22:至宝はいつでも側に
まず、ノワが私の魂を砂に定着させる。
それからピルシェゴールが術を解除してくれた後のこと。
私は、ノワと共に別室で元に戻るのを待っていた。
どうやら砂から人の身体に戻るのは十分程度の時間が必要らしい。
流石に見られたくはないだろうけど、しばらく身体を失ったことで、思うように身体が動かなくなる可能性が存在するらしい。
ノワは、その為の介助要員としてこの場にいてくれている。
あの発言の後だから、なるべく術が解かれた瞬間には一緒にいたくはないけれど…時雨さんからは笑顔で断られたし、彼女しか頼れる人がいないのだ。
「…ねえ、アリア」
「なあに、ノワ」
「疲れたねぇ」
「ええ。色々ありすぎたから。仕方ないわ」
誰が聞いているかわからないから、とりあえずいつも通り…アリアとノワとして会話を進める。
その境界が曖昧になった瞬間もあったけれど、今後は徹底してアリアとノワとしての時間として、永羽と一咲としての時間として分別をつける必要がある。
「でも、やっと元に戻れるね」
「そうね。一晩の事なのに、なんだか長い時間が経過していたような感じがするわ」
「だね。色々ありすぎたからだよ。情報量が多いと、時間が早く経過したような錯覚、陥らない?」
「確かに、昔もそんな時があったよね」
「うんうん。私はもうほとんど忘れているけれど、きっとそんなこともあったんだろうね」
「そっか、忘れて…」
「うん」
生前のことを、彼女はほとんど覚えていないのだろう。
けれど、わざわざこうして自己申告だなんて…。
「どうして、覚えていないことを伝えてくれるの?」
「え?」
「覚えていないことがショックだとは思わない。だって、ノワだって…事情があることはわかってるから。けれど、それを隠すことだってできる」
「まあ、そうだね」
「けれど、貴方はそうしない。どうして?」
「覚えていると嘘を吐いて、君を悲しませたくない。ただそれだけさ」
「…」
「大事な思い出だからこそ、覚えている君には大事にしてほしくて。嘘を吐いたら、私のことは嫌いになるかもって思ったら、嘘は無理だった」
「そんなことで嫌いになったりしないから」
「たくさん嘘を吐いても?」
「それは…状況と嘘の内容次第?」
「面白いことを言うねぇ。うん、でもそれでいい。でも私は、嘘を「大事な友達」に吐きたくなかっただけだから。それだけはわかってくれると嬉しいな」
…ふと、その言葉の中に鍵を見つけたような気がした。
大事な友達。そうだ。大事な友達。
ノワの誓約を破るパスコードの正体———「君にとって、大事な友達の誕生日」だ。
「…ふぁあ。夜通し活動したからかな。昼間寝ても眠いや」
「まあ、そんなこともあるわよ」
ふと、あの話を切り出そうとした瞬間、砂に変化が現れる。
大まかだけれども、砂は人の形を形成し始めたようだ。
手はまだ指先まで形成されていないけれど、都合はいい。
これならきっと…
「ねえ、ノワ」
「なあに?」
「枷の鍵、貴方の誕生日じゃない?もちろん、私が言っているのはノワではない、貴方の誕生日よ」
「…それは」
「何があるかわからないけれど、試してみてもいい?」
「…うん。お願い」
形成されきっていない手で、彼女の首に触れる。
その瞬間、あの日見た枷が二つ現れた。
そのうちの一つに触れると、四桁のパスコードを問われる。
私は空中に現れたダイヤル式のそれを器用に動かして「1118」と入力を終えた。
それは一咲ちゃんの誕生日。
私の、大事な友達の誕生日。
その瞬間、枷は勢いよく弾けてくれる。
無事に、パスコードを突破できたらしい。
「これで、誓約が一つ解除できた」
「…詳細を伝えることができる枷よね」
「うん。だから、今度また落ち着いた時に、詳細を話してほしい。貴方が目指す物語の話も」
「勿論。ありがとう」
「それは、また後で聞くから…」
「あれ?でもこの枷が外れたってことは師匠ヘルプもう使えない感じかな…?まあいいか。時雨さんいるし」
また少しずつ、身体が形成されていく。
ああ、もう。当然のことをしただけなのに、お礼を言われたらむず痒くなる。
次の話題は、次の話題は…!
「そういえば、貴方…さっき」
「何?」
「精霊女王に言っていたこと。砂に還るべき日は、今日でも一年後でもないって」
「ああ、それ?まあ、うん。本音だけど・・・」
「正直なところを言えば、嬉しかった」
一年後に死なないといけない私にとって、生きていていいという言葉は嬉しいものだ。
だからといって、そう言ってくれた人物を身代わりにして生き残ることはしないけれど。
「…いいんだよ。君はまだ還る必要がない存在だ。今日も明日も、一年後もその先も、健やかに生き続けて」
「…枷が外れた今、貴方は私が死ぬべきじゃない理由も述べられると思うのだけれど」
「そうだね。でも、今ここで」
「話してほしい。それだけは、今、ここで」
気がつけば十分経過していたのだろう。
ノワの両肩に手を置いて、彼女に詰め寄っていると身体が唐突に重くなり、完全に「アリア・イレイス」の身体が形成された。
もちろん、それはノワがあらかじめ予想したとおり全裸。
服までは流石に砂にはできなかったらしい。
けれど今の私には、そんな些細な事はどうでもよかった。
「…あれ?」
「どうしたの?アリ…アっ!?」
ノワに迫っている時に、身体が重さを含めて元に戻った。
その瞬間、私を支えていたノワが身体のバランスを崩し、私と共に床へ。
そして何の偶然か。
元に戻った瞬間には、私の口が、ノワの口に触れあっていたのだ。
『そうですそうです。大事なことだからしっかりメモを取って覚えてください。キスをするのに理想的な身長は15cm!復唱!』
ふと、時雨さんの言葉が頭によぎる程度には余裕があった。
おかげで、理性を取り戻す事ができた。
口を離して距離を取り、大事なところを隠しつつ彼女に謝罪を述べる。
事故とはいえ、やらかしてしまったのだから。
「…ご、ごめんね」
「い、いや、別に気にしていない。気にしていないから…そんなに謝らないで」
ノワは頬を赤くしつつ、ローブのボタンを外し、それを私にかけてくれる
「と、とりあえず魔法で服を作るから。いつもの、その…いつもの服でいい?」
「う、うん。お願い」
あんなに見たがっていたような空気を出していたのに、あの暑さでも脱ぎたがらなかったケープを私に渡すなんて…。
小さな矛盾を覚えながら、私はノワが服を生成してくれる様子を背後から眺める。
「「事故だったけど、不快感はなかったな…」」
びっくりしたのは事実。羞恥故か、まだ顔にも熱が上っている。
そして彼女と触れた口先には、まだうっすらと…異なる熱が残っている気がした。




