14:精霊界への扉
「つきました。ここです」
「…何もないけど、何かある気配はするね」
「ここで糸が途切れているというか、挟まっている感じなんですよ」
「あーなるほどね。じゃあ、この歪み…かな。それが入口って事なのかな」
ふと、視界に歪みが映る。
わからない程度に歪んだ空間。裂け目に近い。
しかし触れたところで何も起こりやしない。
「…何でしょうね、これ」
「精霊界への道だね。本で読んだことがある」
「精霊…?この世界には実在しているのですか?」
「こっちにはいるよ。鈴海にもいそうだけど、いないの?」
「ええ。既に滅ぼされた存在です」
「へぇ」
つまりのところ、鈴海では精霊という存在はお伽噺。空想上の存在と言えるもの。
滅ぼされて何年経過しているかわからない程度…記録として残っていないレベルで存在していない。
つまり、信じられるのはこの世界で得た知識。
鳩燕…曾お婆ちゃんが作った精霊の情報を信じるなら、精霊界への道は魔力が持つ人間が触れたら勝手に開くはずだけど…。
「…」
「何をしているのですか?」
「この世界に存在する精霊の知識通りに行動した。話を信じるなら魔力を持つ人間が裂け目に触れることで道が開くはず、ですけどねぇ?」
「反応はありませんね」
「ストレートに言うなよぉ…」
「そういえば、譲さんは昔、図書館の中で精霊を滅ぼした少女と話したことがあると言っていましたね」
「よし、誓約違反を!」
「馬鹿なことはしなくていいので。こちらで通信をします。貴方は黙って待っていてください」
「へーい」
時雨さんは耳に手を当てて、何度か「あー、あー」と呟く。
どうやら耳に通信機を装着しているらしい。髪で隠れているからわからなかったや。
彼女を横目に、周囲を警戒しながら待期する。
…ん?あれはなんだろうか。
大きな丸っこい影。
巨大大福。そんなワードが脳裏に過るほど、それはとても丸くてもちもちしていそうだった。
それを何か視認した瞬間、私のお腹が鳴る。
そういえば、晩ご飯まだだったなぁ。
杖を構え、それに向かって照準を合わせる。
「あ、あー…もしもし?私です。私。詐欺じゃないです。時雨です」
「…いけっ!」
「ぴにゃ!?」
「詐欺ではないことを理解して頂きありがとうございます。それで———はいはい。問題を解決するための伝言役を送り込んだ?ああ、ピニャ君が来るんですね。わかりました。では、また何かあれば連絡を」
通信を終えた後、大きなため息を吐いて時雨さんは情報を伝えてくれる。
でもその前に、私から伝えるべき事がある。
「ねえ、時雨さん」
「何でしょうか」
「私さ、実のところ晩ご飯がまだなんだけど」
「なぜ、今そんなことを」
「で、ここにちょうどいいでっかい鳥がいたので捕まえたんだ。時雨さんもご飯まだでしょ?一緒に焼き鳥パーティーしない?」
「た、助けて…助けてぇ…」
「こいつ喋るんだ。おもしれー鳥。見たことないけど食えるかな」
まあこんなにたぷたぷもちもちメタボリックで飛ぶ速度も走る速度も遅いような鳥だ。
まずいわけがない。絶対美味い奴だよこれ。
「ピニャ君!?」
「え、知り合い?」
「譲さんの使い魔です…という訳なので、彼を離してあげてくれませんか?後、この子食べられませんよ?」
「なんだ食えないのか。ほら、野に帰れ」
「失礼な二番弟子め…こうして私を食おうとしたのはこれで五十三回目だぞ…」
「覚えてない。ごめん」
巨大鳥を食べられないのは残念だけど、食べられないのならようはない。
拘束魔法を解除して、ピニャケルとやらを解放する。
…こいつと私、面識があるのか?
こんなに美味しそうなら覚えている筈だけどな。
「貴様!先ほどから!」
「てか師匠の使い魔て…ぷすす。あの人、こんな役に立たなさそうなメタボ鳥を使役してたのか…」
「ぴにゃ!?」
「もう少し格好良い鳥でも飼っていると思ったんだけどな。もしかしなくても、師匠の愛玩生物?時雨さん、そこのところどうなの?」
「失礼な!私だって使い魔として当然の機能は備えていますよ!ね、時雨様!」
「魔力を吸う以外で何かできたとは、譲さんから聞かないのですが…」
「後は主を癒やす抱き枕としても」
「それはもうペットなんだよね」
言うことは聞くけれど、戦闘には役に立たない鳥らしい。
枕にしかならないような鳥をお使いに出して、師匠はどうしたいんだ。
あ、これで癒やされろってこと?確かにフォルムが人をダメにしそうな感じではあるけど…口うるさいからそれも満足に果たせなさそう。
「あとお使いもできます。これを。」
「これは?」
「主から預かった鈴海側の精霊知識を記載したメモと、主の魔力で作られた魔石ですね」
「メモはともかく、魔石は何に使えば…」
「高濃度魔力を凝縮した魔石。本来ならば素手で触れないこれを加工して、身につけられるようにしています。精霊界に入る際は身につけてほしいとのことです」
「なるほど」
「では私はこれで。主に慰めて貰います!あるじぃ!」
ピニャケルは仕事を終えたらすぐに帰ってしまう。
残されたのは、師匠のメモと、魔石がはめられた腕輪が二つ。
私は時雨さんからメモを受け取り、師匠の助言に目を通した。
「ふむ」
「何が書かれていたのですか?」
「とりま魔法作れってさ」
長々と書かれていたけれど、要約するとこんな感じ。
精霊に関することは後でじっくり読むとして、時雨さんに報告する分であれば、これで十分だ。
「とりま…わ、私は能力者なので、魔法の原理はよく理解できていません。簡単にはできるのですよね?」
「まあね。でも、今回は難しいかも」
「精霊に関する知識を持たないからですか?」
「その逆。持ちすぎているから、困っている」
魔法は想像力で作られる。
今回の場合は少し厄介で、必要のない精霊知識が魔法の生成を妨げている。
この歪みは、別世界に存在する精霊界への「扉」
それに対する「鍵」を魔法で作ればいいことは理解できた。
けれど、思い浮かばない。
魔力を流して扉を開ける。この世界の固定観念が思考の邪魔をする。
「どうしよう。早くしないといけないのに、全然思いつかない…」
「なるほど。この世界で知識が邪魔なのですか」
「そういうことだね」
「奪いましょうか?」
「…その能力、記憶まで奪えるの?」
「言ったでしょう?格下相手なら何でも奪えると」
「でも、私と時雨さんって実力的にどうなのよ。奪えるの?私相手に」
「…少し、いえ…できないことはありません!」
時雨さんはそう言って、私の顎を蹴り上げる。
後頭部から勢いよく倒れた私の頭を———彼女は思いきり踏んづけた。
…背後が砂漠でよかった。石畳の上で倒れたりしたらこの程度では済まない。
え、なんで?なんで?なんで記憶を奪う云々の話なのにこんなことをされているのだろうか。
「今の貴方は、私に負けた———「格下」です」
「…ふん」
なるほど。そういうわけか。
魔法も能力も「気の持ちよう」ということらしい。
私の力量と彼女の力量。正面から戦えば、勝つのは私だ。
時雨さんの能力は強い。けれど、同等程度の相手になると賭け要素が発生する。
だから、それを潰すために、確実に能力を発動できるように、目に見える形で私を格下扱いできる状況を作った。
多少荒いが、これぐらい過剰にしなければ、賭け要素を排除できなかったらしい。
彼女もまた、私を同格と認めている。
靴底が、控えめに頭上を動く。
「踏みにじる」にしては、やっぱり甘すぎる。
それでも彼女の意識は私を格下だときちんと認知したらしい。
左手から私の頭を包むように糸が伸びる。私には触れられないそれは耳の穴から頭の中へ。
「———この世界に存在する精霊の知識だけを、貴方から頂きます」
頭痛を一瞬だけ覚える。
それからするりと糸は抜け、光の球体が耳から摘出された。
それを手のひらに転がした後、時雨さんの足が離される。
「…ごめんなさい。確実に奪うための状況を作らせて頂きました」
「構わないよ。途中で察していたし。でも凄いね、この能力。こんな器用に、ピンポイントで奪えるんだ…」
「練習は欠かしていませんから。ほら、これ」
「なにこの魔石」
「…回復作用のある魔石です。回復魔法、自分には使えないのでしょう?」
「それは普通の魔法使いだけね。私達は使えるよ」
「余計なお世話でしたか」
「んや。魔力の温存ができる。使わせて貰うよ。後は任せて」
彼女の背中を叩き、杖をしっかり握りしめる。
うん。さっきより雑念がない分、作りやすくなっている。
「…歪みし裂け目は出会いの開き目。今一度、我とまだ見ぬ友に辿り着く道を示せ!」
詠唱を終えた瞬間、歪みは入口を形成する。
この先に、アリア———永羽ちゃんがいるはずだ。
「時雨さん、あの鳥が持ってきた腕輪をつけて。この先はこれがないと進めない」
「了解です。はい、貴方の分」
「ありがとう」
「糸は再び掴めました。居場所を追えます」
「どうも。それじゃあ進もうか」
「はい」
腕輪をはめて、ゆっくりと前に進む。
この先は精霊界。
何が起こるかわからないけれど、できるだけ早くアリアの元へ辿り着かないと行けない。
震える手で杖を握りしめ、精霊界へと足を踏み入れた。
どうか、無事でいて。
そう願いを込めながら、私たちは別世界に入り込んだ。




