15:大樹の墓標
ここが通り道なのかわからないけれど、しばらくは真っ暗らしい。
私が明かりを作り出し、足下をはっきりとさせる。
「時雨さん、一応聞いておくけれど…明かりがない方がやりやすかったりする?」
「いえ。明るい方が見えやすいですよ」
「了解。じゃあこのまま明かりを灯しておくね」
「ありがとうございます」
ふと、彼女の手先が目に入る。
少し震えている?なぜ?
「大丈夫?」
「なにが、でしょうか」
「手が震えているから。この先不安?」
「それもありますが、あの…その、一つ」
「何?」
「…人間相手に能力を使った直後は、いつも震えが」
それもそうか。この人は元々手袋を使わないと能力の制御が効かないタイプ。
ざっくりと言えば「能力を扱うのが下手くそ」な部類なのだ。
制御が効かないということは、暴発の可能性も多い。
彼女の能力が人間相手に暴発したらどうなるだろうか。最悪、命も奪いかねないのだろうか。
心臓も奪えていたもんなぁ…見えなくても発動できるのは強すぎる。
可能性を考えるのは、怖いな。
「無事に終わってよかったですね」
「本当ですよ。別の物を奪ってしまったらと思うと不安で…」
「私は上手い言葉をかけられそうにないから、後で師匠に不安をぶつけておいて」
「そうさせて頂きます」
本当に受け取られるとは予想外だ。
頑張れ師匠。責任を持って彼女を慰めるんだ。
「てか、練習をしていたと言っていたけれど、鈴海では、定期的に使ってたの?」
「ええ。万が一を起こさないように。けれど、この能力を受け入れてくれる人はほとんどいませんでしたから…隠れて使用していましたし、学校では「遠くの物を手元に引き寄せられる」力だと偽っていました」
「無能力者でもよかったんじゃない?」
「鈴海では難しいですし、それに私…苗字が別々になっても、和夜君と双子だという事は知られていたので」
「ああ。和夜さん。師匠の秘書官だよね。時雨さんの、双子のお兄さん」
「ええ…だから、能力者である必要はあったのですよ」
でも、本当の能力を知っていた人間は限られるって事か。それでいて受け入れてくれた人はその中の一部。
苦労していそうだ。
「この能力を受け入れた上で私と一緒にいてくれたのは、和夜君を除けば、譲さんと紅葉さん、千早さんの三人だけなので」
お兄さんと師匠と、師匠の親友とその彼女の四人だけしかこの人を受け入れなかったということか。
この能力に加えて、本人も大社職員に並ぶ強さを持ち合わせている。
コントロールだって、努力で身につけた。
「格下」と自認する人間にとって、赤城時雨という少女の存在は脅威でしかない。
「ま、その能力じゃ難しいか。極めつけに椎名の件もついてくる。あんたに近寄ろうとする人間はいないでしょうね」
「ええ。お察しの通り」
「ちなみに、私のことは今も格下扱いしてたりします…?」
「試しますか?私も実は試したくて。素面状態でも格下認定なのか、気になります」
「怖いから左手をこちらに向けないで頂きたい!」
「冗談ですよ。今は糸を追うのが優先ですから。遊んでいる場合ではありません」
それもそうか。私たちは今、遊んでいる場合ではない。
それに、もう少しで道が明るくなっている。
警戒は今以上に強めた方がいいだろう。
「…糸の終点も近いですね」
「じゃあ、ここを出た先にアリアがいる可能性があると」
「ええ。だからと言って走らないでくださいね。罠かもしれませんので」
「そんなのないって。道中も何もなかったでしょう?」
「貴方の師匠が死んだ理由。不意打ちで食らった毒ですよ」
警戒する理由には十分すぎる話だね。
話、だけれども!
「あの人、そんなあっけない死に方してんの?」
「ええ、あっけない死に方ですよ。死に際は、安らかでしたがね」
「時雨さん、最期まで師匠と一緒だったの?」
「ええ。最期まで一緒でした」
話している途中で、道が開ける。
草木が生い茂り、大きなキノコや紫のぐるぐるした草など、この世界にも存在しないような植物が幻想的な空間。
不思議の国というものがあれば、きっとこんな代物だろう。
そんなお伽噺のような空間が広がっていた。
「まるでアリスになった気分です」
「確かに。不思議の国が実在したらこんな感じだね。絵本の中に入った気分!」
「貴方今、貴方の曾祖母が書いた小説にいるのですが…」
「絵本と小説は違うことにしているんだ」
ゆっくりと呼吸を行う。
魔力の流れを感知しながら、その性質も感じ取る。
…なるほど、これが精霊が暮らす空間か。
なかなかお会いできない環境でお過ごしらしい。
「…魔力、凄く澄んでいるね」
「そうですか?」
「うん。魔石のおかげで高濃度魔力の影響は受けていないけれど、それ以外は感じ取れる。鈴海でもここまで魔力に満ちた空間はないね」
多分ここは高濃度魔力が渦巻く場所なんだろうけど、師匠サポートのおかげでそれ以外の全てを享受できる。
この場所は、純粋に魔力が満ちているのだ。
魔法使いにとって、この場所はパワースポットみたいな感じで…。
「とっても癒やされる…」
「精霊もいますし、なんなら攻撃もされています。一人で癒やされないでください」
「あ、森だからかな…虫いんじゃん。殺虫剤まいとこ」
「ぎょえっ!?」
「…あえてツッコむべきと判断して、進言させて頂きますが」
「なにかな」
「それ…虫じゃなくて、精霊です」
「え?」
杖から排出された殺虫剤を浴びてピクピクと痙攣している精霊を踏みつけトドメをさしつつ、私は状況を理解する。
一応確認するために、靴を持ち上げる。
そこにはびっしり緑色の汁がついていた。
…とりあえず何も見なかったことにしておこう。
「———気を取り直して、前に進もうか」
「そう、ですか。貴方がそういうなら、これ以上は何も言いません」
若干距離を取る時雨さんの後ろを、靴を地面になすりつけながら歩く私。
会話がないとなんとなく気まずくて、とりあえず話題を探す。
「そういえば、時雨さんの死因って?」
「貴方、生前「話題の提供が下手くそ」だと言われたりしていませんでした?」
「話題を提供するほど話題にも乗れていないし、覚えている範囲だと話し相手は大体永羽ちゃんなんで」
「それなら仕方ないので、今回は受け流しますが…普通は死因とか聞きませんからね?」
「死因なんて普通は聞けませんけど?」
「まあいいでしょう。私の死因は失血死。自殺です」
「なんで!?」
個人的「知り合いの中で自殺とかしなさそうなレベルで精神と態度が図太い女ランキング」一位なのに!
まさか自殺とは。人生何があるかわからないって事なのかね。
こんな素振りだけど、実は学校で漫画みたいな酷いいじめをされていたとか!
「譲さんを一人にはできません。ずっと一緒だと約束しましたからね。どこまでもお供しますよ」
「自殺理由がただの師匠ガチ勢でなんか安心した。でも正直それで自殺するのはヤバいよ。狂愛だよ」
「嫌ですね。純愛ですよ」
あの世までついてくる女は流石に師匠もお断りだと思うけど、受け入れているんだよなぁ。
むしろこの人じゃないとダメってレベルだと思うし…。
これならまだ紅葉さんと一緒にいてくれた方がマシだっての…。
うん。改めて関わって理解した。
やっぱりこの女やべー女だわ。弟子として師匠から引き離そう。
でも今はアリアの事があるから、やべー女でも協力するんだ。
私は使える物なら何でも使う主義でね。今回もその主義に則るまでなんだ。
「その時に師匠もどうせ死んでいるんだろうけど、あの人本当に安らかに死ねたの?その年の四月時点で行方不明になったりで、色々大変だったみたいだけど」
「そうですね…あの日のことは話せば長いので、貴方の質問だけにお答えします。譲さんは眠るようにして亡くなっていますよ。死に場所はあんな感じの大樹の中で…あれ?」
しばらくすると、大樹が生えている広い空間に出る。
この木なんの木?気になるね。見たこともない木だからね。
見たことがない花とか咲かせそうかも。
しかし、なんで砂があたりに舞っているんだろう。
この森林地帯には似つかわしいさらさらとした砂だ。
…近くに砂漠でもあるのかな。
「万年筆、ここにありました」
「万年筆だけっておかしいよ。あれはアリアが貴重品袋に入れていた。あるなら、荷物一式あるはずだ」
「もう少し探してみましょうか。それと、貴方は…アリアさんの所持品とか、何でも、いいので魔力的な何かを追える物をお持ちではないですか?」
「アリアは魔力ないよ?」
「物語上は、です。今は永羽さんの影響があるでしょう?」
「あ、そっか。毛髪でいい?」
勇者の分析他、色々な事に使おうと思って採取した髪ならアリアを追うのにちょうどいい。身体の一部だし。
「昨日の昼間に採取したてほやほやだから。大事にしてね」
「…」
「何だよその目は」
「…気持ち悪い」
「あんたには言われたくないよ」
師匠譲りか知らないけれど、彼と同じように生ゴミを見るような目でそう吐き捨てた後、時雨さんは髪に残った力を頼りに、能力でアリアを探してくれる。
「…あれ?」
「どしたの?」
「アリアさん、ここにいるみたいですよ?」
「地下とか?」
「地下なら、地下に繋がる通路まで糸が伸びるので、その…大変言いにくいのですが」
「うん」
「この砂が、アリアさん…なのかなと」
「うぇい?」
今、足下に広がるさらさらとした砂。
確かにアリアの髪のようにさらさら…じゃなくて!
この砂が全てアリアだと言いたいのか時雨さん!?
「あ、アリア…こんなに小さくなっちまって…私も同じ経験したことあるからわかるよ!」
「同じ経験って…砂ではなく灰ですよね、その経験」
『見ている側としては結構しんどかったよね。身体は消えるし、火葬の間、皆辛そうにしてるし…骨は薬でボロボロだから全然掴めないし』
「ウワコノスナシャベッタ!」
ふと、砂を投げてしまうけれど…あの声には聞き覚えがある。
どんなに忘れようとも、これだけは間違えない。
アリアでもない。遠い昔に聞いていたけれど、時間が経つにつれて聞けなくなった声。
「…永羽ちゃん?」
『そうだよ。一咲ちゃん、聞こえてる?』
「うん。聞こえている。けれどなんで前世の声なのかな」
『私も聞きたいよ…。それになぜか砂にされちゃって、身動きも意思疎通もできなくて…一咲ちゃんと話ができて、安心したや』
「ふむ。ノワさん。私には永羽さんの声も何も聞こえません。魔法で姿が視認できるようにできたりしないでしょうか?」
ふむ。まさかの時雨さんには何も見えていないということらしい。
私も声だけしか聞こえていない。姿は砂として認識している状態だ。
「…実のところ私も「砂」しか見えていないんですよね。声は聞こえるけれど、とりあえず、事情を聞いてからでも構いませんか?とりあえず、アリアが別行動をしてから砂になったまでの課程が知りたい。そうしないと、この砂をどうするかも決められない」
「わかりました。私は周囲を探って万年筆以外の荷物がないか探してきますね。しばらくしたら戻ります」
「お願いします」
時雨さんを見送り、私は砂を両手で掬いつつ、永羽ちゃんの話に耳を傾ける。
彼女が、アリアが私と別れてから現在に至るまでの話を、震える声でゆっくりと紡いでくれた。




