7:甘いものは回復の一歩
「エミリーさんや、どうして私達はドロドロなの?」
「それはですね、一咲。部屋の大掃除をしたからですよ」
「なんか、ごめんな。あたし達見てるだけで。ほら、水。飲めそうか?」
「もぐもぐ。これ、食べる?」
「ありがとう。二人とも」
「ありがとうございます・・・」
ヘトヘトの私とエミリーは互いを背もたれにしながら、ベリアとヴェルがそれぞれ差し出してくれたものを受け取る
ベリアは水。ヴェルは携帯ゼリー
大社印の携行用完全栄養食だ。ちなみにお味はハニー(意味深)味
本来なら人目につきやすい環境で「この世界らしくないもの」を出すのはダメだと言うべきなのは理解している
けれど、疲れ果てた私達に正常な判断ができる訳がない
この世界にない甘美に手を伸ばし、勢いよくキャップを開けて、口に含んだ
「ちゅーちゅー」
「ちゅーるちゅーる」
実に摂取しやすい。お腹に程よく溜まってくれるし、程よい甘さが疲れを和らげてくれる
しかし中身がなぁ・・・中身がなぁ・・・美味いのが憎いなぁ
譲が宗教勧誘も尻尾巻いて逃げるほどの勢いで滅茶苦茶勧めてくる上に、奴を見つけ次第私の口にぶち込むだけの効能はあるんだよな
「・・・ちゅる?」
「どしたの、エミリー」
「いや、魔力も軽く回復しているような気がして・・・内容物はと」
「エミリー」
「なんでしょう」
「エミリーって、食事にこだわりとかないタイプ?何か食べられないものとか、死んでも食べたくないものとか」
「そこまでありませんよ。食事文化も見聞の価値がありますので」
「虫食に、抵抗は?」
「・・・なぜこのタイミングでその話を振るんですか。ま、まあ?熱帯都市にお邪魔した時に毎日のように食べていたので?抵抗は周囲よりありませんが・・・」
よかった。じゃあこのゼリーの内容物を話していいらしい
問題は、私のメンタルが持つかどうかってところかな
「鈴海にはさぁ、譲が魔獣食の中でも特段気に入っているメルビーっていう蜂の魔獣がいるわけね」
「ふむ。あの椎名さんのお気に入りというと・・・食後のメリットが大きいのですか?」
「うん。メルビーってミツバチみたいな生き物でさ。普通のミツバチは花の蜜だけを集めるけど、メルビーは花の蜜の他に、花に含まれる魔力も回収するんだ」
「魔力の蓄積器官を有しているのですか?」
「うん。で、蜜と魔力を適度に混ぜて「メルビーハニー」を精製する。その中でも将来女王蜂になる子供にしか与えられない「ロイヤルメルビーハニー」っていう代物がある。通常のメルビーハニーより魔力の純度も量も多く、甘さが際立つ至高の逸品ね」
「まさか、それが・・・」
「それを大量に飲んで巨大化したメルビークイーンがこれの材料」
「そこまで話を引っ張っておいて、蜜ではなく本体を利用している食事がありますか!?」
「うちの師匠の魔獣食なんて所詮そんなもんだ」
「でもまあ、先程まで疲労で立ち上がれなかった程なのに、ここまで元気になりましたし・・・魔力も全回復しているような気がします」
ゼリーをなんだかんだで完食しているエミリーはすっと立ち上がり、軽く飛んだり跳ねたりしてみる
動きは軽快で、先程までぐったりしていたとは思えない
「まあ、女王蜂だから優先して高栄養の食事を提供されている。魔力の回復だけじゃなく、身体疲労も問題なく解決できるほどのエネルギーを蓄えているって事なんだ。それに、他のメルビーみたいに毒がない上に攻撃力も滅茶苦茶低いからね」
「つまり、働き蜂さえ攻略できれば」
「後は簡単。滅茶苦茶栄養価のある代物がお手軽に手に入るって訳だ」
メルビーはこういうゼリーへの加工が行われているとおり、非常に狩りやすい上に魔獣食に悦を覚えている変人共だけの珍味でもない
鈴海に住まう能力者にとって、貴重な回復手段であり
同時に一番親しみのある魔獣食と言えるだろう
「しかし、女王蜂・・・ですよね。そんなポンポン狩って大丈夫なのでしょうか」
「それは大丈夫。女王蜂が死んだら第一王女が女王蜂になる。第一王女も死んでいたら、第二王女、第三王女・・・って、なるから」
「どれだけ女王蜂候補を用意しているんですか」
「私が修業時代に譲から放り込まれた巣だと、第十王女までいたねぇ。中規模の巣だったから」
「じゅっ」
「当時の私は面白半分で、女王蜂と王女十匹を順番に狩ったんだよね」
「面白半分で生態系の観察をしたんですか貴方は・・・」
「けれどさ、この十番目の動きが面白くてさぁ。何があったか知りたい?」
「・・・知りたいです」
「そうだよねぇ!エミリーならそう言ってくれると思っていたよ!」
こんな話だが、エミリーの興味は惹いたらしい
むしろ惹けないはずがない
「十番目が、近くにいた働き蟻の頭に針を刺したんだよ」
「え」
「気になったから後で譲に「あれってどういう行動だったんですか〜?」って聞いたんだけど、どうやらそれが「指示を送る行為」だったみたいでさぁ」
「指示、ですか?」
「うん。「十番目から働き蜂へ。今日からお前がここの女王蜂だ。女王として巣を守れ」って感じの指示ね。それから数日後、その巣を覗いたら、頭に針が貫通して傷を負った女王蜂が巣の再興を行っていたよ」
「それって・・・一種の洗脳、でしょうか」
「正解。現に女王蜂と王女蜂の針には毒こそないけれど、刺された相手の思考を軽く弄る効果があるんだ」
このゼリーには使用されていない部分だから安心ではある
けれど、普通の働き蜂がもつ神経毒よりも遙かに厄介な代物だ
なんせ、外敵に刺すことが成功したら・・・その敵を短時間ではあるが意のままに操れるのだから
「厄介ですね。幸い、この世界にメルビーと同様の力を持つ魔物はいませんから、安心ですね」
「そうなの?」
「ええ。なので警戒するなら、そういう精神干渉系の能力を保持する存在だけになりますね」
「そっかぁ。あんまり身構えなくていいのかぁ」
「ちゃんと身構えておいてくださいよ。どういう状況で精神干渉をされるのか、互いを敵だと思ったり、敵の味方をさせられたりする可能性だってないとは言い切れないんですから」
「それもそうか」
「ちなみに、私は普通に使えませんが・・・貴方は精神干渉系の魔法を?」
「一応一通り使えるよ。洗脳もその気になればできるし、洗脳の上書きもできる」
「流石ですね」
「でも、よっぽどのことがない限りは使わないかな。それを使わなければ乗り切れないみたいな状況にでもならない限り・・・人の心は操りたくはない」
「・・・よかった」
「何が?」
「貴方が人の理から逸脱していない魔法使いでよかったと」
「師匠の顔に泥を塗る真似も、いつか再会する永羽を悲しませる真似はしたくなかったからね」
「本当に貴方のストッパーはその二人ばかりですね」
「まあ、自然とね」
軽く談笑をしながらゼリーを完食した頃に、ミリアが部屋に戻ってくる
どうやら今の今まで宿屋の主人と話をしていたらしい
「掃除のお礼に、近くにある富裕層向け公衆浴場の招待券を頂いてきたの。二人で入っていらっしゃいな」
「いいの!?」
「いいんですか、ミリア」
「いいのよ。私は何もしていないし・・・実際に掃除してくれたのは二人でしょう?汗も沢山かいただろうし、せっかくだから」
「じゃあ、お言葉に甘えましょうか。一咲」
「だね。ありがとうミリア」
「いえいえ。こちらこそありがとうね。ベリアとヴェルはどうする?」
「あたしは早速図書館に出向くよ」
「じゃあ私食べ歩き〜」
「二人はブレないわね。じゃあ、私はここで留守番をしているわ」
「了解。じゃあエミリー、行こうか」
「はい。では、いってきます」
ミリアの見送りを受け、ベリアは図書館へ、ヴェルは街中に食い歩き
私達は公衆浴場に向かって歩き出した




