21:約束と誓約
「…」
「あれ、夜まで寝過ごしたのを気にしている感じ?」
「気にするわよ…ずっと、その」
あの後、私は夜までノワを枕にしてのんびり寝過ごしてしまった。
先ほどまで私が寝ていたのは、ミリアが作った臨時診療所らしい。
私が起きた後、すぐに解体作業が行われたため…私たちは宿屋に戻ってきている。
そんな私たちが戻ってから最初にしたことは腹ごしらえ。
今は朝ご飯でも昼ご飯でもなく、晩ご飯。
夜なのにこんなに元気なのは初めてだ。
「私の胸に顔を埋めて、服をよだれだらけにしたことを気にしているの?」
「気にする要素しかないじゃないの…」
「まあまあ、魔法ですぐに綺麗になるし気にしないでよ」
「本当に便利ねぇ…なんだったかしら。確か、洗浄魔法?」
「うん。これを使えば、服は綺麗に、お風呂いらず…」
「なんかきたない」
「真顔で言わないでくれると嬉しいなぁ」
魔法で綺麗になっているのは確かなんだろうけれど…なんか、ねぇ?
感覚的になんか、ちょっと…って感じ。
「魔法でピカピカなんだけどなぁ。ほらここ!アリアのよだれで大陸地図ができていたのに!跡形もなく消えているでしょう!?」
「それはわかるけど、感覚的になんか「本当に綺麗になっているの?それ?」っていう気持ちの方が強くて。大丈夫?ばい菌死滅してる?」
「そう言われたら、なんか不安になるなぁ…」
「面倒でも、そういうところは魔法に頼らない方がいいと思うけど」
何も知らない人からすると、ちゃんと衛生的なのか不安になるし。
完璧に綺麗になるとしても、それはきちんと普通に合わせた方がいいと思う。
なんとなく、だけれども。
「そうしようかな。ちゃんと石鹸で洗おう…」
「石鹸、貸してあげましょうか?そのローブは流石に水洗いで終えるのは…」
「いや、魔法でちゃんとおしゃれ着洗剤と柔軟剤出すから。ふかふかに仕上げるよ」
「おしゃれ着洗剤と柔軟剤ねぇ…」
「うん。魔法でぽんと…あ」
その瞬間、彼女は気がついた。
彼女も疲れていたのだろう。だから油断した。
まさかこんなところでボロが出るとは…情けないわね。
「貴方、この世界に無いものを出せるなんて言わないわよね?」
「あ、あはは…」
「前々から聞きたいことは山ほどあったのよ。この際だから聞かせて貰える?」
「に、逃げられないやつだよね?」
「ええ」
今すぐにでも逃げたそうに笑顔のまま顔を歪ませているノワに対して、私はとある切り札を出しておく。
これで彼女の退路を断つことができるだろう。
「逃げたら強制追放でどうかしら?」
「まだそれやるの!?もう飽きたって!」
「追放されると困るのでしょう?だったらさっさと事情を話しなさいよ。嘘偽りなく!」
「う、嘘偽りなくっていうのは無理。私にも事情がある」
「事情って」
首元に両手を持っていった彼女は、小さく息をのむ。
その瞬間、彼女の首元に三つの「枷」が現れた。
「…私は、鈴海の魔法使いだから」
「貴方、私と同郷だったのね」
「うん。だからわかるでしょう?あの島の魔法使いは「約束」と「誓約」に縛られている。この枷はその証明」
それは、あの魔法使いさんも言っていた。
「誓約」…魔法使いにとって「誓い合う儀式」というのは何よりも大事なもので、魔法使いにとってそれは破ってはいけない掟とも言われている。
それを結ぶと同時に、彼らの首には枷がつけられるそうだ。
誓約を破るような真似をしたら「枷」が反応を示すらしい。
誓約をかけた魔法使いが対象に罰を与える手動式もあるが、面倒くさすぎて文化としては廃れているらしい。
大体は誓約破りを感知した瞬間に全自動で枷から罰が与えられる仕組みの方がメジャーだそうだ。
ちなみに誓約の簡略版である「約束」も魔法使いを縛る枷をつけることができるらしい。
罰効力は誓約に比べて低いけれど…誓約同様、果たさない限りは枷を外すことができないそうだ。
「今の私もそう。師匠と行った誓約で、君に詳しい事情を話せない状態。ただ、この枷はパスコードさえわかれば、解除することができる」
「それ、伝えて大丈夫なの?」
「その程度なら大丈夫なはず」
「で、そのパスコードは?」
「…忘れた。メモに取るのも忘れた」
あまりにもポンコツ過ぎて、開いた口が塞がらない。
なんでそんな重要なものをメモに取り忘れるの?
「ヒントがあったりしないの?」
「ヒントは、その…」
「?」
「君の、大事な…誕生日」
「全然聞こえない。もう少しはっきり言って」
「だいじな、とも…なんでもない!」
ノワは肝心な所で切り上げて、話を強引に終わらせてしまう。
大事な・・・何よ。何が言いたいのか全然わからない。
けれどそれが「大事な友達」なら心当たりは一つしかないのだけれど…。
一咲ちゃんの誕生日。11月18日。それがパスコードなら、入力してみたいけれど。
間違えたら何が起こるかわからない。下手な行動はするべきではないだろう。
「とにかく!枷を外せない今は事情を詳しく話すことはできない。ただ、伝えることはできる」
「…つまり」
「あの日、結んだ君との約束は果たす。隠し事はできる範囲で「なし」なのは申し訳がないとは思っている。誓約の先約があるからね」
誓約は先に結んだものが優先されると聞く。
だからノワ自身、私に現状を話すことはできない。
けれど伝えることはできる。
つまり、私が聞き方を工夫したら、彼女は何らかの方法で答えてくれるというわけだ。
「後は、わかってるね?」
「ええ。それと一つ」
「何かな」
「沈黙は肯定と受け取るから」
「…」
早速、行動で肯定を示してくれる。
まずは何を聞くべきだろうか。どこまで聞いていいのだろうか。
彼女の枷が起動しないように、慎重に質問を選ばないと。
少なくとも、私に現状を話せないだけで…ノワ自身に関しては話せるはず。
「まず一つ。貴方は私と同じ鈴海出身の「転生者」なの?」
「…」
「貴方の師匠は、通称「青鳥」」
「…」
「最後に一つ。貴方は、私が目的を果たすのを阻止したい」
「…」
「それだけわかれば十分。ありがとう」
お礼を告げた瞬間、ノワの枷が一つ、音を立てて壊れる。
私との「約束」が果たされたということだろう。
「…それだけでいいの?」
「今はそれだけでいい。ただ、貴方が私の目的を阻止するのは理由があるのよね」
「まあ、うん。だけど、これだけは断言させて」
ノワは私の両手をしっかり握りしめて、言い聞かせるように、大きな声で告げてくれる。
「君を救いたい。この意志だけは変わらないから」
これを告げてくれるのは初めてではない。
だからこそ、ちゃんと本気だということぐらい、ちゃんとわかる。
「ありがとう。でもね、私にもやるべきことがあるの」
「うん」
「そのためなら、私は貴方の追放を諦めない」
「諦めてよ」
「嫌。貴方を追放したら「賢者ノワ」の物語は始まる。それは貴方も知っているでしょう?」
この物語は、ノワの追放から始まる物語なのだ。
彼女が追放されないと何も始まらない。
私の役目は、彼女を追放する。
それは事情を聞いた後も変わらない。
たとえ、ノワには別の目的があるとしても…私は私の目的を果たすために、全力を尽くすだけだ。
「ま、まあそうだけどさ…あれ、もしかして、この転生の目的が「この物語を改編すること」なの、師匠から伝えられていない感じ?」
「?」
「いや、とりあえず今日はここまでにしておこう。君もいっぺんに情報を詰め込んで疲れたでしょう?私は別の部屋を取るから。今日はゆっくり一晩過ごして、永羽ちゃん」
「…え」
今、彼女はなんと私を呼んだか。
アリアではなかった。
確かに、この耳は…もう呼ばれることがないと思っていた名前を、「永羽」という音を、聞き取った。
「またね」
「まっ…!」
追いかける前に、記憶の扉が開かれる。
ノワの中身は鈴海の魔法使い。
それだけでなく、彼女は私の前世のことまで知っている。
私を知っている人で魔法使いなんて、それこそ魔法使いさんぐらいしかって思っていたけれど…。
『ねー』
『何?』
『私、魔法の素質があるんでしょう?弟子にしてよ!』
『いいけど…』
『けど?』
『物事には、ちゃんとした頼み方というものがあると思うけれど』
『うわ面倒くさっ』
『…』
『でも、そうだよね。弟子にして貰うなら、ちゃんと頼まなきゃだよね』
彼女はベッドから出て、魔法使いさんの前に立つ。
『椎名譲さん』
『はい、なんでしょう』
『私が元気になったら、私を弟子にしてください』
『もちろん。元気になったら必ず。魔法使いとして君と誓約を結ぼう。必ず弟子にするから』
『うん。約束だからね、椎名さん!ううん、師匠!』
『気が早いけど…師匠か。悪くはないね』
ふと、病室での会話が頭によぎる。
一緒の病室だった一咲ちゃん
定期検診帰りに遊びに来てくれていた魔法使い…椎名さん
二人が師弟関係になる瞬間を、私は横たわりながら見守っていた。
なぜこのタイミングで思い出したのか。
それはきっと、椎名さんの弟子で、なおかつ私の名前を知る魔法使いという貴重な条件が…彼女しか当てはまらない話だから。
私の予想を裏付けるように、その記憶は蘇ったのだ。
「…ノワは、一咲ちゃんなの?」
呟いた答えは、肯定する者も否定する者もいない。
ただ、無音の空間に響き渡るだけだった。




