9:それが呪いとなる前に
一咲と分かれ、あたしは志郎に案内して貰った先・・・鴇宮の私室前に来ていた
「ここだよ」
「ありがとう」
ドアをノックして、返事を聞いてから部屋の中に入る
小さな小部屋にはベッドと机だけ
必要なものだけを詰め込んだ部屋と言えば聞こえはいい
けれど作家をしている彼女にしては・・・簡素すぎる部屋だった
「志郎と、貴方は・・・奇術師の赤い方」
「赤い・・・あ、髪の色か」
「ええ。ごめんなさい。もう顔が見えないから。色で判別するしか無くて」
「どこまで見えないんだ?」
ギリギリまで近づいて、額を近づけるチャンスを狙ってみる
額に頭をつけて、彼女に問う
「これぐらいの距離なら、見えるか?」
「見えますね。はっきりと・・・貴方の目が。けれど、貴方の顔は見えません」
「そうか」
十秒経過。問題なく記憶は回収できた
しかし、これが十八歳から現在に至るまでの・・・鳩波紫苑の記憶か
燕河にあたりが強い理由。意気地無し・・・全部繋がったが
これって、あいつに似ているような気がするな
自分の目で確かめたいので現代に戻って「あれ」を読み直したい気持ちと、あれを書いた直後・・・晩年の鴇宮にも会ってみたいな
私の予想が正しければ・・・あいつはこいつを元にできている
とりあえず、考えるのは後回しにしておこう
違和感を持たれないように離れ、目の前の鴇宮との会話を続けていこう
「じゃあ、これぐらい」
「これぐらいなら見えますね。へえ、女の子だったんですか」
「声でわかるものだと思ったんだが」
「話し方が粗暴なので・・・それに、私。耳もあまりよくないんですよ。爆発音を聞き続けたせいか、耳がバカになっちゃいましてね。なるべく大きく、ゆっくり話してくれると」
「わかった」
こんな体だ。外出するのも億劫であれば、部屋から出たくないのだろう
だから最低限のものしか詰め込まない
「そういえば、あの記者と一緒に暮らしているんだな」
「ええ。成り行きで」
「生活は問題なくできているのか?」
「どうしてそんなことを?」
「いや、既に目もあんまり見えていない。耳も微妙。子供はまだ幼くて、一緒に暮らしている男は片腕がない・・・心配するよ」
「心配される言われは」
「じゃあ志郎だけ心配しておくよ。それで、どうなんだ?」
「・・・長年暮らしている家ですから、場所を覚えて家事は十分に行えるようにしています。掃除や洗濯は志郎にも手伝って貰っていますが」
「偉いじゃん」
「へへっ」
あたし達の様子を見守っていた志郎に声をかけ、一咲の元へ行くように促しておく
ここから先は二人の会話だ
「で、なぜそんなことを?」
「いいや。ここに来たのも何かの縁だ。困ったことがあれば、手を貸せることもあるんじゃないかなって思ってさ」
「親切心、ですか」
「そんなものだ。ここには半ば強引に押しかけたようなものだし、迷惑をかけた詫びとしての側面もある。あんたは私達を無償で使えるチャンスなんだ。勿論あたし達は迷惑をかけた詫びとして迅速に最善な仕事を行う。悪い話じゃないと思うぜ」
「・・・浴室、最近雨漏りをするようになったようなんです。どうか、力を貸してくれませんか?」
「それだけでいいのか?」
「ええ。今のところ不便なのはそこしかありませんし・・・もう少しお金が貯まったら、志郎と共に暮らしやすい家へ越す予定ですから」
「燕河は一緒じゃ無いんだな」
「ええ。あの意気地無しは他人ですもの」
十八歳の鴇宮紫苑には、縁談の話が用意された
当時から彼女に思いを寄せていたが体が弱く、結婚する予定も無かった鳩波玄
両親がどうしても一人息子の「婚礼」が見たいという願いを叶える為に、玄自身が「彼女なら」と告げたことで決まったものだ
けれど、鴇宮紫苑は仕事の相方だった燕河蒼時に思いを寄せていた
縁談を受けるかこの恋に生きるか・・・十八歳の彼女は選択を強いられた
そうして彼女は一つ、決めた
それが燕河への告白だ
もしもこの恋が叶うのならば、縁談は受けずに鳩波家を出て、自分の恋を全うしよう
もしもこの恋が叶わないのならば、燕河との縁を切り、玄との縁談を受けよう
そう決めて、彼女は燕河蒼時に思いを告げた
答えは「どちらでもなかった」
燕河自身が答えを出すことから逃げたのだ
彼女にとって将来を決めるために意を決した告白の答えをはぐらかされ、気分を悪くしたしばらく寝込んだようだ
復活した鴇宮は燕河をぶん殴りに行こうとしたようだが
・・・燕河は徴兵で既に帝都を発っていた
それを彼女は「逃げた」と受け止め、玄との縁談を受けた
そうしてしばらくした頃に志郎が産まれ、彼女が無事に出産したのを見届けた後・・・玄は病死した
それから空襲で彼女はまともな聴力と鳩波夫妻を失い、舞鳥の劇団長であった花鶏春子と共に志郎を育てながら過ごしていた
大戦も終わり、復興に向かう最中
鴇宮は病を患い、寝たきりになってしまった
今、体が痩せこけているのはそれが原因
同時期に過度のストレスが原因か目が見えにくくなっているみたいだな
死を覚悟した頃、燕河が戦場から帰還した
記憶を見る限り、あの時の鴇宮の荒れっぷりは言葉にするのも難しい
今持つ力の全てを振り絞って「今更」「どうして」とか細い声で叫びつつ、力なく愛用の万年筆を泣きながら投げる記憶は・・・見ていて痛々しかった
舞台を駆け回り、万年筆一本で多勢を制し、大男でも空缶の如く軽快に蹴り飛ばす舞鳥の暴虐戯作家「鴇宮紫苑」はあの瞬間、完全に失われてしまっていたのだから
今では杖無しで外出することができないぐらい弱りきった彼女は愛用していた重厚感のある万年筆も持てないらしい
万年筆は机の上に飾られて、机の上にはつけペンが置かれている
持ち前の健康さが失われた彼女からは活力だけで無く、好奇心まで失われていた
十八歳の彼女とは別人と感じてしまうほどに、今の彼女はあたし達が知る彼女達と重ならなかった
「ねえ、奇術師さん。名前は何と言うのかしら」
「・・・ベリア・ベリアル」
「ベリアさんね。貴方は恋をしたことがある?」
「ないな」
「本当に?」
「ああ。こんなところで嘘を吐いても意味は無いだろう?」
「それなら一つ助言をしておくわ。恋なんてしない方がいい。それは身も心も、周囲との関係や思い出だって滅ぼす呪いなのだから」
「・・・覚えておくよ」
椅子から立ち上がった時にふらついた鴇宮を支え、杖をちゃんと持たせる
「先に出るから、少し待っていてくれ」
「別にいいのに」
「それでもだよ。滑りやすいものとかあったらどけておく!」
「気遣いの達人ですか・・・?」
先にドアを開けて、廊下にある危険そうなものをチェックしておく
少しだけ歩いた廊下の影に、舞園の羽織が飛び出ているのが見えた
『な、なあ朔也。燕河さん、どうしたんだよ』
「・・・そっとしてやれ」
・・・けれど、鴇宮が知る事が全て事実とは限らない
本人の知らないところで別の思惑が動いているかもしれない
「鴇宮、少し待っていてくれ。燕河達が戻ってきている。鉢合わせしたくないだろう?」
「え、あ・・・まあ、そうですね」
「会わないようにさりげなく別の部屋に誘導する。少し待っていてくれ」
「ええ。わかりました」
再び鴇宮が椅子に腰掛けたのを確認した後、あたしは一度三人がいる場所へ向かう
「舞園、少しいいか。やってほしいことがある。ついてきてくれ」
『あ、ああ。朔也、少し離れる』
舞園を確保した後、一咲の元へ戻り・・・庭でうんうん唸っている彼女の肩を叩く
「一咲」
「ううううううん・・・何をしたらいいのかなぁ、永羽ちゃんんん・・・」
「お前はほんと、永羽ばっかりだな・・・ほら、こっち向け。一咲」
「あ、ベリア。どうしたの?」
「とりあえず、お前にやってほしいことがある」
通信魔法の発動を無言で合図してもらい、一咲に魔法を使ってもらう
『あたしが志郎の興味を惹いておくから、舞園を周囲に見えるようにした上で、舞園はあたしに代わってくれ』
『何をする気だ?』
『三十代鴇宮の記憶を手に入れた。そのすりあわせをするために、燕河の記憶が欲しい。それを手に入れるために、舞園にはあたしとして時間を稼いでほしいんだ。お前はできるだろう?』
『そうだな。俺ならできる』
『そうだね。前に曾お爺ちゃんに変化して演技したもんね。舞園、準備しよう。ベリアは志郎君を頼んだ』
『ああ。舞園、これが終わったら鴇宮を部屋に迎えに行ってくれ』
『了か・・・え?』
一咲は家全体を包み込むように認識共有の魔法を張り、舞園はあたしに変化する
合図を貰った後、志郎に十秒目を瞑って貰い・・・その隙にあたしと舞園は入れ替わる
物陰に隠れたあたしは周囲に気づかれないよう、燕河と一ノ瀬がいる廊下へと戻っていった




