都市ミドガルなのね。なんというか、和風ね」
「…娼館街じゃなくて遊郭じゃんか。曾お婆ちゃんさぁ」
「?」
「ああ。ごめん。多分そういうイメージの都市なんじゃないかな。たまにあったじゃん。異世界ものでも、着物を着た子が出てきたりしたじゃんか」
「ああ。確かに!和風の都市があってもおかしくないよね!」
「うんうん。じゃあ、早速手続きに行こうか」
「ええ」
ノワがしっかり抱きついているのは変わらない。
聖剣補正があっても、やはり怖い物は怖いらしい。
ここは私が彼女をしっかり守らなければ!
任せて一咲ちゃん!これまで守られていた分、今回は私が頑張るから!
そう心に誓いながら、歩調を合わせて歩いて行く。
そして私たちは新たな舞台へと、足を踏み入れた。




