31:12月8日。それぞれが一歩を踏み出して
「ふんす!ふんす!」
「・・・」
「二人とも気合い入ってるねぇ」
朝食を終え、拳を前に突き出しウォーミングアップを始めるヴェルと、愛用の剣の手入れを行うパシフィカ
今日は12月8日。ヴェルとパシフィカにとっては約束の日
ヴェルは夜雲さんと浩一さん、パシフィカは紅葉さんと模擬演習を行う日だ
「当然。今日は気合いを入れないといけない日!」
「一咲ちゃんは逆にお腹痛そうだね・・・」
「だ、だって・・・蘇生魔法必須って言われたらそういうことじゃん」
「あぁ・・・」
「それにあの雷鳥八坂だよぉ・・・陽雪さんが観戦席に結界張るってそういうことなんだよぉ・・・!」
「・・・雷鳥ってなあに?」
「ミリアとエミリーには説明してなかったが、大社では強力な能力を誇り、多大な戦果を挙げた能力者に羽の称号を与えるんだ。二つ名には何らかの鳥を冠したものを与えられる。椎名が青鳥、二ノ宮が紅鳥、地井が風見鶏って感じに、その八坂も雷鳥っていう二つ名を持つ羽持ち能力者だ」
「つまり強い能力者ということですか?」
「ああ。超強い」
「それを二人同時に相手って」
「自殺行為のそれだよなぁ・・・。我が妹ながらこの無謀さに泣きたくなるよ」
「ベリア、戻ってきてください。ベリア」
遠い目を浮かべたベリアは意識が飛びかけているようで、エミリーに何度か頬を軽く叩かれていた
現実逃避したくなる気持ちは嫌というほど理解できる
私だって、していいのなら現実逃避を今すぐ始めたいぐらいだ
「流石に手加減はして貰えるのよね?」
「無理でしょうね。演習とは言え・・・互いに本気を出さなければ意味がありません」
「そうなんだよ。全員揃って「手加減」「接待」なんて言葉は持ち合わせていない。あの人達は演習でも本気で狩りに来るよ」
それでも納得していなさそうなミリアに、それがあり得ないことを伝えられるのは三人だ
「ベリアもヴェルも、パシフィカもわかるよね。戦場に立つ人間が、そんなことしてこないことを」
「・・・そうですね。嫌というほど」
「そうだね。殺さなきゃ、殺されるもん」
「演習でも、手加減を覚えたらいけない。自分の損傷は最低限に戦う術を、生き残る術を見つけろ。殺意と殺意をぶつけ合って、殺意へ敏感になれ・・・。そういう意図が大社の演習にはあるんだ」
「・・・生き残る術を覚えるため、なのね」
「うん。油断したらすぐ死ぬような環境だからね、ここは。結界魔法使いの陽雪さんと回復術士の伊依さん、蘇生魔法を使う私が控えているから命の心配はないけれど・・・」
けれど、その心配がないからこそ全力でやってくる
タイマンの紅葉さんは勿論、タッグ戦をやってくる二人も例外ではない
それはそれでいいのだ。パシフィカはともかく、うちのヴェルは手を抜かれて満足するような存在ではない
問題は・・・
「問題があるとしたら、浩一さん。能力のコントロールが滅茶苦茶下手くそなんだよ」
「「「「「・・・え?凄腕能力者なのに?」」」」」
「あいつの能力は雷を操るものなんだが、何にせよ魔力の蓋が壊れているみたいで、暴走しがちでなぁ。制御リングで抑えているし、自我である程度は押さえつけられるけれど・・・まあ、基本的に漏電している状態だと思えばいい。近づけばよくて感電。最悪感電死だ」
「・・・つまり、一部には」
「能力が暴走して、気がついたらとんでもない戦果を挙げていたみたいな能力者もいるってこと。浩一さんはその典型だね」
ヴェルの顔が青ざめていくのを確認する
「・・・姉妹揃って電流流されるのは、どういう巡り合わせなんだろうな」
「あ。ベリアも初期の初期にお仕置きで師匠から電流流されたんだっけ」
「ああ。黒歴史掘り返すのやめろ」
「・・・姉は師匠で、妹はその兄貴分」
「嫌だぁあああああ!」
「ヴェル、貴方から申し込んだのでしょう?敵前逃亡は許されませんよ」
「パシフィカの鬼!ご主人、雷耐性の支援魔法!ぷりーず!」
「手を貸すのはルール違反だからねぇ・・・ごめんよ、ヴェル。蘇生はするからさ」
「ぴゃ・・・」
先程までのやる気は何処へ
ヴェルは放心状態で椅子に腰掛け、時間が過ぎるのを静かに待つ
こればかりは、どうしようもないな
・・
朝十時
時刻になったので伊依さんと陽雪さんが車で私達を迎えに来てくれ、第五区域に移動していく
その中には既に、曾お婆ちゃんと時雨さんが乗り込んでいた
「やほやほ、ひ孫ちゃん」
「曾お婆ちゃん。あ、今日はちゃんと時雨さんリード付きですね」
「このリードがあると安心するのは何故ですか・・・まあいいですけど。それよりも、これを貴方が隷属している方に渡してくださいな」
「ヴェルに?」
曾お婆ちゃんに手渡されたのはグローブ型の何か
あ、これ魔道具だ。師匠の手袋に使用されているサイズ調整の魔法が刻まれている
けれど・・・なんだ、この中央の穴は
何かを嵌められるようにできているみたいだけど
「貴方の師匠から預かり物です。あの一瞬で色々と押しつけてきたんですよ、貴方の師匠。丸投げしすぎですよ・・・」
「それは大変としか言いようがないけれど、曾お婆ちゃんはこのグローブに関する説明受けてないの?」
「説明書だけ貰っています。私にはさっぱりです」
「なるほどなるほど・・・」
これは師匠がヴェルにプレゼントする予定だった「課題クリア報酬」らしい
名称は「魔晶拳グローブ」・・・ましょうけん、かな。読み方がわかんないや
とにかく、これは物理攻撃に長けたヴェルが戦闘中に術効果を得るための媒体らしい
真ん中の穴に魔石を加工した「カセット」を入れ込むことで、そのカセット内に封じられた能力を使用することができる
火魔法を込めたら、その拳は火を纏い
水魔法を込めたら、その拳は水を纏うといった感じのようだ
これを使いこなせたら、ヴェルの戦闘力は今まで以上に飛躍するだろう
しかし、この魔石のカセットとやらはどう用意したらいいのだろうか
「魔石をカセットに加工するためには、魔具技師とカセットの元になる魔法と能力を練り上げる存在が必須」
「一咲ちゃん、何見てるの?」
「ああ。師匠の贈り物。ヴェル宛のね」
「私宛?ああ、あの課題の手紙に書いてあったあれかな・・・」
「そうっぽい。ベリア、師匠の記憶に魔石をカセット加工する方法はある?」
「ある。もしかして、贈り物は魔晶拳か?」
「そうそう。読み方それで合っていたんだね。それだよ」
「あたしはまだ加工方法を知らないけれど、そのグローブと一緒に、椎名が作成した使い捨てのカセットが入っていないか?」
「使い捨て?」
「・・・本来のカセットは大気魔力を収集して、無限に使えるようになるんだと」
充電式が基本なのか。また変な魔道具を作ってるよあの人・・・
作るのは大変そうだし、魔力を通す身としては苦労しそうだ
「ほわぁ・・・!」
「はい、ヴェル。とりあえずグローブとカセット、渡しておくね。これなら今回の演習に使用していいと思うから」
「うん!カセットの魔法は・・・あ、これならいけるかも」
「いけるとは?」
「ふふんパシフィカ。私、この魔法があれば勝てると思うんだよね」
「・・・水魔法、ですか?雷にこれは逆効果では」
「それでいてこれ」
「げっ・・・」
「あの魔法使い、どこまで見越しているかわからないけれど・・・やっぱり性格悪いや」
新しい武器で勝機を見つけ出したヴェルの横で、パシフィカがとんでもなく嫌そうな顔を浮かべていた
「そうだ、ご主人。カセットに使う魔法って、ご主人十八番の支援魔法以外が望ましいの?」
「毒とか麻痺とかは通用するだろうけど、持久戦ならともかく・・・ヴェルが得意とする勢いのある戦闘なら攻撃魔法の方が、ヴェルの攻撃には乗りやすいだろうね」
「なるほど。私、勝った報酬をあの二人の魔石にしようと思う。絶対勝って、作らせる」
「・・・鬼に金棒化しそうだね、それ」
確かに、今後の戦闘を考えると・・・あの二人の能力なら拳に乗りやすいだろう
威力だって申し分がない。貰えるのなら貰っておきたい代物だ
「とりあえず、それは勝った後に考えよう。それに、カセットの戦闘ってヴェルは初めてでしょ?まずはお手本とか見たくない?夜雲さんと浩一さんの魔力を込めた、カセットの持ち運びが面倒くさい版こと魔封試験管の戦闘も見たくない?」
「みたいみたい」
「じゃあパシフィカ、前半戦を頼んだよ!」
「私!?」
「魔封試験管を扱う戦闘は紅葉さんしかしないんだよ。永羽ちゃんもちゃんと見るんだよ。あの人の戦闘が、君の目指すところだと私は思うからね」
「勿論。勉強させて貰うね、パシフィカ」
「え、ええ!私頑張ります!」
「ミリアー、エミリー、回復魔法頑張ろうなー」
「・・・ですよねぇ」
「私達は回復要員なんですよね。でも、あの・・・一咲」
「何?」
「もしも、蘇生魔法不要でパシフィカとヴェルが戻ってきたら・・・私と一戦、お願いできませんか?」
「・・・ふぇ?」
その言葉を聞いて、パシフィカとヴェルの目つきが一瞬変わる
「・・・これは花を持たせないとですね、ヴェル」
「うん。エミリーもあれをぶちかましたいお年頃・・・。まさかご主人を実験台に選ぶとは」
「あれ?あれって何?」
「私が回復頑張るから、エミリーと一咲は魔力温存しておいてね!」
「私もう戦う前提なの!?」
「面白そうだから演習場の外部使用許可とっておくねぇ〜」
「陽雪さぁん!?」
勿論、真剣な面立ちのお願いだ
断るつもりはないけれど・・・エミリーは何を考えているのだろうか
何を、見せてくるつもりなのだろうか




