27:休息の茶会
望んだ世界のその先で、彼女達が美味くやる姿をぼんやりと眺めながら時間を過ごす。
そろそろ目も疲れてきた。休息にはちょうどいい時間かもしれないね。
「んー…」
「休憩、なされますか?」
「そうしようかな、と」
「了解です。お茶の準備をはじめますね」
「ああ、助かるよ」
休憩するような素振りを見せたからか。颯爽と休息の準備を整えてくれる。
お茶請け用テーブルに並べられたのは午後のおやつ。
今日は彼女お手製のスコーンのようだ。
机の上にこれでもかといわんばかりに盛られたスコーンの山から一つ、それを摘まむ。
今日の味はどうしようか。種類は豊富に揃っている。
やはりクロテッドクリームを最初にすべきか
いいか。ここは彼女の厚意に応えて、いつも通りお気に入りのブルーベリージャムにしておこう。
それは少しだけ多めに用意されているのだから。
ちなみに「僕」は、こういうサクサクしたお菓子は嫌いらしい。
…用意された理由が「ご機嫌取り」だと分かっていてもなお、食べてしまうほど蠱惑な味。
「今日もたんとお食べください」
「いつもありがとう」
「いえ。しかし毎日おやつだけでいいのですか?たまには、普通の食事を」
「元々、この世界は飲まず食わずで生きていける世界。食事は娯楽みたいなものなんだ。だからそのあたりは気にしなくていいよ」
「でも、その…では、なぜ貴方はいつもスコーンをご所望なのでしょうか」
「僕が食べたいからだよ」
「…」
「それとも、君が覚えている椎名譲はスコーンなんて所望していなかったかい?」
「それは…」
「それもそうだろうね。「僕」はマシュマロとか、団子とか…柔らかい菓子が好きだから」
時雨とか言ったかな。「僕」にとって、大事な存在。
だけど、僕には無関係。
「あの男も馬鹿だよね。自分の記憶の象徴を、弟子と共にあの世界に送り込んでさ。これも何もかも君のせい」
「…そうですね。私が最初に間違わなければ、こんなことにはなりませんでした。それで、記憶の方は」
「あの世界に干渉できない以上、あの男は記憶を取り戻すことは出来ない。あの時の様な奇跡は起きないんだよ」
「…そう、ですか」
「でも、まあ…僕があの男の記憶を読み解き、生前の椎名譲として振る舞うことはできる。事実、二番弟子も騙せていただろう?」
「…違和感は、感じていたようですが」
「でもどうせすぐに忘れる。そういう人間だもの。友江一咲は」
「そう油断して、将来足を掬われないように…」
「そうだね。油断で死んだようなものだからね。同じ轍は二度踏まないさ」
「…どうだか」
時雨は小さくため息を吐く。
この女も、僕の契約守護霊をしていたらしき二人も、僕に記憶を取り戻して欲しそうなんだよなぁ…。
最も「僕」は忘れることを望んだのだけど。
…まあいい。この男の能力で自ずと記憶を取り戻すことは分かっている。
僕はいずれ消えると分かっているからこそ、もう少しだけ引っかき回して遊んでみたいところだ。
「あの」
「なにかな」
「私と同い年の女の子の日常を毎日眺めて…何をしたいのですか?」
「何って、そりゃあ生前面倒を見た子たちだし、心配で様子をしているだけだよ…と、言うのが「僕」の解答だね」
「ただ心配で二十四時間ばっちり張り付く人がいますか?」
「あれ?君の知る「僕」ならするんじゃないの?」
「…確かに、しそうではありますが。貴方はなぜしているのかというところで」
ふむ。時雨のツッコミは理にかなっている。
「僕」としては、友江一咲と霧雨永羽の行く末が心配で心配でたまらないんだよ。
図々しくて、礼儀もない。そういうところがむかつくぐらい可愛くて、できれば側で守ってあげたい二番弟子。
そして僕と対照的な生き方をした女の子。
終わりの時間を提示されても、最期のその瞬間まで生きることを、病を克服した未来を諦めなかった女の子。
「…どうして、この子たちに執着するのですか?」
「気まぐれだよ。それにこの子達がここにいるのは「僕」の責任だ。僕はその責任を忘れていても、身に覚えがなくとも果たす必要があるだろう」
「…久遠を、使用された結果がこれなのですね」
「如何にも」
「そして、記憶が消えていたのも…」
「君と「僕」が死ぬ前に巻き込まれた事件。その前に「僕」は忘れたかった記憶を代価に叶えたんだよ。二人の少女の、最後の願いを。次もまた、一緒にいられますように———」
ふと、時雨が僕に抱きついてくる。
この話をする度に、彼女はやはり落ち込んでしまうのだ。
彼女を責めるつもりはない。彼女は何も悪くない。
それでも、自分の言葉が原因で起きてしまった一連を悔い、うつむいて、口を結ぶのだ。
「———とにかく、僕は彼女たちが心配だから二十四時間見守っている。いつ、何時でも何があってもいいように。準備を整えて見守るのも「師匠」としての仕事だよ」
「…度を超えていることに気がついてください。それはもう過保護以外の何ものでもありません。それで弟子が育つと考えているのなら、金輪際弟子を取るのはやめてください」
「親心みたいなものだよ」
「親でも何でもないくせに、何が親心ですか…」
「君も弟子を取ればわかるよ」
「…こんな能力で弟子を取れるわけがないでしょうに。ところで」
「なにかな」
「…貴方が二十四時間見守る理由はただ単に心配だからとか、甘い理由じゃないでしょう?」
「ふむ。なぜそう思うのかな」
「なら、それは何でしょうか?」
時雨の視線は魔法旗杖リュミエールに向けられる
身長ほどの長さを持つ「僕」愛用の杖は、本来ならば左手中指に嵌めた収納指輪の中に押し込んでいる
しかし、今は僕の右手にしっかり握られていた。
「本来ならば収納しているそれを顕現させていること自体、おかしい事態なのに…加えて」
『どうした時雨』
『どうしたんですか?』
「守護霊をしている桜哉さんと水さんも見えるようにしているのは、警戒している証拠です。貴方が持つ力の全てをいつでも使えるようにして…何を恐れているんですか」
「…いつでも最善の状態にしておくのは当然さ」
「貴方の場合、その準備が「やり過ぎ」なんですよ。譲さんなら、やりかねませんが…」
「「僕」ならやることを、僕がやっていておかしいのかい?」
「貴方は良くも悪くも彼女達への興味が希薄です。譲さんほどではない。なら、なぜ」
「次に繋げる為だよ。ただ、それだけでいいじゃないか」
「…」
「君も面倒くさい僕と関わるのももう少しの辛抱だ。もう少しで、君が望む「僕」は帰ってくる。星見がそう告げている」
「…左様ですか」
この物語の行き先はきちんと定まっていない。
だからこそ、何が起こるかわからない。
記憶を取り戻した時に、二人揃って死んでいました…なんて状況にしておくのも悪くはないけれど、流石に「僕」が可哀想だからね。
刹那の一時。君が帰るまで留守番をしておいてあげるよ、椎名譲。
「…この不安が当たらないことを、祈りたいのだけどね」
あらかじめ作られた道が、そこにたどり着けるよう提示された道しるべ。
それがあるようで、全然役に立たないこの物語。
「…死兆星が、またあの子の側で笑っている」
「それは、どういう」
鈴海一の魔法使いは星に愛された魔法使い。
だからこそ見えるものがあって、予言みたいな真似もできたりする。
僕が見たのは、彼女に現れた死の運命。その兆し。
光の強さから考えて、一年後ぐらいか。
「…一体何が起こると言うんだ。あの世界で、あの子に」
「僕」に与えられている役目は物語の進行が不可能になるような事態への対処。
…その役目も、そう遠くないうちに全うすることになるだろう。
紛れもない「僕」自身が。
でも、何があるか少し調査をした方がいいかもしれない。
僕はこの世界に干渉できる条件が限られている。
それこそ、よっぽどのことがない限り入り込むことは不可能だ。
ならば…。
「時雨、一つ頼みがある」
「はい」
「彼女たちの旅路を、側で見守ってはくれないか」
「私にあの世界に干渉しろと」
「そうだね。それに君にも願ったり叶ったりではないかい?」
「…それは、そうですね。紅葉君との誓約の証———ネクタイを探しに行けますから。願ったり叶ったりですね。しかし、貴方はそれでいいのですか?」
「はて?」
「その間、お茶菓子はありませんよ」
「…なくていい」
「紅茶も飲めませんよ。貴方は自分でお紅茶淹れることができないですよね?」
「…しばらくは水出しで我慢する」
「生活を捨ててまで?そこまでする必要があると…?」
「まるで僕が紅茶と茶菓子で生きているだけの男のように聞こえるね」
「紅茶があれば生きていられるとか噂でお伺いしましたが…」
「どうせ紅葉あたりだろう。紅葉だろ!?そんな馬鹿な噂を広めているのは!」
「いえ、一咲さんから」
「あのクソ弟子ぃ!」
相変わらず口が達者な女の子だ。そういう部分が彼女の難点だけれども。
退屈はしないから、嫌いにはなれない。
「本当に二番弟子さんを気に入っているんですね」
「なんだかんだ育て甲斐はあるからね…」
「素直に遊んで、遊ばれるのが好きだからでしょう?」
「…まあ、そんなところかな」
「わかりました。その頼み、私が引き受けます」
「頼んだ手前、受け入れて貰えるかわからなかったけれどいいのかい?」
「構いません。留守とナビゲートはお願いしますね」
「任された」
時雨に念話魔法をかけて、いつでも会話ができるように整える。
そして彼女が世界に介入する瞬間を見届けた。
その行き先に、苦難が待つことは予想できている。
けれど願わずにはいられない。
「どうか、彼女たちが歩む道のりが穏やかなものになりますように…」
願いを込めながら、僕はいつも通り彼女たちの旅路を見守り始めた。




