36:湖の花束と星紋結合
私とパシフィカは花束を抱えた夫婦の背を追いかける
「紅葉さん、千早さん」
「ん?永羽とパシフィカか。どうした。こんなところで」
「あら。久しぶりね、永羽さん。パシフィカは今朝ぶり」
鈴海中央公園にやってきていたのは紅葉さんと千早さん。彼女の腕の中には小さな赤ん坊がいる。この子が千葉瑠ちゃんかな
私達は彼らの背を見かけたら追いかけた次第だ
「ええ。お二人はどうしてここに?私達と同じくお花見ですか?」
「んー。少し違うの。ついてくる?」
「「是非」」
千早さんの誘いに乗り、私達は鈴海中央公園の人工湖
その船着き場までやってくる
どうやらここでボートに乗れるらしい
けれど、千早さんの目的はボートではないらしい
船着き場近くのスペースに、花束を置いて二人は静かに目を閉じた
「・・・今日ね、水ちゃんの命日なの。ここで亡くなったのよ」
「椎名さんと一緒にいる幽霊の・・・」
「女の子の方」
「水さん、溺死とは聞いていますが・・・」
「そうね。ここで溺れたの。当時結婚を約束していた男に突き飛ばされて、そのまま」
「「・・・」」
いつも朗らかにふよふよしている水さんが殺されていた
舞園さんもだけど、どうして死ななければいけなかったのだろうか
二人が死ぬ理由なんて、ないはずなのに
彼女もまた変な愛情に殺されたようなものなのだろうか。舞園さんは、お姉さんに殺されたらしいし・・・
「一応言っておくとね、彼に悪意はなかったの。水ちゃんの婚約者は精神操作系の能力者に操られて水ちゃんを殺めた。私達が能力者を追い詰めた結果、当時の記憶を取り戻してしまった後・・・その人も自ら命を絶っているわ」
「・・・鈴海には、そんな残酷な事件もあるんですか」
「水さんの例は結構レアなんだ。滅多にない部類。精神や意識に干渉する能力者はかなり珍しい。危険能力者のリスト入りして監視がつくからこういう事件は起こらないようにしている。あの犯人は、大社の汚点だ。一番ヤバい奴をリストから除外していたんだよ」
「汚点多いですね。組織として大丈夫なんですか」
「言ってくれるなパシフィカ・・・」
この一件があってから、危険能力者のリストは更に細かく作られ、監視も強くなったらしい
彼女の・・・彼女達の犠牲は決して無駄にはならなかった
「しかし、こうなる前に防ぐことはできなかったのでしょうか」
「・・・水ちゃんを初めとする殺人事件の犯人、上桐縁士って言うんだけど」
「・・・そいつのデータを消したのは春風柊。譲の仇だよ」
一咲ちゃんもベリアも春風を浴びる度に「春風って聞くだけでマジきしょい〜」
「浴びるだけでも吐き気しそうだ」・・・なんて変な事を言っていたけれど。春風か
あの春風総司令官が・・・椎名さんの仇なんだ
『やあ、霧雨ちゃん。第二部隊で上手くやってる?』
『昔、処分品と関わりがあったんだっけ。あいつ、何か言ってた?』
『ああ。いや、滅茶苦茶嫌われてたからさぁ。俺の罪状、聞いてないかなって思って』
『その様子だと、君は何も知らないらしいね。君のお友達はどうかな。友江一咲ちゃん、だっけ?あいつの弟子やってたんだよね?』
『今度お話ししてみたいなぁ』
思えば・・・顔を合わせる度、執拗に椎名さんの話題を振ってきたな
最後にはいつも一咲ちゃんに会いたいって・・・
「永羽、あいつ何か言ってたか」
「・・・私に、椎名さんの事を聞いて。でも、私はほとんど知らないから・・・最後はいつも、一咲ちゃんに会いたがって」
「・・・あいつなら柊相手でもどうにかなると思うが、今は絶対に近づけさせるな」
「・・・わかっています。それからベリアも、近づけさせないように」
「あいつは記憶があるからわかっているだろう。問題は一咲だ。できる限り一人にするな」
「・・・私が、いいえ。ヴェルに頼んでみます」
「そうしてくれ。お前は大社の職員だ。一咲を守りに行きたい気持ちもわかるが、大社に属している以上は、仕事に注力してくれ」
「・・・はい」
強くなるために、この道を選んだ
能力者としての戦い方を一流の人達に並んで学び、将来に役立てる事ができたらと思って大社の入社試験を受けて、職員になった
学びも得て、能力操作も上手くなったと思う
戦略を立て、魔獣の単独撃破もできるようになった。今後も上手くやっていける自信が、一咲ちゃんの前に立って彼女と共に戦える準備が整った中でのこれだ
「あー・・・えっと、そうだな。お前にはできることがあるだろ」
「できること、ですか」
「おうよ。大社の職員じゃないと、柊には近づけない。それでいてお前は柊から興味を持たれていない。危険なのには変わりないが・・・つまりのところわかるだろ」
・・・私が、あいつを遠ざけることはできるということか
危険なのには変わりない。企みがバレたとき、真っ先に狙われる立場にある
けれど、この立場なら十分一咲ちゃんの安全を守れる
「ありがとうございます。紅葉さん。私は私にできることをやろうと思います」
「別に礼を言われるようなことはしてねぇよ。ただ、さっきも言ったとおり危険な行為だ。お前もなるべく近づくなよ。偶然を装って、さりげなく程度にしておけ。それぐらいの方が、色々とバレにくい」
「はい」
「いい返事だ」
目線を合わせ、言い聞かせるようにちゃんと指示を出した彼の言葉は参考にしがいがある
今でこそオールラウンダーだが、彼の専門は後方支援
偵察とかもそれなりに・・・
「ちゃんと上司できてるのね」
「これでも司令官だからな〜」
「けど、それ全部私の心構えよね?なに自分のもののように語ってるの?」
「・・・千早と俺は一心同体みたいなものだろ」
「千早さんの、ですか?」
「ええ。私の星紋が目に宿っていることは前に話したわね。基本的には幽霊とか空気の流れとか、普通なら見えない世界が見えるのだけれど、力の調整で観測役とか偵察もできるのよ」
彼女の目にはまだまだ色々な使い方があるらしい
研究所で能力を研究し、大社の非常勤情報分析官として在籍するだけの力量はあるということだろう
「その能力を借りて、俺は本来ならできないはずの距離から射撃ができるようになるんだ」
「借りる、ですか?」
「光輝から聞かなかったか?星紋の相性さえよければ、星紋結合ができるようになるって・・・」
「なんですか、それ」
初めて聞いた単語にパシフィカと並んで首を傾げていると、紅葉さんは「なんで教えていないんだ・・・?」と言いたげな顔をしつつ、それが何なのか私達に教えてくれた
「互いが決めた条件を満たして、星紋を混ぜ合うんだ。そしてそれを片方に押しつける」
「その間、押しつけた側は能力が使用不可」
「押しつけられた側が二つの星紋を扱えるって感じだな。ただ、これは生涯たった一人としか行えない」
「私と紅葉はこうしていい感じに噛み合っているけれど、一つでもズレがあれば・・・大変らしいわ」
「「でしょうね・・・」」
相性がいいと思って星紋結合を行った結果、能力の威力が逆に落ちてしまった
上手くいくと思ったことが失敗したことで互いの仲は険悪に
だからといって新しく星紋結合はできなくなる
これは一生のパートナーを決めるようなものだろう
誓約のように、並大抵の精神で行える事ではない
「二人は、互いに納得した上で結んだのですか?」
「「そんなことはない」」
「あの時は普通にやばかったもんなぁ」
「ええ。私は死にかけだったし、紅葉は能力使えないし。どうにかしないと〜って感じで。選択肢がないならこれに縋ってみるか〜って感じ」
「「えぇ・・・」」
真面目に生涯がかかっていることをノリでやり遂げた事に、私達は唖然としてしまうが・・・
当事者である二人の様子は軽め。そんなこともあったよな、と楽しそうに思い出を語るように告げてくれるのだ
さほど重くは捉えていないらしい
「でも、上手くいくと確信していたわ」
「ちはやぁ・・・」
「そもそも狙撃能力と視界に関する能力よ。噛み合わないわけないじゃない」
「そこは相性で語れよ」
「能力の相性で語っているじゃない」
「そりゃあそうですけども」
『そこは人間関係の相性で語ってほしいものですよ、千早ちゃん』
「そうそう・・・って!水さん!こんにちは!」
『こんにちは、紅葉君。お久しぶりですね』
話の中ににゅっと現れたのは先程まで噂になっていた水さん
彼女は相変わらず朗らかな笑みを浮かべ、ふよふよと宙を漂う
「ええ。しかしなぜここに?桜哉は?」
『今日の桜哉君は本土です。と、いうか千早ちゃん。人の死因をペラペラ話さないでくれます?恥ずかしいんですよ。溺死』
「ああ。水ちゃん確か看護師になる前って水泳の全国大会に・・・」
『・・・千早ちゃん?』
「あー。ごめんなさい。本当に。申し訳ない」
水さんは頬を膨らませて、不服な事を目に見える形で訴えてくる
水泳選手として頑張っていた彼女にとって、溺れて死んだ過去というのは屈辱的な代物のようだ
『永羽ちゃんも、パシフィカさんもこんにちは』
「こんにちは、水さん。今日はどうしてここに?」
『命日だから観光を。あの日のことを思い出しに来てるんだ』
「あの日というのは」
『上桐の事件のこと。それを全て終えた後、譲君について行く決心をした日のことをね。何よりも大事なことだから』
「婚約者さんのことは、なんとも?」
『私にとってあの人との時間も、殺された瞬間のことも何もかも過去の事で、どうでもいいことになった。そもそも操られていたとはいえ、自分を手にかけた男の事なんて覚えていたい?』
「いや、覚えていたくは・・・ないですね」
『でしょう?私がこの日、思い出しに来るのはあの人との時間じゃなくて・・・千早ちゃんから幽霊の私を見つけてくれたこと、譲君と手を組んで上桐を追い詰めてくれたこと。同じ被害者の未練を晴らしてくれたこと。そして契約守護霊としての道を歩み始めた時間。それが今の私を構築する記憶であり、意志なのだから』
春風が強く吹き渡る
その風は春の暖かな風ではなく、冬の凍てついたような風
季節外れの風を浴びつつ、水さんは静かに目を閉じる
彼女は思い出しているのだろう
椎名さんと千早さんに救われた記憶も、思い出すつもりもない奪われた記憶も
全てを糧にして、前へ進む為に
「一人にしておきましょう」
「そうですね。千早さん達、これからどうされますか」
「家に帰るわ。千葉瑠も疲れただろうし」
「何か買うものがあれば帰宅後でいいのでメッセージをください。買って帰ります」
「ありがとう、パシフィカ。何かあればお願い。けれど、それは忘れて帰ってきてもいいからね。友達との時間は貴重なんだから。メッセージを見ることを忘れる程に楽しんできて」
「ぜ、善処します!」
二ノ宮夫妻と別れ、私とパシフィカはお花見をしていた場所へと戻ることにする
しかし、星紋結合か
肝心なことを聞くのを忘れているな
それは魔法使いともできるんですか・・・って
まあいい。まだ時間は残されている
次の機会に聞いてみよう。可能性を、更に広げていくために




