31:賢者の目的
宿屋に戻った私たちは、まずノワを寝かせてあげる。
沢山魔法も使っただろうし、それに慣れない暑さだ。これ以上は流石に起きていられないだろう。
「きゅー…」
「私、氷と水を貰ってくるから。横になっていて」
「…待って、永羽ちゃん」
ふと、前の名前で呼ばれて身構える。
一咲ちゃんの手は私を引き留めるよう、弱々しい力で腕を握っていた。
今この瞬間、この名前で呼ばれたということは…。
「…急ぎで、話したいことがあるのかな。一咲ちゃん」
「まあね。確実にピリカ以外の存在が来ない時間ってこれぐらいしかないし…」
「それはそうだけど、具合は」
「悪いよ。頭も上手く回んないけど…冷房の効いた空間にいれば、しばらくしたら普通になれるから。それに、枷が外れている今。話したいことが山ほどある」
「そっか。枷、外れて…」
枷が外れたということは、彼女は今「何もかも話せる状態」にある。
誓約の枷から逃れた今、私に隠さないといけないと言っていた事柄の全てを話すことができる。
彼女が抱く目的も、何もかも———。
「君が外してくれたんだよ。疲れているのはわかるけど、これは忘れないでほしいなぁ…」
「ご、ごめんね。色々あって、頭の整理が追いつかなくて」
「わかってるっ…」
一咲ちゃんは上体を起こし、そのまま私の腕を引く。
バランスを崩した私は、そのままベッドの上に倒れ込み———ノワの腕の中に収まっていた。
背後から抱きしめつつ、彼女は話を続ける。
「改めて、私は友江一咲。君と同じ病室にいた女の子。君が死んだ三ヶ月後に病死した」
「そう、だったんだ…」
私が死んだのは、春が来る前。桜が咲く前の頃。
その三ヶ月後ということは、一咲ちゃんが亡くなったのは六月頃。夏が来る前。
案外、時間は空いていなかったらしい。
「私は死んだ後、あの図書館で師匠と再会して…誓約通り師匠の弟子にして貰った」
「約束じゃなくて誓約!?」
「うん。師匠アホだから。うっかり誓約にしちゃったんだって」
「えぇ…で、でも椎名さんのお弟子さんになったから、沢山魔法が使えるの?」
「うん。私の転生特典はこれまでの経験を今に引き継ぐことだから。わかりやすく言えば「強くてニューゲーム」…」
「その例えがむしろ分からない…」
「とにかくね、師匠のサポートを経て、素質はあるけど力の使い方もわからないようなポンコツ魔法使いも、エリート支援回復特化魔法使いになった状態でノワに入り込んだ」
「ふむふむ」
「彼女はバランスが良い魔法使いだね。攻撃魔法の効果も自然と底上げされたよ。おかげで今、ギリギリやっていけている感じ」
「そうなんだ…頑張ったんだね、一咲ちゃん」
「これも何もかも今の為だよ。もっと褒めて」
「また後でね」
「ちぇ…それで、永羽ちゃんも受けとく?師匠ブートキャンプ。びっくりするレベルでスパルタだし、地獄はここにあったんだ〜って考えちゃうけど、今となっては「ため」にしかなってないからさ。おすすめしとくよ!」
「け、結果は見てわかるから…機会があったらお願いしてみようかなぁ…」
そんな特典だから、図書館で鍛えれば鍛えるほど強くなれたらしい。
彼女の強さのからくりが、まさかそんな身近なものだったとは…意外だったけれど、ここまで辿り着いているのは彼女自身の持つ才能と、努力の結果なのだろう。
彼の修行は、正直怖そうだけれども。
…受けた方がいい。受けないといけないと考える時期はもしかしたらあるかもしれない。
候補の一つとして、覚えておこう。
「うんうん。本当は使いたくないけど、もしかしたらがあるかもだからね。それに図書館での時間は無限に近いからね。師匠と「勝負ができる程度」までには能力を底上げできるよ」
「最強賢者の名にふさわしいぐらい?」
「それぐらい。けれど、物語上のノワ程度なら、うたた寝しつつ蹂躙できるレベルかな」
「え」
「過剰に戦力を持った自覚はあるよ」
「どうして、そこまでして強くなろうとしたの?」
「全ては君を守るため」
「それ、ずっと言っているよね?」
「うん。それが私の目的みたいなところがあるから」
「一咲ちゃんの、目的?」
これが本題。ずっと気になっていたこと。
誓約で言えなかった、彼女の本当の目的。
「…私は、この物語を「正しく改変するため」に転生した。それは永羽ちゃんも同じだって聞いてるよ」
「うん」
「でも、その認識は違うらしい。君は出版された物語通りに進めて、未完となってしまった「空白の最終巻」———その最後を、私だけに埋めさせようとしている」
「だってそれが、鳩燕さんが望んだことじゃ」
「曾お婆ちゃんはそんなことを望んでいないんだ。むしろ彼女は、アリアを殺したことを悔やんでいた」
まさか、作者本人が作ったキャラクターを殺したことを悔やんでいるとは。
…そんなこと、あるはずが。
「アリアの死っていうのはね、物語のターニングポイントであると同時に、ノワの破滅でもあるんだ」
「そんな重要なポイントだったの!?」
まさか私の死がノワにとって最悪の事象になるだなんて。
今はそうだと断言ができる。
私は一咲ちゃんを、ノワを失いたくない。もちろん彼女も同じ気持ちだ。だからこそ強くなったと言っているわけなのだから。
「うん。全てはアリアの手記に問題があるんだ」
「アリアの手記…それって、存在だけは出てきていたのは覚えているけれど…」
「それが正式に出てきて猛威を振るうのは四巻の話だからね。アリアが死んだ後のことだから、永羽ちゃんが知らない「賢者ノワ」の続きに相当するところ」
「続き…それはおいおい聞くとして、とにかく、一咲ちゃんは私が死ぬのを阻止したかったのは」
「物語を正しく進めるため。鳩燕———鳩波紫苑が本当に望んでいた「賢者ノワ」を紡ぐためには、君と私の生存は前提条件なんだ」
「…」
鳩燕さんが望んでいた本来の物語はあの日、私が死んで紡がれる物語ではなく———私とノワが生きた状態の物語だったらしい。
そんなことが、あっていいのだろうか。
追放なんてしなくていい。
彼女と歩める未来が、あるだなんて。
「と、言うのは体裁」
「へ?」
「君の正体を知った後は、もう二度と、大事な友達を失いたくない。その一心で、君の死を阻止するために動いていた」
「…!」
「死のうとするの、毎回凄くショックだったんだからね?」
「ごめん…」
あの時は、違う目的を見ていた。
「私が死んでから始まる物語」を見ていた。
けれど彼女はずっと「私と生きて成し遂げる物語」を見ていた。
その食い違いが、彼女を知らないうちに傷つけていた。
「まあ…なんだ。やり方は下手くそだけどさ。私はこんなやり方しかできないから。もちろん、今後もそうするつもり」
「事情を把握した今、私も方向性が定まった。だからもうその必要はないと思うけれど…」
「うん。君からの妨害がなくなることは少し安心しているよ」
小さく背伸びをして、気を楽にした彼女は疲れたのか、思いっきり枕を背に倒れた。
顔が見えなくなったので、私も少しだけ身体を動かして…彼女に覆い被さるように、ちゃんと目を見て離せるように体勢を整えた
「これは…」
「どうしたの?昔はいつもこうだったでしょ?」
「互いに起き上がるのがきつかったから、だけどさ」
「どうして、そんなに顔が真っ赤なの?」
「熱の影響だよ…多」
「それはだいじょ、う…ぶ」
顔をさらに近づける。
そしてその瞬間、思い出すのは朝の出来事———あの、事故とのこと。
「ごめん!近すぎたかも!」
「き、気にしないで貰えると。昔はこうして、夏乃先生の目を盗んで一緒のベッドで寝てたよねぇ」
「まあ、うん。そうだね。少し、懐かしいや」
アリアとしては、何をされるかわからなかったからずっと彼女と共に眠ることを拒否していた。
まさか、こんな形で一緒に寝ることになるとは。
人生何が起こるかわからないものだ。
「ゆっくりするのは後にして、話の続きをしていい?」
「うん」
「ありがと。君の妨害がなくなった今、私が次に警戒すべき対象は「外」」
「元勇者パーティーメンバーの皆のこと?」
私の問いに、彼女は小さく頷きを返す。
外…一咲ちゃんはきっとミリアやパシフィカ、エミリーをはじめとした「物語」にいた存在のことを警戒しているようだ。
この物語はもう賢者ノワと同一ではない。
だから、これから先「物語通りにすすむのか」それとも「予想外の出来事」が起こるのかすら、わからない。
それに、一番の懸念点は…三巻の出来事に相当するはずだ。
「それもある。けれど一番は、シフォルを警戒している」
「…アリアに力を与えて、三巻を作り出した存在だったよね」
少女シフォル———またの名をシフォル=ルシフォル。
愛らしい少女の見た目の中に、溢れんばかりの欲望を抱く悪魔だ。
「教会で、時雨さんが言っていたこと覚えてる?」
「予言のことかな」
「うん。嘘くさい話といいたいところだけど…うちの師匠はね、星に愛された魔法使いなんだ」
「それは、どういう」
「星に愛されているからこそ、星が鮮明に見える。だから星見予知の精度はとても高い」
「…あの予言は、当たっちゃうってこと?」
「信じたくはないけどね。行動次第で逸れることはあるだろうけど、九割は当たると見込んでいていい私は死ぬか、それと同等な目に遭うはず」
だからこそ、一番の要因候補であるシフォルを警戒する…か。
確かに一年後は三巻の舞台である聖教都市「メサティス」に到着しているはずだ。
それに、私が死ぬかノワが死ぬのか定かではないにせよ、死者が出る可能性があるのは三巻の出来事に関わる事象。
シフォルが関係している事象、ただ一つなのだから。
「ま、どうにかするしかない」
「そうだね。でも、これからは協力し合えるから。一人で無理しないでね」
「あ、そっか。事情、話せたから」
「そうだよ。だから、相談とかしてくれたら嬉しいな」
頼りになるかどうかはわからない。
物語の記憶も三巻までしかないし、私が彼女を支えることができる事象はきっと…アリアとして得た知識がメインになると思う。
けれど、彼女を支えることができるはず。
側で、一緒の目的に向かって歩くことができるはずだから。
「うん。沢山頼らせて、永羽ちゃん」
「うん、一咲ちゃん」
手を繋いで、一段落。
それから私たちは疲れをとるため、静かに目を閉じた。
久々に一緒に眠る時間。とても暖かくて、離しがたい時間。
…夜、パシフィカが起こしてくれるまで、前世と似た穏やかな時間を、二人で過ごした。




