17:落日の砂上
つま先だけで回り始めた姿を眺める。
煌びやかな装飾品。そして半透明の布。
それを軽やかに舞わせ、パシフィカは優雅に舞い踊る。
「装飾品はお母さんからの恵み。布は時の流れを示しているんだ」
「布、意外と早く舞っているだろう?」
「そうね。ゆっくり舞わせた方がよさそうなのに」
「時の流れを示すそれは、朝はゆっくり舞わせる。けれど夕方は早く舞わせるんだ」
「早くまたお母さんに会いたい。そう伝えるためにね」
「なるほど。そういう意味があったのね」
布と共に舞うパシフィカの背から、見慣れない半透明が現れた。
形状的に羽根だろう。精霊にも生えているとは聞いていたが…。
「ねえ、貴方たちも精霊だから羽根は生えているのよね?」
「うん。でも、普段は隠しているよ」
声をかけたと同時に、子供たちも含めて周囲のスメイラワース住民である精霊たちは自身が持つ羽根を展開する。
「どうして隠しているの?出した方が楽そうに私は思えるけれど…」
「この都市の成り立ちを知れば、俺たちが羽根を使わずに暮らす理由も自ずとわかるんじゃね?」
スメイラワースができた理由は、太陽による多種族の死を防ぐため。
言ってしまえば、他種族を守るため…。
そして太陽を悲しませないための都市。それがスメイラワースだったはず。
「要塞都市は数多の事象から他種族を守るために作られた都市」
「それは「母さん」だけじゃない。目線的な問題もある」
「アリアは考えたりしないだろうけど、中には羽根を持っている事とか、飛んでいることが気に食わないと言う種族もいるんだ」
「つまり、俺たちはそういう種族が「怒り」を得ないよう、心を守るために、飛ばないようにしているってわけだな。必要な時は、その限りじゃないけど」
「へえ…」
「けれど、お母さんから賜った身体の一部を、お母さんと対話する際に隠すのはよくないこと。だから、この挨拶の時だけは皆、羽根を広げるんだよ」
周囲は羽根をはためかせ、鈴のような音を奏でる。
パシフィカの羽根は少しだけ特徴的。瞳と同じような、透き通る赤。
でも、周囲の羽根とは違って…小さな羽根が大きな羽根に重なっている。
あれではきっと、飛びにくい。
パシフィカが羽根を揺らす度に、心が穏やかになる。
優しくて、穏やかな響き。ついついつられて欠伸をしてしまう。
「私たちはここで寝ちゃうけど、君は夜も活動するんだよね」
「耳栓つけておいた方がいいぞ。ほれ。羽根を規則的に揺らすことで、眠りを誘うんだ。聞いていたら姉ちゃんも寝てしまう」
「ありがとう」
耳栓を手渡され、それを耳の中に押し込む。
羽音が聞こえなくなったのは残念だけど、見ているだけでも幻想的な光景だから不満はない。
改めて、ファンタジー小説世界にやってきたんだなと感じさせられる光景だ。
でも、少しだけ落ち着いたら…この羽音に耳を傾けて眠ってみたい。
そうこうしている間に、パシフィカの舞もそろそろ終わりらしい。
周囲の精霊たちは目を閉じると同時に、光の球体になる。
太陽の精霊の活動時間は日中のみ。
それぞれに家をもっているけれど、帰ることはないようだ。
ここで、再び太陽がやってくるのを眠って待つらしい。
「…耳栓をして聞こえないと思うけど、おやすみなさい」
「また明日な」
隣で解説してくれていた子供たちも、同じように光の球体になる。
眠ってしまったらしい。
「ええ。また明日ね」
二人に手を振りながら、私もまた挨拶を済ませた。
そろそろ日が沈む。
遠くに見える太陽が山間に沈んだ瞬間、パシフィカの挨拶も終わりを迎えた。
「…ふう」
「パシフィカ。お疲れ様」
「ああ、アリア。どうでしたか?」
「凄く綺麗だったわ。朝も貴方が舞うの?」
「いいえ。明日の朝は明日の当番の者が舞いますよ」
「そう。凄く綺麗だったから、朝も貴方の舞を見たかったわ」
「…お褒めいただき、ありがとうございます。嬉しいです」
「そういえば、貴方は眠らないの?」
「もうしばらくしたら。眠る前にこれを見ておきたくて」
「精霊たちが眠った光景を?」
「ええ。綺麗でしょう?」
「そうね。幻想的な光景だわ」
スメイラワースに精霊がどれほど住んでいるのかはわからない。
けれど、ここに集まった精霊以外にもこの場所は太陽の精霊が溢れている。
「スメイラワースには、街灯がありません。理由は何故かわかりますか?」
「これがあるから?」
「いいえ。設備を導入できる立地ではないからです」
砂漠地帯のほぼど真ん中。周辺には魔物が多く、大きな荷物を搬入できる状況ではない。
街灯の設備なんて遠い話と言わんばかりに、パシフィカは目を細めた。
「ここは要塞都市。我々太陽の精霊は…スメイラワースにやってきた方々を守るのが使命です」
「家に帰って眠らないのは、夜を照らすため?」
「ええ。我々が街灯の代わりとなり、旅人達の夜の歩みを守る。その為に、外に集って眠ります」
「…貴方達が眠っている間、誰がこの都市を守るの?」
「この地に住まう友好的な他種族に委託していますよ。私達が眠っていても、問題が無いようにしています。宿まで送りますよ、アリア。安心して眠ってください」
けれど、それだとおかしい部分があると思う。
眠りかけのパシフィカに聞くのはなんだけども、疑問は解消しておきたい。
「でも、貴方は昼間、水を求めていた人を実質敵だと見なしていたわよね」
「…」
「市場の精霊もそうだった。旅人は身元の保証がされているから安心だなんて、変なことを言っていたわ。まるで、貴方たちには敵がいるみたい。あの人もそうだったの?」
「それは、そうですね。守るべきではない害は一定数存在しています」
「…それがどういう存在なのかは、教えてくれたりする?」
「また明日、と言いたいところですが…今、伝えておきましょう。貴方の夜の無事の為に。この地に巣くう邪悪の存在を」
意を決したように、パシフィカが敵の存在を伝えてくれようとする。
その瞬間、パシフィカの後ろにある砂がなぜかパシフィカを狙って飛来する。
「危ない!」
「ひゃっ!?」
パシフィカに飛びかかり、体勢を崩して飛来した砂に視線を向けた。
まだ、動いている、
魔法の類い?もしかしてノワ…ではないだろう。彼女の魔力は一切感じない。
じゃあ、これは一体———!
彼女なら、高らかに自分の存在を主張しながら魔法を放つだろう。
おうおうおう!アリアに手を触れるなよぉ不埒者ぉ!この方がどういう存在かわかってやってんのかあぁん?…とか、小物ムーブをかましつつ現れそうなのは、何でだろう。
一咲ちゃん…私が抱いている一咲ちゃんの印象って何なのかな。最近わからなくなってきた。
それに彼女ならパシフィカの顔を知っているはず。忘れていなければに限るけれど…私が側にいるのだ。ホイホイ攻撃を行うわけがない。
いたずら程度の魔法なら使うだろうけど…こんな攻撃性の高い魔法を使うわけがない。
「パシフィカ。砂が動いている現象に心当たりは?」
「敵…砂の精霊なら、砂を操れる。奴らはいつも夜になるとスメイラワースに侵入してきます」
「目的は、窃盗かしら」
「それもありますが、一番は壁の破壊。アリア、もう少ししたら夜間防衛を委託している他種族が来てくれます。だから」
「逃げろと言いたいのね」
『いたぞ!眠っていない太陽の精霊だ!』
『殺せ!』
周囲にパシフィカを見つけた砂の精霊が現れる。
大丈夫。ここまで私だって…何もしてこなかった訳じゃない!
聖剣を抜き、パシフィカに襲いかかってくる精霊を切り刻む。
「幼いのに、戦えるのですか…アリア」
「太陽の精霊は、眠ればその場に固定されるのかしら?」
「え、ええ…そうです。目覚めるまでは、何人たりとも手出しはできません」
「じゃあ、眠るまで貴方を守ってみせるわ」
襲撃してくる精霊の相手をしつつ、パシフィカと今後の相談をしておく。
眠ればこちらの勝ち。パシフィカが眠った後、ノワと合流して対策をとろう。
できればその委託しているらしい夜間防衛の組織とも話したいな。協力できると思うし。
しかし、この砂の精霊たちの目的は何だ。
砂ということは大地の関係。女神に関係しているのかもしれないけれど…。
物語としては些細な出来事を覚えている訳ではない。
せめてパシフィカから聞ければいいんだけど、今は眠って貰うのが先だ。
事情は後で夜間防衛組織やノワに聞いてみよう。何か知っているかもしれないし。
…できれば早めにノワと合流したい。宿屋の方に回りたいが、流石に向かわせてはくれないか。
「パシフィカ!移動するわよ!」
「え、ええ…でもアリア、それ…アヴァンスで…え?え?」
「そういうわけよ。詳しい話は明日にでも。今は貴方が安全に眠れる場所を探すわ。眠るまでに何分かかる?」
「落ち着ける場所で、十分…ごめんなさい。私、他の精霊より寝付きが悪くて」
「それぞれの個性よ。気にしないで!」
パシフィカの手を掴み、私たちは砂がうごめく音を背に、落日都市を駆け抜け始めた。




