33:護衛陥落
一方、スメイラワースの宿屋。
ドアバンバンで起こされた私とアリアは、若干の苛立ちを隠しつつ来客者を出迎えた。
相手はパシフィカ。夜に訪れると言っていたから悪気がないのは理解している。
約束を忘れ、夜まで呑気に寝ていた私たちにも非はあると言えばあるのだから。
しかし、しかしだ。
人を起こすレベルのドア叩きはどうかと思う。
「うぅ…」
「パシフィカ!まだアリアは眠そうだろ!何てことしてくれる!」
「そ、それは申し訳ない。アリア、ごめんなさい」
「なぜ私には謝らない」
「お前は夜になると元気でしょう?起きておいてください」
ミリアといい、パシフィカといい…なんかさぁ、私にあたり、強くない?エなんとかさんもだけど。
まあ、作中と同じように殺意を持たれていないだけマシだとは思うけどさ。
もう少し、なんというかこう。手心が欲しいところなんだけれど。
「まあ、いいや。とりあえず、精霊側の話し合いは無事に済んだということでいいのかな」
「勿論。その節はお世話になりました。無事に取り決めを行い、今後は両種族であの魔法の管理を行うことになりました」
「そっか。無事に終わってなによりだよ」
「…ところで、賢者」
「なにかな」
「魔法を仕掛け終わったら、旅立つのですか?」
「まあ、そうだね。私としてはこれ以上暑いのは勘弁したいところだし、これでも世界を救う役目を与えられているものだから。最低でも三ヶ月後にはメルクリアとオヴィロの国境を越えたい」
「そう…。そうですよね、勇者、ですものね」
壁に立てかけられた聖剣アヴァンスを一瞥したパシフィカは、深く息を吸う。
この流れ、もしかしなくてもついてきたいと言うところだよな。
…アリアはまだ寝ぼけ状態。
事情を知った今、前みたいに私の妨害目的で、作中通り勇者パーティーを作ろうと、パシフィカを仲間に加えるなんてことは考えていないだろうけど。
今の状態でパシフィカが「ついていきたい」といえば、「いいよ〜」とさりげなく言いかねない!
永羽ちゃんは優しい子だから!
ここは意識が覚醒するまで適当な話をしておくしか…
「賢者、私は」
「と、ところでさぁ、パシフィカ。君、丸くなった?」
「…デリカシーがないとは言われませんか?」
「よく言われるけど、事実。今朝より丸くなっている気がする。宴でもした?」
適当に怒らせて話を逸らそうとしたのだが、事実パシフィカはなんだか丸くなっている気がする。
なんというか、全体的に丸みを帯びているような。
鎧を脱いでいるからかな。いや、それだけじゃないような…?
「いや、そのことについて話そうと思っていたのです。アリアが寝ぼけている今、ちょうどいい」
「ん?なぜアリアが寝ぼけているのがちょうどいいわけ?」
「賢者、私はお前が嫌いです」
多分私のこと嫌いなんだろうなぁって人には何人も会ってきたけれど、こうして面と向かって言われるのは初めてだ。
正々堂々ってやつ?そういうところが、騎士たる所以…だったりして。
いやいや。それどころじゃないか。
「理由をお聞かせ願えるかな?」
「…お前は、私にできないことを平然とやってのける。アリアを救えたのも、スメイラワースが滅びの道を歩まなかったのも、お前の尽力あってこそになります」
「…」
「お前は、私が欲しいものを全て持っています。それがとても、気に食わない」
「真面目だねぇ。得意不得意はそれぞれなんだから。あんまり気にすることもないとおもうし、何なら嫉妬もする必要がないと思うよ」
私はパシフィカみたいに、守ることは苦手だし、人望だって皆無だ。
憧れで嫉妬して、嫌われるのならば、私だって君のことが嫌いになるよ。
君の才能が欲しい。それがあればきっとこの旅ももう少し楽だった。
そう思えるのだから。
「…そして何よりも、君はアリアの心の中心にいる」
「そんなことないよ。私は」
「恋人関係なのでしょう?」
「それは違う!」
なんてことを言うんだ、この精霊は。
ありかもな、なんて思った自分もいるけれど、少なくとも私たちはそういう関係ではない!
私たちの関係は、互いに信頼している友達同士。親友がちょうどいいぐらいだ。
それ以上でも、それ以下でもない!
「おかしい。人間は互いが好んでいる男女同士で付き合うと」
「は?男女?」
「お前は男でしょう?」
「私のどこが男に見えるんだ!この胸は胸筋に見えるのか!」
普段はローブで隠しているそれを見せつけると、パシフィカの顔から血の気が失せる。
それに、動揺し、叫ぶ時の私はいつもより声のトーンが高いらしい。
流石にそれで確証を得てくれたのだろう。
パシフィカは真っ白な顔で頭を抱えていた。
「男じゃなかったのですか!?てっきり声が高めの男性なものかと…」
「流石に無理があるだろ…」
「じゃ、じゃあ私は…最悪の選択をしてしまったのでは?」
「いや、何変な勘違いをしているのかさっぱりだし、君の最悪の選択とやらもさっぱりなんだけど。とりあえず狼狽える前に事情を説明して頂ける?」
「…私は混血の精霊であることは先程話しましたね?」
「うん」
「混血の精霊は、基本的に精霊として生きるのですが…実は「片割れの親」と同じ性質を得ています。能力は勿論ですが…その肉体の性質もまた…同様に」
「…つまり?」
「混ざりでも精霊の血が濃ければ無性で誕生できますが、混ざった先の血が「性別がある種」であれば、一生に一度だけ自分の性別を定めることができます」
「ふむ。つまり君は、性別を手に入れてきた訳だね」
「その通りです」
精霊は基本的に無性。性別がない種族だ。
混ざりの先の性質を持って、性別を手に入れたパシフィカは私を男だと勘違いした…それからわかることは…。
「あの後私は、ソレア様からの尋問でアリアへ好意を抱いていた自覚をしました。彼女の為に力になりたいと」
「それでそれで」
「しかし、アリアにはお前がいました」
「男だと誤解していた私がいたわけね」
「恋愛関係にはなれないとも理解した。だから、彼女の一番の友達になろうと…性別は女にしたのですが」
「それはなんというか、お疲れ様でした」
「私はこれからどうしたらいいんだ!」
「まあ、うん。なんか…頑張れ!」
「うわああああああああああああああああああああああっ!」
やけくそになって、宿を出て行くパシフィカの背を静かに見送る。
流石にその声でアリアも起きたらしく…。
「あれ?パシフィカは?」
「帰ったよ。ショッキングな事があったみたい」
「へぇ…あ、旅についていきたいって聞かれた?」
「そんな間もなかったよ」
「それよりショックなことってなんだったんだろう…話し合いが上手くいかなかったとか?」
「そんなことはないよ。話し合い自体は上手くいったらしいから。ほら、まだ眠いんだろう?もう少し寝ていたらいい。君だって疲れているみたいだしさ、ゆっくり休んでおきなよ」
「んー…」
予定はバタバタだけれども、明日にはここを発とう。
思ったよりも滞在してしまったし、それに…パシフィカも、あれじゃあ気まずいだろうし。
できれば顔を合わせなくて済む時間帯。私も動きやすい、明日の晩ぐらいにでも。
「あのさ、アリア」
「なぁに」
「明日には、発とうか」
「そうねぇ。確かにここには長く滞在してしまったような気がするし、旅は急いだ方がいいわね。けれど、大丈夫?」
「大丈夫って、何が?」
「ミドガルは幽霊の都市だから…かずさちゃん、こわくないかなって…ふわぁ…」
ベッドに再び横たわると同時に、耐え切れなかったらしい眠気が彼女を夢の中に引っ張っていく。
「心配してくれてありがとう。確かに、今も幽霊は苦手だけどね」
けれどミドガルを経由しなければ、オヴィロの国境に辿り着けない。
耐えなければいけない事象は、少なからず存在する。
幽霊はその一つ。
それに心配なのは私の方。
…君は性的なことに疎いようだから。色街なんて劇物を急に与えたら、どうなってしまうか。私は酷く心配だ。
寝息をたてる彼女の手を握りしめ、今後の予定を立てていく。
アリア…永羽ちゃんの協力は今後見込める。
けれど、物語は私が知っているものから大きく逸れていく。
「次はミドガル…たしか、ええっと。そうそう。エミリーの番か」
砂漠の星空も、ゆっくり眺められるのは今日ぐらいか。
次の舞台、常夜都市ミドガル。
無法地帯とも言える色街で、私たちはそれぞれ苦手なものに対面することになるだろう。
さて、そろそろやるべき事をしようかな。
眠る彼女から手を離し、杖を手に取る。
やるべきことは沢山だ。支援魔法の仕込みだって今晩中に行わないといけない。
パシフィカは役に立たないだろうし、永羽ちゃんはおねむだ。時雨さんでも呼び出して背後を守って貰うかな。
———それに、忘れてはいけない。私にはまだ残された枷がある。
『さっき、心が弾んでいたよ、私』
「そんな訳はない。私はいつでも永羽ちゃんの友達だ。君の思っているような感情は一切抱いていない」
進むにつれて、彼女の自我が強くなっている。
記憶も欠落する前に、記録に取る必要がある。
「私、これからも順調な旅ができるのかな…」
仕掛けの準備を整えた後、窓に映る自分を睨んでおく。
窓に映った「私」は、歪に笑った気がした。




