25:密談と遺されたメッセージ
「お、勇者様だ!」
「勇者様が来られたの!?」
「え、えっ。なにこれ、なにこれぇ!?」
役所に入った瞬間、そこに集まっていた人々に捕獲される。
悪い感じ、ではない。
感謝の言葉を述べつつ、私を持ち上げ、胴上げまでしてくる。
胴上げの文化は、この世界にもあるらしい。
降ろして貰った後、急いでノワの後ろに隠れる。
これ以上胴上げをされたりするのは困るし、囲まれるのも…嬉しいけれど、正直反応に困る!
「こ、怖かった…」
「急にされるのは流石にね。大丈夫ですか、勇者様?」
「大丈夫と言えば…うん、大丈夫ね。心配ありがとう、ノワ、ミリア」
「それなら安心だね。ところで…あれ、私もして貰えないかな…楽しそう」
「言えばして貰えるんじゃない?」
「…貴方は飛行魔法とか高難易度の魔法も使用できるでしょう?あんなものでは退屈では?」
「そんなことないさ、エミスン」
「エミリーです」
「私は魔法でいつでも飛べるけど、飛ばして貰うことはないからね。きっと楽しいさ」
「そんなもの、ですかね…」
そんな私の様子を、少し離れた場所でミリアとエミリーと共に見守っていたノワ
ミリアとこうして会うのは、久々じゃないのに久々な気がする。
色々なことがあったから、時間の流れが速く感じていたりするのかしら。
ミリアの話ぶりはあの一件から何一つ変わっていない。
それが、逆に怖い。
「おかしいな。私達はここで君から殴られることを覚悟したのに」
「流石にそんなことしないわよ…どうしてその発想に至ったのよ」
「いや。君からしたら、私達は育ての親である神父を殺した存在だよ?」
「神父様は悪行に手を染めていたのよ。手を下される理由はあった」
「…神父側に洗脳の疑惑が出てきたと言っても、君はその意志を変えないでくれる?」
「…密談できる部屋を確保するわ。詳しく聞かせて頂戴」
「話が早い修道女様だ。ほら、エミリーもおいで。君の見解も今回は欲しいからね」
「…いいでしょう。今回だけですよ」
エミリーも含め、私達はミリアに案内された部屋に通される。
役所の中でも、結構偉い人が使いそうな部屋な気がするが…ミリアはどうやってここの使用権を…。
「予め勇者様と使用すると言うことで、許可を取っていたんです。あまり大衆には聞かれたく話もある想定もあるでしょうから」
「…で、ノワ・エイルシュタット。厄介そうな話に私を巻き込んで、何をする気ですか?」
「まず、エミリーに見てほしいものがある。リスクがあるから素手で触らないようにね」
ノワがローブに隠し持っていた譜面集を机の上に置く。
それを見た瞬間、ミリアの表情が恐怖で歪み…エミリーの顔が険しくなる。
「な、なによその禍々しい代物…どこにそんなもの」
「…曰く付きの品物のようですね。術式自体は以前本で見たことがあります。鏡はありますか?」
「あるよ。読めるんだ、それ」
「授業でやりましたよね…。これは悪魔族と魔族が以前使用していたと言われるエファリウス言語です。今は悪魔も新公用語を使用していると聞きますが、オヴィロ語同様の扱いをしているのでしょう。一部はまだ使用している言語です」
「悪魔…」
「表紙の術式部分に触れれば、専門以外でもそれを認識、発動することはできますね。素手で触るなと言いましたが、ここにさえ触れなければただの本ですよ。ただ」
「「読むためには、そこに触れる必要がある…」」
「その通りです。勿論、それが分かっても、術者にはリスクが残されています」
エミリーはノワから鏡を受け取り、術式部分にそれを立てる。
「私達ぐらいの魔法使いであれば、見ただけで術式が分かるでしょう?これは認識するだけで発動する術なんですから、鏡を通して術式の文字を確認。そこからどういう術であるか判別をするというのがセオリーです」
「なるほど…」
「そういう方法で調べるのね…」
「ふんふん」
「…専門ではないアリアさんとミリアさんが感心しているのはいいとして、貴方はこれ授業でやったでしょう?」
「そうだっけ?」
「そうだから私が調べられるんでしょう…。とりあえず、この本に使用されている術式は「ある部分を強化する術」ですね」
「そのある部分って、術式から認識できるの?」
「いい質問ですね、アリアさん。悪魔が使用している術式には特徴がありまして、真ん中部分に「対象」を描く傾向があるんですよ」
エミリーは本に書かれていた文字を写した紙の端へ、ざっくりと魔法陣らしきものを書いてくれる。
綺麗な字に、わかりやすい図説。
「術者を限るなら、こんな風に人型を描き…対象の名前を書きます。今回は無差別なので、名前はなし。対象物の記号を描くだけとなります」
「その記号も、エファリウス言語の一部なのかしら」
「そうですよ、ミリアさん。この記号は…ええっと…「欲」ですかね。今回の術式は、触れた者の意志を反転させる効果がありますね。反転させた上で何かを増強…他にも分かることはあるでしょうけど…生憎、専門ではありませんから。今はここまで。時間を頂ければ、詳細を探りますが…」
「いや、それさえ分かればいい。助かったよ、エミリー」
「…貴方がお礼を言うだなんて珍しい」
「私だってお礼ぐらい言えるわい」
「…しかし、それはどこで手に入れたんですか?貴方が作った訳ではないんですよね」
「言語がわからない私に作れるわけがないでしょう?今回私達が対峙した敵の遺品だよ。ミリアの育ての親である神父のものだ」
「…そう、でしたか。こう言ってはなんですが…普通に魔の道へ堕ちていたと言われた方が、まだすっきりしますね…」
「それには同感だね」
「ねえ、ミリア。私からいくつか質問をしていいかしら」
「ええ。私に答えられることなら、なんでも」
「神父様は祝福の儀式で笛演奏をするわよね。最近、その曲に変更があったの?」
「いいえ。演奏する曲に変更はありませんでした。笛の音が鳴るようになってから、何度も結婚式はありましたが…演奏曲どころか曲調の変化もありませんでしたよ」
「どうしてそれがわかるの?」
「シスターシェリアが主の御許に帰られてから、私がその儀式の最中にオルガンを弾く役なの。私の譜面は変わっていないわ。変わるなら両方だと思うのだけれど…あ」
「なにか、思い出したことがある?」
「はい。シスターから以前…「私もそろそろ歳だから、何かあるかもしれない」って。確かに、御年七十歳だったし、持病で病院に通っていたりしていたみたいだから、私も覚悟はしていたんです」
シスターシェリアは私達が思っていた以上に年配の女性だったようだ。
持病があったからいつ何があってもおかしくない状況…か。
「笛の事件が起こり始めたぐらいね。シスターシェリアが私を呼び出して、オルガンの練習と教会の仕組みを教えてくれるようになったわ。あの時は、シスターシェリアの病気がよくなくて、「代役」を用意するために育成していると思っていたのだけれど…」
「神父が起こした笛事件の開始…色々重なれば、その行動にも他の理由が見えてくるね。私達はシスターシェリアが神父の行動に気がついていたと仮定している。けれど、証拠らしきものが見つからなかった」
「…シスターシェリアが」
「ミリア、君は何かシスターシェリアから言われたり、預かったりしたものがないかな?私達は、シスターシェリアが何かを託すのなら、君だと思っている。心当たりがあるのなら、話してくれたら嬉しい」
「…」
ノワの問いに、ミリアは静かに考え込む。
「頂いたものは二つ。一つはオルガンの譜面集。これに関して言われたことは…そうね。長年演奏のお供にしていた分、先代を含めた歴代シスターの書き込みが存在するの。譜面集が新しくなっても曲の変更は絶対にないから…これを使って、次のシスターに渡してほしい」と。私がシスターを目指すのなら、そのまま持ち続けて赴任先の教会で使用していいと」
「シスターシェリアが亡くなられてから、譜面集の変更は?」
「一度だけあったわ。神父様も「せっかくだし、何度も新しいものに変えては?」と言ってきたけれど…曲の変更はないし、シスターシェリアから頂いたものを使いたい。新しいものは代理の私ではなく、新任のシスターへと断ってきていたの」
「…それは、なんというか」
「私へ術式に触れさせる為の誘導だと思うと…」
「何事も無くて良かったですね、ミリアさん…」
「本当よ。シスターシェリアが守ってくれたのね」
「そのオルガンの譜面集に細工らしきものは?」
「ないわね。それに、シスターシェリアは私みたいに魔法を使える人でもないの。だから、魔法の類いで何かを隠したりはできないわ。もう一つ、頂いた物の話をしていいかしら?」
「お願いするよ」
「この子よ」
ミリアは抱えていた鞄から、あるものを取り出す。
ボロボロになった熊のぬいぐるみ。薄汚れたそれはきっと…思い出の品だ。
「小さい頃、買っていただいた物なの。あら、ここ…またほつれているわね」
「また?」
「生前、シスターシェリアに直して頂いたのよ。お裁縫は自分でもできるんだけど…甘えたくてね。けれど、やはりきつかったのかしら…。普段より甘い縫製な気がするわ」
「…申し訳ないけれど、そこから中身を探って貰えないかな」
「中身を?ええ…構わないけれど…あ、何かある」
ぬいぐるみから取り出されたのは、小さな紙切れ。
綿に覆われ、違和感がないように仕込まれたそれには…びっしりと伝えたいことが書かれていた。
「…読んでいいかしら?」
「お願いするよ」
ミリアは何度か息を吸い込んだ後、意を決したように語り出す。
「カウラとメサティスは悪魔の手に堕ちました。修道女にも危険が及ぶ可能性があります」
「私にはどうする事もできません。おそらく、近いうちに消されると思います」
「私にできることはこれぐらい。早く逃げて、ミリア」
「貴方が奴らの手に堕ちるような事があれば、私は主に顔向けできないわ」
「けれど、貴方は誰も見捨てないのでしょうね…。貴方は優しい子だから」
「でも今回はその優しさを捨てなさい。一人で逃げるの」
「ミリア。最期まで貴方を守れなくて…ごめんなさい」
メモには必要最低限の情報だけが記載され、早めに逃げるように促されていた。
シスターシェリアは気づいていた。自分が消されることも含めて。
「…ところでカウラって」
「文脈から神父の名前だと察してくださいよ…」
「あ、そっか。神父か…」
「…私、最期の最期までシスターシェリアに守られていたのね」
「ミリアは、その。シスターシェリアの最期は…聞いている?」
「実は知らないの。病気が悪化して、隣国オヴィロ帝国の帝都ナティアにある病院に搬送されている間に…魔物に襲われて亡くなったとだけ。遺体も所持品も全て回収不可能とだけ。その話も、今ではどこまで本当かわからないわ」
「…その気になれば、遺体は探し出せるよ」
「そうね。探して…ちゃんと葬儀をして、お墓で眠らせることが、私にできるシスターシェリアへの恩返しかもしれないわ。私を拾い、十八になるまで育ててくれたお母さんみたいな人だから、せめて弔いぐらいはきちんと行いたい。でも…不思議な話だと言われるかもしれないけれど…あの日、シスターシェリアの葬儀の時…彼女の死を悼んでいた神父様の涙を、信じていたい気持ちもあるの」
シスターシェリアの死にはまだ疑問が残ったまま。
本当に神父や悪魔が手を下したのか…。それとも、偶然遭遇した魔物に襲われて亡くなったのか。
その真偽は、暴こうとしない限り判明しないだろう。
けれど、これでいい。
ここで止まれば、真相は分からないまま。シスターシェリアの遺体も不明のままだ。
だれど、ミリアはこれ以上、神父を憎み、嫌いにならずに済む。
彼女の十八年、何があったかは分からない。
けれど、ミリア・ウェルドという少女は神父とシスターシェリアに育てられ、今日まで生きている事実は変わらないのだから。
その思い出は、これ以上歪むことはない。
「じゃあ、この話はここまでにしておこう」
「ええ。じゃあ、さっきの場所に戻りましょうか。エミリーさんも、お仕事の話はそこでさせて頂戴。仲間の紹介もしたいわ。勿論、勇者様たちにも聞いてほしいわ!」
「…え」
何となく、嫌な予感を感じながら…私はいつもの調子を取り戻したミリアに手を引かれつつ、先程の場所に戻っていく。
・・
一方、手を引かれて先程の場所に戻るアリアの背を見送った私
「…よかったんですか」
「何がかな」
「貴方は気づいているようでしたが、お二人は気づいていなかったようなので…」
「ふむ、具体的にはどの話かな?」
「まずは、貴方が譜面を取りだした時のこと。アリアさんは見えていませんでしたが、ミリアさんは見えていましたよね。このオーラ」
「そうだね。この禍々しいオーラを放つ代物。見て平気な顔をできるのは、見えていない存在と見慣れた私達みたいな存在だけ。ミリアみたいな反応が普通だよ。一応、彼女は魔法を扱える。君の回復全振り版みたいな感じだね」
「…彼女が浄化魔法を使えるという話は?」
「聞かないね。でも、使える可能性は十分あるんじゃないかな」
「そうですね。そうでなければ、あの手紙に説明が付かなくなる。むしろ彼女が私達魔法使い以上に回復魔法と浄化魔法を極められる聖女であれば、納得できます」
あの手紙かぁ…。確かに疑問を抱いた。
シスターシェリアにとってミリアだけが特別大事だったから、彼女だけを逃がしたいと言うような一文にした?
全員を救える見込みがないから、十八歳である程度の自由が利くミリアだけに生存の可能性を託した?
彼女の優しさを織り込み、彼女が全員を救う可能性に賭けたのなら…あれに続く文章は余計な代物だ。
色々考えても分からないが、少なくともあの手紙は「ミリアだけが発見する可能性を持つ」…「真相を知ることができる」代物。
そしてあの文章。
…シスターシェリアはミリアしか救う気がなかった。そう言わざるを得ない。
「…貴方に協力する気は毛頭ありませんが、今後、私はミリアさんと仕事をします」
「あ、そっか。だからここにいるんだっけ」
「ええ。まあ、気を配ってはおきます。魔法の類いを使える修道女…もしも彼女が浄化魔法を扱える希少な聖女ならば、悪魔に狙われれるリスクが跳ね上がりますから」
「君が一緒なら安心だね」
「何を言いますか。貴方の手を煩わせた「魔法使い」である私が…賢者の期待に応えられるような存在な訳ないでしょう…。できる限りのことは、しますがね」
エミリーも二人を追うように、部屋を出て行く。
「実力は十分なんだけどねぇ…あの失敗はまだ尾を引いちゃってるのかなぁ」
覚えている過去は少ない。
ただ、彼女が魔法使いとして致命的なミスを犯したことは覚えている。
そのカバーを行ったこともまた、ちゃんと覚えている。
「…あれさえなければ、君は立派な優等生のまま賢者になれていたのにね。エミリー・エトワンス?」
さて、そろそろアリアに大ダメージが入った頃かなぁ。
私はもう少ししてから下に行こう。
少し、考えたいことがあるからね。




