35:太陽は夜に必ず追いつく
ノワはそれからも、彫像前の魔法をどんどん仕掛けていく。
「ピルシェゴール!頼んだ!」
「多少揺れるが、問題は無いか?」
「揺れるの?」
「そりゃあ、自分だけが飛ぶことを想定しているのだから…誰かを抱えて飛べばなぁ」
「…私達は箒から落ちないようにしたり、ブレを補正したりする魔法をかけていたりするんだけどさぁ…それ、生物にかけて大丈夫だと思う?」
「試せ。面白そうだ」
「さんきゅ〜ピルシェゴール!話が早い!」
はしゃぐノワの提案を淡々と受け入れ、何らかの魔法をかけられたピルシェゴールはノワを抱えたまま砂色の羽根をはためかせ、宙を舞う。
「…ふむ。飛ぶ際も視界がぶれないな」
「そうなの?」
「ああ。お前の方も安定性があるのか?」
「勿論。些細なズレもないし、むしろ宙に浮いている気分だよ」
「なるほど。これは有用だな」
魔法の構築だけで無く、実験にも付き合って。二人揃って楽しそうに過ごしている。
テンションが上がっているのか、空中の魔法構築もささっと終えて、二人は飛行実験を開始し始めてしまう。
「てかさぁ、ピルシェゴールって私に何か優しいよね」
「…恩がある」
「いや、そんなことは。身に覚えすらないけど」
「お前、私達と遭遇する前に何か潰しただろう」
「あ。ええっと…その…」
「…本来なら怒るところだが、今回は「何も見ていない」と処理をしておいた。私に都合が良かったからな」
遠目からでも分かる程、ノワの目が点になっている。
…なにか、あったのだろうか。
「…確かに、私が潰した「あれ」は…文官か高官に位置する精霊だと思ったけれど」
「奴は我々と犬猿の仲をしている妖精族と懇意にしていた精霊でな。色々あったが、一言で言えば私の立場を危うくされていた」
「…へぇ」
「今回、いの一番にお前達の元に駆け寄ったのは、お前達へ媚びを売り、自分の地位を盤石にしようとしたのだろう」
「そんな上手くいかないのに」
「事実、お前が話を聞かないタイプで助かったよ。これで私もピリカの右腕としての地位を脅かされることもない」
「…ん?」
「これからもピリカの側で砂を支える役を担える。お前には感謝をしているんだ、ノワ。性格も十分気に入った」
「そ、それはどうも…」
「今後、お前に何かあれば私は全力でお前を擁護しよう」
「…マジで?」
「ああ。これからも働いてくれよ、賢者様?私とピリカの平和を脅かす真似をしなければ、私はお前の味方でいよう」
「非常に助かるけど、そこにピリカ以外の同族が含まれていないところが非常に怖いぜ…」
ノワの顔が一瞬青くなっていた気がしていたが、きっと夜の帳か、魔法陣の光のどれかが影響しているのだろう。
だけどそれは一瞬で、またすぐに飛ぶのが楽しそうに笑みを浮かべていた。
「…本当、楽しそう」
「私達、置物ですね…」
「確かに…」
「アリアとしては、その…賢者と一緒に入れなくて不満、でしょうか」
「ううん。そんなことはないわ」
「そうなのですか?」
「ええ。彼女は賢者…魔法使いとして高みにいる存在よ。そんな彼女でも知らないことがあるのだから、こうして様々な事に触れて、可能性を広げることは、凄く良いことだと思う」
「…なんだか、大人びた考えですね」
「そう?」
「…少しだけ、物寂しそうにしていましたので」
「そう見えた?」
「ええ。もう少し自分へ正直になっていいのでは、とは思いました」
両頬を手で押さえ、思案する。
そんな顔って、どんな顔?
ふと、パシフィカの方を見てみる。
そこには、目を細めて宙を舞う精霊を眺めるパシフィカの姿。
なんだか見ていられないほど寂しそうで、その目には憧れが少々滲んでいた。
「…」
「ああ、こんな顔…」
「アリア?」
「ううん。そういえば、パシフィカも飛ばないの?」
この話をされるとは思っていなかったのか、それとも…来るべき時が来たと理解したのか。
パシフィカの面立ちは、真面目なものに切り替わる。
そしてゆっくり…パシフィカの中に抱いていた秘密の話を、打ち明けてくれる。
「…貴方にだけ、お伝えしますが」
「うん」
「私は、羽根が重なっている二枚羽根…なんです」
「ああ…確かに。舞っている時も、周囲とは変わった羽根だなって思っていたの」
「それは生来のものでして、互いに動きを阻害するものですから…その…私はギリギリ宙に浮かび上がれる程度で、あのように自由自在に空を舞うことは叶わない精霊なのです」
「…そうだったの」
「それが私の弱点です。私を指す言葉であれば「原初パークスの忘れ形見」よりは「飛べない精霊」がスメイラワース内では有名かもしれません」
「…飛べない、精霊」
「ええ」
同じ種族の誰もが飛び回る姿を憧れるように、空を見上げる。
いくら見上げても、いくら羽根を動かしても、パシフィカにとって憧れは憧れのまま。
今、ピルシェゴールがいる場所には到達できない。
「私は、まだまだ力不足の精霊です。修行が足りませんね」
「そんな感じには、見えないけれど」
「帯剣していますが、剣術もダメダメなんです。本当に、頑丈だけが取り柄の精霊…彼女みたいに、貴方の力になりたかったけれど、ダメそうです」
「…気持ちだけでも十分。ありがとう、パシフィカ」
一咲ちゃんから話を聞く前だったら、かなりのショックを受けていただろう。
これは、実質的なパシフィカの勧誘失敗。
これで勇者パーティーは、ミリアもパシフィカも、エミリーもいないものとなってしまった。
寂しさは当然ある。
一咲ちゃんと、ノワと二人きりの旅もきっと楽しいけれど…大勢の旅はもっと、楽しかっただろうから。
「でも、いつか…追いついて見せますから」
「追いつく?」
「ええ。飛ぶのは難しいですけど、私も少しなら術が使えますし…それから剣の腕を磨き、戦えるようになったら…その時はお願いしてもいいですか?私も、貴方達の旅に、貴方を支える旅に合流させてください…と」
「…待っている。だけど、百年以上は待てないからね?」
勇者パーティーに勧誘することは失敗した。
だけど、パシフィカ自身が合流を目標に自己研鑽をすると宣言するのなら、その背を押せる言葉をかけよう。
実際に合流を果たせるかは分からない。ノワが拒否をするかもしれない。
だけど、本当にもしかしたら…合流できなかった三人の力を借りなければ乗り越えられない日も来るかもしれない。
その時の為に、布石は打っておきたい。
私自身が死なないために。ノワを———一咲ちゃんを死なせないために。
生きて、物語の終わりへ辿り着く為に。
利用するみたいになっているけれど、出来ることは…しておきたいのだ。
「ええ、承知しています。アリア達は、スメイラワースをいつ経つ予定で?」
「ノワの計画次第だけど、出来れば明日の夜に」
「早いですね…」
「魔王を倒さないといけないのよ?できる限り急がなきゃ」
「それもそうですね」
はしゃぐノワと彼女を支えるピルシェゴールが月に重なる。
ここでのんびり過ごせる夜も、これでおしまいだろう。
二人が帰ってくるまで、私とパシフィカは空を眺めながら夜を過ごす。
スメイラワースの空は、太陽の様に輝く月と、砂をちりばめたような星空が浮かんでいた。
旅の目的は魔王の討伐。
だけどこの旅は、見識を得る旅でもある。
前世はずっと病室の中。外出だってできなかった。
今は旅に出るまで農耕都市リーテから出られなかった。この旅は、故郷では決して見られなかった世界を見る時間でもある。
ここでしか見られない空を、私は生涯…忘れることはないだろう。




