5:星見の予言
「さて、改めて自己紹介をさせてくださいな」
「永羽ちゃん。この女は赤城時雨。師匠の口約束婚約者。危ない女だから近寄らないようにしておくんだよ。能力とかガチめに凶暴だから。ま、永羽ちゃんは強いから大丈夫だと思うけどね」
「…ご紹介に預かりました。概ね事実ですが、友好的な関係を築くことが出来れば幸いです。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いします。時雨さん」
所作の一つ一つが丁寧。貴族として育った私からしても上等な代物だ。
…良いところのお嬢様だったりするのだろうか。
しかし、あの人も一応浮ついた話があったらしい。こんなに可愛らしい人が婚約者だなんて…。
お見舞いとかよく許されていたなと思う。
…心が広い人、なのだろうか。
それとも知らなかった…?
「あの、時雨さん」
「なんでしょう」
「私もその、一咲ちゃんと一緒の病室で…定期的にお見舞いに来ていただいていた側の人間なのですが…」
「ええ。存じていますよ」
「気に食わないとか…」
「そんなことはありません。お二人の病室に譲さんがお見舞いに伺っていたことを伝えられたのは死後の事ですし…なんなら、私は譲さんの動向だって生前は全然知らないままでしたから」
「…それで婚約とか成り立つんですか?」
「だから口約束婚約者。親の許可とか一切取ってない、子供の口約束だよ」
「なるほど…」
「それからこの女は全寮制の女子校に軟禁状態で、世間の情報とか全然知らないから。師匠の髪色が…」
「…どうしました?」
「師匠って青髪だから、あだ名が「青鳥」なんだっけ?」
「クソ弟子少し黙りましょうか…」
「永羽ちゃん。師匠の髪色って何色だっけ」
「ごめんね…私も目が見えていなかったから曖昧で…時雨さん。どうなのでしょうか?」
私の問いに対して、時雨さんは口を閉ざしたまま。
代わりに、首元に現れた枷を指で示しながら、答えられない理由を示してくれた。
…椎名さんの髪色って、何かあるのだろうか。
私もよく見えていなかったから曖昧だけど、少なくとも白っぽい色だった気がするけど…。
でも、はっきり見ている一咲ちゃんが青だっていうなら…んんん?
「おほん。考え事は後回し。私がここに来た理由を述べさせていただきますね」
「あ。そうですよね…お願いします」
「私がここに来たのは、他でもない譲さんの頼み。何やら不吉な星を見たようで、今も向こう側でいつでも貴方たちの助けになれるようスタンバイをしているほどです」
「具体的にはどんな感じ?」
「舞園さんと深見さん込みの最大火力と言えば、二番弟子の貴方には通じるかと」
「…天変地異の前触れか?」
「一咲ちゃん、どういうこと?」
よくわからないので、おおまかなことを把握していそうな一咲ちゃんに声をかける
すると彼女は重苦しい表情で、最大火力の意味を伝えてくれた
「…師匠ってさ、元々強いのは永羽ちゃんも知っていると思う」
「う、うん」
「理由は知らないけれど、魔法以外にも色々と手札があるんだ。幽霊とか、魔獣とかも使ってくる」
「…戦力の過剰投入か何か?」
「そういう感じ。あの人、十分強いのにこれでもかってぐらいに戦力を足していくの。身体弱いのに普通に体術とか使うし、何をしてくるか怖いったらありゃしない」
「そんな椎名さんが全ての力をいつでも出せるようにしてるってことは」
「かなりヤバいことが起こりそうだよねぇ…」
不吉な予感を感じて備えてくれているのはありがたい。
けれど、私たちからしたら「何が起こるのか」全く未知。
これから先の道のりが不安になる。
「その不吉が来るのは約一年後と伺っています。順調にいけば、中間ポイントとも言える三巻に突入する頃ですね」
「…なるほど。アリアの死か」
「いえ、譲さんが見たのはノワ・エイルシュタット…貴方の死です」
時雨さんがさらりと告げたのは、私の死ではなくノワの死。
おかしい。三巻は私が悪魔と取引をして、魔に堕ちて…ノワと一対一の戦いを経て退場する巻だ。
何がどうして、私じゃなくてノワの死に切り替わる?
「…はい?何言ってんの?星見の予言で出たわけ?大外れだよ、そんなの」
「否定したい気持ちもわかりますが、貴方の上に死兆星が瞬いているのを確認しています。間違いなく、貴方ですよ」
「それはおかしいですよ。だって三巻は」
「…この物語はミリア・ウェルドをパーティーに勧誘できず、挙げ句の果てには別団体を作らせてしまった時点で、既に本軸から逸れた「別の物語」に変貌しています。もう二度と、元々の「賢者ノワ」には戻れません」
「…」
少しだけ、わかってはいた。
既に本編から逸れた結果の上を歩いている今、元の物語にいかに戻すか考えていた。
今もなお、軌道修正できる可能性も信じていた。
けれど否定された。別の物語になったと。元々の賢者ノワの物語には戻れないと。
…やってしまった。最悪の結果を鳩燕さんに提示してしまった。
失敗してしまった自覚を覚え、自然と目頭が熱くなる。
「永羽ちゃん…」
「しかし、行動次第では元に近い形に戻る可能性も否定しません」
「…そっか。じゃあ、可能性が消えるまでは諦めないようにしないと」
「わかって言ってるの!?元に戻るってことは」
「そうだね。本来の通り、私が死ぬ未来に到達する。それでもいいんだよ」
死ぬのは、怖くない。
私がやるべき事は「物語を鳩燕さんが望む形で完成させること」だ。
私の人生、これまで出てきた小説をなぞり…一咲ちゃんを、ノワを魔王の元へ送り込む。
それが私の役目。途中で彼女の前に立ち塞がることにはなるけれど、仕方の無いことなのだ。
それが、鳩燕さんが望んだ物語なのだから。
そのために、アリアの死が必要なら…きちんと受け入れる覚悟でいる。
今も、ちゃんと…多分、そう思っている。
「だって、そうしたら貴方は死なずに済んで、目的は成せるでしょう?」
「…それは」
たとえ追放ができなくても、最終的に「私の終わり」が組み込まれているのならば、賢者ノワの物語は否応なしに始めることができる。
まだ、打開できる。
鳩燕さんが望んだ形に、物語を進行することができる。
「・・・ふむ。事情を話せない今、思考の食い違いがあると見受けられます」
「それ、時雨さんから説明して、なんとか軌道修正できないの?」
「私もまた、深くは言えない立場なもので」
時雨さんの首には、一咲ちゃんと同じように枷がはめられている。
…この人もまた、誓約を結んだ状態でここにいるらしい。
「私と譲さんの誓約は「二人を見守ることに徹する」そして「ある秘密を暴く助力をしてはならない」今回は事情説明の為、誓約は反応していませんが、貴方たちの手助けをすると否応なしに罰が下りますね」
「師匠め…」
「干渉しすぎるのも貴方たちによくありませんからね。けれど、譲さんは貴方たち二人に生き延びてほしいと心から願っています。そして私は彼の依頼通り、三巻という佳境を迎えるまで陰ながらサポートを務めさせていただきます」
「え、でも誓約で…」
「ちょっと首が絞まって呼吸困難に陥る程度です。譲さんに絞められた時よりは全然苦しくありませんよ」
「師匠なにしてんの!?」
「でも…これこそ、私が背負うべき罰ですから。受け入れていますよ」
「…変なこと言うねぇ。師匠、あんたのこと大好きで側に置いているんじゃないの?」
「恋とか愛とかそういう甘い願望は…父が犯した罪を知り、叔父夫婦に引き取られた時に捨てました」
その後、時雨さんは「今後、私の接触は有事以外行いません。通常通り旅を続けてください。陰ながら見守っていますので」…といい、一瞬で姿を消してしまった。
「なんなのあの人。言いたいことだけ言ってさ」
彼女の罰には少し心当たりがある。鈴海に住んでいたら嫌でも耳に入る話。
赤城と椎名…その二つの苗字が加害者と犠牲者として出た事件が、かつて一つ存在している。
私たちが小さい頃の話だから、覚えていないのも無理はない。
それに一咲ちゃんには病気のこともある。忘れていても仕方がない。
私だって本で読んだ程度だから詳細はよく知らない話だ。
けれどこれだけは断言できる。一咲ちゃんは知らない方がいい。
時雨さんと仲がよくなくて、椎名さんへの信頼が厚い状態の今。
赤城時雨が椎名譲の両親を殺した男の娘という事実は、知らない方がいいだろう。
二人への態度が大きく変わって、事態がこれ以上ややこしくなる可能性が高いから。
「ねえ、永羽ちゃん。あの言葉の意味分かる?」
「どうして私に?」
「だって、動けた時はいつも新聞読んだり、本読んだり、ネットサーフィンしたり色々と情報収集していたからさ。物知りなところもあったし、何か知っているかなって」
「んー…さっぱりだよ」
「そっかぁ」
「それよりも、一咲ちゃん。あの、さ」
「何?」
「…こうして名前呼べたの、久しぶりだから。何度か呼びたくて」
話をはぐらかす目的もあるけれど、本心でもある。
彼女は霧雨永羽だった時代に存在した唯一の友達だ。
彼女がノワだと理解した後も、何度か呼びたかった事はある。
…やっと、呼べたや
「ひょげ!?」
「ひょげ?」
「あ、いや、なんていうか。あ〜」
顔を両手で隠しつつ、一咲ちゃんはその場に蹲る。
「大丈夫?正座で疲れてる?立てる?」
「それもあるけど、やっぱ永羽ちゃんに呼んで貰えるのは嬉しいなぁって感じてたところ」
「…変なの。私もだけどさ」
「久々だからね。こうして呼べるようになっただけでも、あの人には感謝すべきなのかな」
「…そうだけど。ちょっと複雑」
「どうして?」
「私が、この世界で最初に一咲ちゃんの名前を呼びたかったのに、先を越されたから…」
自分でも変なことを言っているなと思い、口を塞ぐ。
けれどそれはもう言葉として彼女の耳に届いた後。
口を塞いだところで、もう遅い。
「それは、まあ、そうですわねっ!?」
「口調おかしくなってるよ」
「これに関しては君が悪いよ…」
「えぇ?」
「まあ、とりあえずさ。今のうちに呼びたいだけ呼んで!」
「一咲ちゃん!?」
「また、しばらく呼べなくなると思うし…」
少しだけふてくされた様子を見せる彼女に向かって小さく笑うと、無表情に近い顔に不機嫌が足される。
「何が面白いのさ」
「だって、前世の名前を盗聴されてもどうでもいい話だし、それに物語外…二人の時はそっちの名前で呼ぼうって話もしたでしょ?」
「まあ、そうだけど。ウェクリアからスメイラワースまで、なかなかそんな機会がなかったから…」
せっかくだし、ということだろうか。
確かに言われてみれば、慌ただしく過ごしていたし…砂漠地帯に突入するまでは乗合馬車で移動をしていた。
宿も節約の為、共同大部屋を利用していたし…。
砂漠地帯を歩いていた時は、とてもじゃないが余裕なんてものはなかった。
思えば、二人きりになれる瞬間はここが初めてかもしれない。
「…忘れられたかと、思った」
「忘れてないよ。忘れたくないから」
「ん」
「それによかった。一咲ちゃんが覚えていてくれて」
「お、覚えているよ!だって、永羽ちゃんとの記憶は、忘れたくなくて…」
「そうなんだ。嬉しいなぁ」
私たちは椅子に腰掛け、かつてのように語り合う。
一咲ちゃん、永羽ちゃんと呼ぶ光景は、この世界ではいびつなものだけど。
いつもの日常が戻ったような安心感を覚えたのは、言うまでもない。




