30:精霊たちの条約
「ピリカ、ソレア。二人には協力してほしいことがある」
「何をしたらいい、賢者ノワ」
「私はするとは言って」
「…スメイラワースが滅ぶのは、母の意に反することではありませんか、ソレア様?」
「パシっ…ぐぬぬ…何をしたらいい!」
そういえば、ソレアの方には了承をとるのを忘れていた。
事情を聞いたのも、先ほどのパシフィカが述べたのが最初になるのだろう。
…事情を詳しく話している時間はあるかもしれない。
しかし、今完成している流れを壊して事情を説明するのは、なんとなく得策ではないと思う。
勢い任せという愚策を強行している感じは否めないけれど、今はこれが最善とも言えるだろうから。
「互いの破滅を防ぐためには、互いの蟠りを消し去る必要があると私は考える」
「…そうだな」
「…数千年単位の蟠りだぞ。そう簡単に解消できるか」
事情をきちんと理解してくれているピリカでさえも、不信感を隠せない顔をするあたり、精霊の種族間に存在している蟠りというのは相当長く、深いもの。
すぐに解決できるような代物とは到底思えない。
だからこそ「これ」なのだろう。
「しかし、話を聞く限り…君たちの蟠りというのは、一瞬でなかったことにできるような代物ではない。互いの大事な者、存在意義、理念に関わる話になってくる」
「大事な者…そうね。母のことを指すのならそう言えるし、スメイラワースの存在意義もまた、同様ね」
「砂の理念…確かに、言えているな」
「蟠りを解消することはできない。けれど、これ以上争いを続ければ互いの崩壊を招く。もちろん、君たちは精霊女王としてそれを良しとしない」
「「…」
「だからこそ、互いに「不可侵」を守る決まりを作る。互いに許容せざるを得ない状況を「仕方の無い事」にする」
「それを、お前の魔法で成すのか。賢者ノワ」
「如何にも。今回、それを成すために私が使用する魔法は「形代魔法」」
二人の精霊女王と…そして、形代にするものに向かって杖を向ける。
ピリカ、ソレア、そして———精霊円舞の彫刻へ。
「ピリカには説明したけど、形代に魂を結びつけて、その形代に害が及ぶとその形代に結びついた魂も傷つくって魔法でね」
「それを、あの彫刻を形代として、私たちの魂を結びつけると」
「うん。アルシアの願いも、君たちの願いも叶う「理想」にね」
アルシアの願いは、太陽と砂…二種族の精霊が共に舞う世界を見ること。
二人の精霊女王は、自分の種族が滅びない未来を願う。
その二つは、同時に叶えられようとしている。
「しかし、だ。アルシアの彫刻もかなりの年数物だぞ。壊れたりしたらどうする」
「その危険もあるから、自動補修の術ぐらい彫刻に書かせて貰うよ。もちろん、天災から守る術も、破壊を目論んだ連中が二度と近づかないようにトラップも周囲へ大量に仕掛けるさ。その辺は得意中の得意だからね」
「えっ…嫌がっていたのに」
真面目な空気なのに、うっかり考えていたことを口にしてしまう。
「やらないといけないことはちゃんとやるさ…苦手だけど、ちゃんとできるからね?」
「そ、そうなの…あ、万年筆は返した方がいいわよね。忘れないうちに返しておくわね!魔法陣を書くのに使うからね!あ、あれ?万年筆がどこにも…」
「ありがと…ってか、私が預かっているの、忘れている感じだなこれ」
「あっ…!」
そういえば、見つけて貰った時に…時雨さんに拾われて、ノワに預けられて。
それからずっと、彼女が持っているはずなのに。
「〜!」
「大丈夫、大丈夫。気遣いありがとうね」
空気を壊したことに対して、無性に恥ずかしさを覚えつつ、ノワの手を強めに握りしめた。
「…珍しく照れてる。空気はぶっ壊れたけど、これはこれでお得ということで…話を戻すね」
「あ、ああ…いつもこんな調子なのか、あの二人は。前世からこうなのだろうか」
「ええっと…形代は外的要因で壊れてしまう可能性があるから、それを保護する術を仕込むことまでは話したね」
「そうだな、賢者ノワ。しかしその管理はどうする気だ。お前たちは旅人。スメイラワースにずっといるわけではない。罠を仕掛けても、術が劣化する可能性だって…」
「その維持は、砂の精霊からはピルシェゴール。太陽の精霊側からも術者を一名出してほしい。両種族から選抜した術者で支え合えば不正が起こることもないだろう」
「私か。それは構わんが…」
「うちからも出すというのなら了承しよう。不正は、させないからな。砂利羽蟻」
「ほう…ピリカ様の御身がかかっている術で、私がそんなことをする訳がない。するとしたら貴殿らの陣営だろう、露出狂の変態羽蟻共」
「はいはいピルシェゴール。落ち着いて。これは休戦協定みたいなものだからね。今後、仲良くして貰わないといけないんだからさぁ…」
ふとした瞬間でピリピリとした空気が立ちこめるが、それをノワが慌てて解消していく。
その姿は見ていて、意外な感じ。
彼女は、正直なところを言うと…争いを勃発させる「そちら側」だから。
「形代魔法のこと、今後の術保持。問題はこれでクリアしてる。それに、各陣営の見届け人としてパシフィカとピルシェゴールが機能してほしい」
「はい」
「もちろんだ」
「後は、お二方の心の準備になるんですけど、大丈夫ですかね…魔法、発動してもいい感じ?」
「「種族の為に、何かを成す覚悟はできている」」
「ひゅう。かっこいいね。じゃあ、始めようか」
ノワの手が、名残惜しそうに私の手を離す。
空いた手は杖に添えられて、それと同時に見慣れた瑠璃色が彼女の足下に現れた。
「象徴と魂に縁の糸を結び、影を重ね、道を重ね、縁が切れるその日まで———運命を同一のものと化せ!」
少しだけ長い詠唱。
魔法陣も、いつもより大きい気がする。
本当にこれは…さっきの憑依魔法より簡単なもの?
ピリカとソレアの胸元から糸が伸び、それはアルシアの彫刻へゆっくりと巻き付いていく。
しばらくすると、その糸は魔法陣と共に消え失せた。
魔法にしては、静かな終わり。
儀式のような厳粛な空気で執り行われたこともあるのかもしれない。
だからこそ不安だった。これで魔法は完成と、いうことでいいのだろうか。
「ふむ。何も変わった様子が…」
「…終わったと、考えていいのか?」
「ふむ。やはり魔法がかかったって感じにくいようだ。パシフィカ」
「なんでしょう」
「代表して、その彫刻に触れてみてよ。こちょこちょする感じでさ」
「は、はあ…」
ノワに指名されて、パシフィカは訝しげな表情を浮かべつつ彫刻の元へ向かう。
そしてパシフィカは、静かに彫刻に触れて…ノワの指示通りに指をたてて、彫刻をこちょこちょするように触れていくと…。
「———ふっ」
「なんか、脇腹、くすぐっ…ふふっ」
「ご覧の通り、彫刻に起こったことが両精霊女王に反映するようになりました〜。はい拍手〜」
「な、なんだか不敬をしてしまった気がする…」
「これで終わりかな。さて、次は罠を仕掛けて行こう…と、いきたいところだけど…」
ノワの身体が大きく傾き、砂に埋もれる。
ゆっくりとうつ伏せから仰向けに体勢を整えて…真っ白な顔で太陽を見上げた。
「…具合、また悪くなってきたんだよね。暑いせいだから、夜には治ると思うけどさ」
「あ、もうそんな時間…」
確かに、そろそろお昼だという時間。
太陽はすっかり昇って、砂漠には暑さが帰ってきている。
ノワが苦手な環境が、戻ってきていた。
「大丈夫、ノワ?」
「大丈夫。まあ、これで一仕事を終えたから解散してもいいと思う。私の仕事は終わったから、後は精霊同士で今後の相談をするぐらいかな」
「それもそうですね。では、私は夜に報告へあがります。アリアと賢者はゆっくり休まれてください」
「そうさせてもらう…」
「宿までは二人で歩けそうですか?無理そうならば、私が付き添いますが…」
「ありがとう、パシフィカ。でも貴方には貴方の仕事があるでしょう?ノワのことは私に任せて。貴方はこの後の事をお願い」
「ええ。任されました。それじゃあアリア。また夜に、宿屋に行きますね。その賢者も術を仕掛けるなら夜でしょうし…護衛は多い方がいいでしょう?」
「ええ。いい報告を…え?付き合ってくれるの?」
「はい。最も、私は盾程度にしかなりませんけど…」
「でも、夜は戦えないって…」
パシフィカは確かに逃げる時、私にそう告げた。
それを見たソナタが頭を抱えながら、パシフィカに一発入れる。
「パシフィカ…嘘つくな」
「…すみません」
「すまないね、勇者。パシフィカに悪気がある嘘では無く、身分を隠す為の嘘なの。許してとは言わないけれど、受け入れてほしい」
「は、はい…」
「一応、こいつは私と一緒で母が最初に産みだした精霊———「原初」の血を引いている精霊。それに、混ざった者が混ざった者だから、スメイラワースで一番強いわよ。混ざった血が何なのかは話せないけど、とにかく夜も昼間みたいに戦えるから。安心して」
「そ、そうなんですか!?」
「如何にも。太陽の精霊女王としてここにいるのだから、母に背く言動はしないわ。パシフィカ。事情は譲歩できる程度に提供した。この状況を作り出した二人にきちんと報いてきなさい」
「…は、はい。配慮、ありがとうございます、ソレア様」
「いい。だけど、混ざった血の事は話すな。それから、自分の弱点は自分で話せ。いいな」
「…はい。では、アリア。賢者。また夜に」
「え、ええ…パシフィカ。後はよろしくね」
後はパシフィカに任せ、私たちは精霊たちと別れて宿屋に向かう。
静かな終わりと始まり。
のちにこの日は「精霊たちの不可侵条約」が締結された日としてスメイラワースの歴史に刻まれた。
私、アリア・イレイスがパシフィカに語った脚色まみれの説明は物語に、そして不可侵条約の功労者である賢者ノワ・エイルシュタットの名前がこの地に残ることになるのはまた、別の話。




