19:光と共に舞う乙女
師匠が見せてくれた光景を思い出しながら、彼女の隙ができるまで魔弾で行動を誘導しつつ時間を稼ぐ。
今この瞬間、手帳が見られない状況でも。
私の記憶の中には、彼女に関わることだからと…あの時の光景がしっかり焼き付いていた。
・・
『僕たち魔法使いには縁がない話だから、基礎から説明しておくよ』
『お願いします!』
『永羽さんが保持するのは、魔法と対を成す「星紋」。持ち主の願いを元に能力を生み出す力だね』
『魔法との違いはその万能さ。星紋は「願い」の具現物。それ故に、願いの範疇にある力しか使用できない』
ホワイトボードを使いながら、私が持つ力とは異なる存在の説明をしてくれる。
凄くわかりやすく、表現はかみ砕きつつ。
『永羽さんの能力…短剣群「舞光」は、彼女の立ち向かう願いを内包した能力』
『立ち向かう願い』
『それはおそらく「病に対して」だけれど、その矛先が曖昧だと大体「立ち塞がる何かに対して」になるんだ』
『質問!』
『なにかな』
『どうしてその変化条件を師匠は知っているの?師匠も魔法使いだよね?関係ない能力のことまで調べたの?』
『どうでもいいことを聞くね。まあ、そうだね。強いて言うならば…親友がそうだったから。理由はそれだけで十分だろう?』
何もない左腕に右手をかざしつつ、ゆっくりと目を閉じる。
紫紺の瞳は昔を懐かしむというか…どこか寂しがっているようで、とてもじゃないけれど見ていられなかった。
そういえば、いつも腕に巻いていた緑色のネクタイはどこにやったのだろうか…。
まあいいや。このまま師匠の話をちゃんと聞こう。
『話を戻そうか』
『うん』
『つまり彼女の周囲に舞う剣こそ、立ち向かう願いを具現化した不屈の剣なんだ。それは折れたとしても、魔力がつきない限りは何度も具現化し、永羽さんと共に敵に立ち向かう』
『永羽ちゃんの魔力がつきるまで…なかなか厄介だね』
『彼女の魔力は並以上ではあるけれど、僕らほどではない。具体的には…そうだね。現状の彼女のことを考えると、三十分耐えることができれば、魔力切れが起きると思う』
『加えて、剣を壊しつつ逃げ回り続ければ、永羽ちゃんは想定より早く魔力切れを起こすから…』
『その隙を突いて、気絶させたりとか能力を使用できない状態に持ち込んであげれば十分対策は取れるよ』
『…』
その状態の永羽ちゃん相手に三十分耐えきれるかわからないけれど、私だって、魔法使いの端くれ。
しかも師匠の弟子という誰もが期待を向ける肩書きだってある。
耐えきって見せないと。
・・
頭の中でおおよその時間を数えつつ、彼女の攻撃を凌いでいく。
口で言うのは簡単だけれども、今の彼女は永羽ちゃんであって永羽ちゃんじゃない。
目の前にいるのは「アリア・イレイス」勇者の女の子なのだ。
暴走状態にある今、永羽ちゃんの問題であった運動音痴は解消されている。
言ってしまえば、純粋にアリアとしての身体能力をフルに活用されている状態なのだ。
攻撃は重いし、攻撃を避けてもアリア自身が聖剣片手に私の首を狙って聖剣を向けてくる。
…対策すべきは舞光だけじゃない。聖剣も厄介なのだ。
「壊す」というだけなら簡単だ。
けれど進行の都合上、これをたたき折って物語の根本が揺らぐ真似は絶対にできない。
「…魔弾だけじゃ、持たない。決め手に欠けるな」
「…」
どうする、どうしたら彼女を足止めできる。
できれば傷つけたくはない。けれど、今はもうそんなことを言っている場合じゃない。
私の力量じゃ、彼女を無傷で止められないのだから。
強くなったと思っていた。
けれど私はまだまだで、大事な親友を無傷で救えるほどの力を持ち合わせていない。
だから、やるべきことは一つ。
「…ごめんね、永羽ちゃん。後でちゃんと回復魔法、使うから」
杖を構えて、意識を集中させる。
傷つけないように、なんて甘いことを言っている場合ではない。
気を抜いたら、私自身が殺される。
覚悟を決め、足下に瑠璃色の魔法陣を展開する。
「豊穣を蝕む寒冷の精よ我が身に降りかかる厄災を蝕み創始の世界を生み出せ!凍土招来!この場を凍てつかせろ!」
「…はや、くち」
「無詠唱でやり過ごせるような余裕がないからね!それよりもいいのかなぁ?」
「…」
招き寄せた寒気の渦はアリアの周囲を凍てつかせる。
勿論、彼女の足も。
アリアのブーツにまとわりつくのは氷。
そして私の手にはもう一つ。小さな瑠璃色の魔法陣。
「ごめんよ。もう一つ魔法を使っていたんだ」
「…まほうつかい、は、ふたつのまほうを…どうじに、つかえ…」
「ちょっとした小細工だよ。そういうのは、今も昔も大得意なんだ」
「…」
「足、使い物にならなくなっても後で回復させてあげるから」
「…しんぱい、むよう」
その瞬間、舞光は足下の氷を砕き、アリアの体を自由にする。
しかしそれまで。
三十分はまだ経過していない。
けれどフルで戦い続けた彼女はもう限界。
魔力が尽きたアリアは、その場に倒れ込んでしまった。
私は彼女が動かなくなったのを確認して、魔法を停止させる。
魔法陣を消し、杖を放り出して…ふらつく体を必死に動かしながら、アリアの側に駆け寄った。
「アリア!」
「…」
「よかった。意識を失っているだけか」
彼女の体を抱き上げて、回復魔法をかけつつ教会の外に出る。
ここにはもう、長居をする理由がないから。
ふと、神父の首が目に入った。
恐怖に歪んだその顔は、正直な気持ちを述べるとさっさと焼却処分をしてやりたい。
けれど、その役は私が担ってはいけない、
例え悪役でも、神父を殺す役目を、勇者以外の人間が担うことは許されないのだ。
一応、これでも人々の信頼を集めた人間だ。
勇者が悪と断定し、討ち取った事実さえあれば大衆は納得する。
少なくともこの神父をノワが手を下した作中では、大衆とミリアの怒りどころか、聖都の怒りも引き受けていたようだから。
「君を業火に送り込むのは私の仕事ではない。しばらくそこで死を晒しているといい」
一言だけ述べた後、私たちは教会の外に出る。
「勇者様!」
「おや、ミリア。私の帰りは出迎えてくれないのかね」
私たちを出迎えてくれたのは、先ほど別の道を進ませたミリア。
彼女たちはあの後、自分たちで脱出をしてくれたらしい。無事でなによりだ。
「貴方は心配いらないでしょ…。それよりも勇者様は」
「疲れて倒れた。今は意識を失っている」
「大丈夫なの?」
「今、回復魔法をかけている。目が覚めたら、いつも通り元気な姿を見せてくれるだろうさ」
「それならいいんだけど、勇者様は、勇者様…なのに」
「これが初陣なんだ!今まで普通の女の子をしてきた子が、聖剣を抜いて、彼女なりに奮戦していたよ!勇者だからって最初から強くて戦い慣れているわけじゃないんだ!」
「あっ…ごめんなさい。そうよね、勇者でも今まで普通の女の子で戦闘経験なんてなかったんだから…」
「私こそ申し訳ない。感情的になった」
「私こそ、配慮が足りなかったわ。感情的な部分は気にしないで。そうなるぐらいに、貴方が勇者様を大事にしているって事で認識しておくから。話は変わるけれど、神父様は?」
「勇者に討たれたとだけ。今、教会に首が転がっている。入らない方がいい」
「そう」
あっけない一言に、私は目を丸くする。
もう少し何か、言われるかと思ったのに。
「とりあえず、後は任せなさい。近くに緊急の療養所を作っているから。貴方たちはそこで休むといいわ」
「助かるよ。君も疲れているだろうに」
「確かに疲れているわ。今すぐにでも寝たいぐらい」
「じゃあ」
「でもね、体を動かしていたいの。何かをしていないと、嫌な事ばかり考えちゃうから」
ミリアはそう吐き捨てた後、騒ぎを聞きつけた憲兵の元へ事情を話に行ってくれる。
私たちはそんな彼女に甘えたらダメだとわかっていても、やってきた疲労には勝てず…。
彼女の言葉に甘えて、その日は休息を取ることにした。




