13:青鳥の観測
「ふむぅ…スメイラワースの市街地にも、地下通路にもいないねぇ」
少しのイレギュラーには手を貸そう。
時雨がそうしているのなら、僕も「彼女の無事だけ」は確認しようと思う。
彼女とは異なり、僕が手出しするのは緊急事態だけだ。
最悪、僕もここで出張ることになるかもしれないけれど。
「けれどそれはそれでどうなんだと言う話だよね」
こんな序盤で死にかけるとなると、今後に何一つ期待できなくなる。
永羽も一咲も、二人ともまだまだ青い。
けれど二人とも「育て甲斐がある」と思うぐらいの存在だ。
才能に恵まれていると言えばそうだ。
けれど彼女たちは、互いにも恵まれている。
お互いに守りたいと思える相手が、お互いと共に戦いたいと思える相手が———。
———共に、競い合える相手が。
『よろしくな、椎名。同い年だし仲良くしようぜ』
『…よろしくね、新人さん』
『自己紹介聞いてなかったのかよ。二ノ宮紅葉。紅葉でいいからな』
『覚えるのが面倒くさい。来年生きていたら覚えるよ』
『言ったな!来年生きてまた自己紹介してやるからその時はちゃんと覚えろよ!言質取ったからな!』
『…そういう意味で言ったわけではないのだけど』
『椎名!前出過ぎんなって!お前、魔法使いだろ!?後ろで戦えよ!』
『どこでも戦えるようになるべき…君こそ、前に出過ぎだよ、二ノ宮君。死にたいの?』
『お前…名前覚えて。一年経ってないぞ?椎名?椎名?』
『…うるさいよ、バカ葉君』
『いまバカって言ったなー!』
『昇進試験合格おめでとう!今年はお前だけらしいぜ』
『…ありがとう』
『単刀直入に聞くけど、譲は昇進試験以降、俺と夜雲に関する記憶が抜けてるってマジ?』
『…らしいね。ごめんね、全然覚えていなくって』
『いいっていいって。気にすんな。また一から始めたらいい。また忘れても、何度でも。最初から始めよう』
『…ありがとう、紅葉君』
『うわきっしょ。呼び捨てだよ。呼び捨て。記憶を失う前のお前は俺を「紅葉」って呼んでいた』
『そうなの?』
『…実は君付けだったけどな』
『?』
『また入院したって?』
『…無理が祟ってね。ごめんよ、この前の約束、すっぽかす事になって』
『映画の約束?お前が倒れたから、俺が待ち合わせ場所で三時間も待ちぼうけする羽目になったこと気にしてんの?』
『…うん』
『自分が大変な時に俺の心配してんじゃねえよ…今日の分の薬は飲んだか?』
『…』
『飲んでねえのな…ほら、準備手伝ってやるから。昼間は何錠だ。全部で二十錠か?』
『…二十五』
『また増えたのかよ…』
『譲!次また赤点を取ったら留年なんだ。助けてくれ!』
『いいじゃないか。せっかくの機会だ。小学一年生からやり直しておいで』
『そんなぁ!譲は俺と中学卒業したくないの?高校の入学式したくないの?』
『中学は勿論だけど、高校も別々だよね、紅葉…』
『大社の規定だと、十五歳で誓約を結んでいいことになる』
『僕はこれからも君と歩むよ』
『ああ、俺も同じ。お前と一緒だ』
『『これから先も、共に自由を歩む為に戦い続けよう。望む未来を手に入れるための誓約を結ぼう』』
『…なんか変な感じだね』
『それでも、これで俺たちは一蓮托生だ。これからも頼むぞ、相棒!』
『ああ。こちらこそ』
『でも、よかったのか?』
『何が?』
『いや、俺はお前に命を預けても良かったんだが』
『僕と命まで共にしたら、紅葉も早死にしちゃうよ。身体、弱いことは説明しただろう?』
『…でも』
『仕方の無いことだよ。できるだけ長生きできるように頑張るけどさ、三十までは流石にね…』
『譲、高校卒業おめでとう!…って、また入院してんのかよ』
『最近体調悪くてね…それで、どうしたの?』
『いや、春から千早もこっちに来るし、いつもの面々で大学の入学式で写真撮らないか〜って思ってさ。譲も千早も鈴海大学だし、俺も珍しく一緒な訳だしさ』
『…入学式、出られるか分からないから。二人で撮りなよ』
『嫌だね』
『でも…僕が間に挟まっても邪魔なだけじゃない?』
『それ、誰が言ったよ』
『誰も。でも、二人は付き合っているわけだし、僕が間に挟まるのは…申し訳なくて』
『俺も千早もお前と撮りたいから誘ってんだよ』
『…』
『元気になったら、どんな形でも三人で撮ろうな。その次は大社の同い年組だ』
『…ああ』
『復帰おめでとう、譲。早速深夜哨戒たぁ。運がない』
『…君がいるから大丈夫だよ』
『何があっても、ちゃんとここから見てっからな、譲。背中は任せろ〜』
『なんだいその気の抜けた見送りは…まあ、君なら安心だ。背中は任せたよ、紅葉』
『最近元気がないな。どうした?検査結果、良くなかったのか?』
『…そんなところ』
『…何か、したいことはあるか?何でも付き合うぞ。お前は一度気晴らしをした方がいい』
『…そうだね。ねえ、紅葉』
『んー?』
『…大人になるって、どんな感じ?』
『なに聞いてんだお前…』
『ああ、いや。昔、大人になったら会おうと約束した子がいて…』
『何を持って大人と定義したら、会えるか考えてるのか…?』
『そんなところ…』
『お前はもう二十歳だし、立派な大人だろうよ…で?その約束の子って誰?相棒に教えてみ?』
『…ごめんな。俺たちが無理矢理会わせようとしなきゃ…』
『それになんだよ、青髪って…お前、十二歳の頃から白髪で…』
『違うんだ紅葉…僕、元々青髪で…でも、お父さんとお母さんが死んだ後、徐々に真っ白になって…隠していてごめんね』
『泣くな譲。怒ってないから。ほら、呼吸を整えろ。身体に無理が…』
『…ごめんね、紅葉。今は一人にしてほしい』
『でも』
『…いいんだ。やっとツケが回ってきたんだよ。自分だけ幸せになろうとした自分が愚かだった』
『…何を、言って』
『大人になれない僕が、両親が死んだ原因である僕が…未来を望むべきではなかった』
『譲、流石に今のお前は一人に出来ない。うちに来い。一緒にいよう』
『…ごめんね』
『よー、譲。今日もいい天気だな』
『管理人がいるとはいえ、やっぱりお前のところはよく荒れるな』
『…それもそうだよな。管理人だけじゃ、この量を管理するのは無理があるか』
『せめてお前と、お前の両親の墓だけでも綺麗にして帰るから…その間、独り言を聞いてくれるか?』
『いや、やっとお前を連れ帰れた訳だしさ』
『…あの日、無理矢理にでもお前を家に連れ帰っていたら、お前はこんなところにいなかったのかな』
『こんな事になるのなら、お互い命を懸けていた方が良かったかもな』
『それなら、俺を死なせまいと…お前は全力で無茶をしただろう?』
『なんで、こんなところで死んでんだよ。馬鹿野郎…』
…「僕」にも「いた」からなぁ。
もう二度と、顔向けできない親友のことを考えながら、僕は周囲の観測を続けていく。
ふと、空間の歪みを見つけた。
スメイラワースを囲む砂漠。時雨とノワが進んでいる北東方面だ。
「…精霊の通り道か」
あることを確認するために、倉庫へ賢者ノワの原作本を回収しにいく。
該当する巻を手に取った瞬間、近くの本棚が倒れてきた。
「うぉう…」
『本棚を倒す貴方は想像に容易いので』
避けた瞬間、時雨の呆れた声が頭に響く。
うん、そうだね。想像に容易いね。
こう、現実で起こしてしまうと、魔法がない自分の無力さが憎くなるよ。
「…ピニャ」
「御用でしょうか、主」
影からにゅるりと現れた、たぷたぷボディの巨大魔鳥「ピニャケル」
僕が使役している使い魔だ。
小さい頃、両親が与えてくれた魔力を餌にする彼は僕に残された唯一の家族。
そして世話係でもある。
彼は記憶を失った状態でも、優しくしてくれる。
「本棚直しておいて」
「え、この前耐震補強をしたばか…うぉっ!?ちゃんと固定したのに!なぜ!」
「甘いって事じゃない?」
その瞬間、ピニャはつぶらな瞳をこちらに向けてくる。
それには呆れと空しさ、トドメに悲しさを潤ませ、僕と目があった一瞬で逸らす。
「…主」
「何かな?」
「もうずっと椅子に座っていてくれませんか?」
「足腰が悪くなるよ」
「運動器具、買いますから」
「無駄遣いだって怒られる」
「修繕費よりは、遙かに安いので…」
「それもそうかも」
けれど、死んでも運動というのは意外と大事なものだ。
身体を動かしておかないと、ふとした瞬間に身体の動かし方を忘れて溶けそうになる。
「しかし主。なぜ原作本を?」
「そういえば、なぜパシフィカは勇者パーティーに属したのか確認をしたくてね」
「ふむ。単純に勇者に惚れたからでは?」
「彼、いや彼女…?まあ、いいや。パシフィカは無性の精霊族なんだ。だから惚れた腫れたの話題はパシフィカには通用しない。それに、ミリア、エミリー、パシフィカが勇者パーティーに属したのは「ノワへの怒り」が第一なんだよ」
本来ならミリアは育ての父親を殺され、エミリーは魔法使いとしての尊厳を踏みにじられるだけでなく、育ての親同然の存在を殺され、ノワに恨みを抱いた。
それを放置している物語上のアリアもどうかと思うけれど、とにかく二人が合流するきっかけは、物語上のノワが全力でやらかしているからというのが第一。
もちろんそれはパシフィカにも当てはまることだ。
勇者より、その側にいた賢者の方に理由がある。
原作本をペラペラとめくり、該当箇所を探していく。
「ああ、あったあった。パシフィカの合流理由」
「なんと?」
パシフィカは太陽の精霊。
太陽の精霊は、自分たちの母であり、王である太陽が危険な存在だと理解していた。
母が原因で「誰かが死んだ」それも「たくさん」
それは子供たちである太陽の精霊はもちろん母である太陽もまた耐えがたい事象だった。
そうして作られたのが要塞都市スメイラワース。
母である太陽の影響力が強い土地で、太陽が誰も殺さないように。
太陽の精霊が人々を太陽の危険から守るために作られた「中間地点」というわけだ。
けれど、それをよしとしないものが砂漠に住まう「砂の精霊」
大地の女神グラウシュペリアを母に持つ砂の精霊の考えは「この世に存在する万物は来たるべき日に母の元へ還るのが義務」というものだ。
砂の精霊にとって太陽は、太陽の精霊は死神としての役割を全うすべきだと考えている。
そして太陽の精霊たちが庇護する人々も、この場所で大地に還るべきだとも。
「だからこそ、人々を守る壁の撤廃を望み…人々が大地に還るのを促進したい」
「それが、アリアを連れ去った砂の精霊の考え方でしょうか」
「おそらく。少し、推測は混ぜているけれど」
「そんな面倒そうな問題を、ノワはどう解決したのですか?」
「…皆殺し」
「はい?」
「太陽の精霊と砂の精霊、両方皆殺しにした上でスメイラワースを壊滅させた。生き残ったパシフィカはカンカンってわけ」
「絶対カンカンどころの問題じゃないですよね」
事実、物語上のパシフィカはノワに何度か殺人未遂をやらかしている。
もちろんそれはエミリーもミリアも同様だ。
ノワはそれらに対し、表情一つ変えずに受け流している。
物語上のノワ・エイルシュタットという存在は、最終巻になってもその心情や過去が大きく明かされることはなかった。
だからこそまだまだ隠されていることがある。
その心情を理解することが、鳩燕の…鴇宮紫苑の願いを叶える一歩となりそうなんだけども。
「…まあ、とにかく。アリアは無事らしい。後は時雨とノワが見つけるのをのんびり眺めておこう」
「確認できたのですか?」
「ああ。後はノワに任せよう。時雨はその先に進む術を持たない。歪みの先に進むには、ノワがその歪みを開く魔法を作らなければならない」
「作れるのですか?」
「これぐらいであれば、彼女にも造作もないことだよ。ただ…」
「ただ?」
彼女は歪みを「扉」と認識することができるか。
それにあの世界は知識不足だと命に関わる。
…精霊という存在は、僕たちが生きていた時代にはもう存在しない生物だ。
現代にはお伽噺の登場人物程度にしか出てこない存在。
けれどこの世界にはかつて、精霊という存在がいた。
それも遠い遠い昔に。歴史の記録にすら残らないほど遠い昔。
僕も、彼女に教えて貰わなければ歴史上の記録としての知識すら持つことが叶わなかっただろう。
『精霊および生霊という存在が伝わっていない?』
『それも当然な時間が流れているようだからね。仕方もないさ』
『いない理由?単純だよ。僕が滅ぼしたからね』
『なに、あの生物はこのように存在してはいけない物だ。世界を滅ぼすような害は存在してはならない』
『そしてまた、それを滅ぼした害もまた、この世界には存在してはいけないものなのさ』
精霊がいない理由は単純だった。かつて図書館にやってきた少女が滅ぼしたから。
足を引きずり、リボンタイを巻いた傘を杖代わりにした少女は…迎えにやってきた二人の青年と共に図書館を後にした。
確か彼女は精霊に関してこう述べていたな。
『精霊は基本的に別世界へ住む世界を構築している』
『歪みはその入口だ。ちなみにだが、人が生きられる環境ではないぞ』
『君にわかるよう言語化するなら、高濃度魔力の世界と言えばわかりやすいか。精霊は純度の高い魔力が満ちた空間に生きる存在だからね。無策で入れば大気が身体を蝕み、老化を進ませ死に至らせる』
『人が生きるためには、体表に…そうだな。君ならばその魔力というものを纏えば良さそうだな』
『あくまでも君だけに限る話だ。他の人間が同じ方法を使用して生き延びる保証は僕にはしかねるからな!』
『だから、君の魔力を封じた何かを他者に与えればいい。魔石の扱いは心得ているだろう?後はどうするか。君の場合、無駄な説明はしなくて良さそうだ』
「…ふむぅ」
「主?」
「ピニャ。少しお使いを頼まれてくれるかい?」
「主の頼みとあれば」
僕はピニャに二つの預け物をした後、ピニャを物語の世界に向かわせる。
命の危険にレベルをつけるものではないけれど、今はまだ僕の出番ではない。
「頼むよ。ピニャ、時雨」
ピニャを見送った後、僕は紙コップに紅茶を淹れる。
全然雰囲気が出ないそれを片手に、再び椅子に腰掛けて見守りを再開した。




